第46話 令嬢、妹ができる

    △△(side:クレイ)


「お手間をおかけして申し訳ありませんクレイさん」


「いいよいいよ。あたしもヒナねぇの恋人になんかあったら嫌だしね」


 廊下を歩く最中、隣にいるレンが謝ってきた。

 あたしは軽く手を振りながら返答する。


 現在あたしはレンの付き添いとして一緒に待機室へと向かっている。

 付き添いっていうか実質的には彼女の護衛なんだけどね。


 なんでもヒナねぇ曰く、次の3位決定戦でレンと戦うレッドさんには先日のダンジョンの調査中に妨害行為をした疑いがあるらしい。

 あくまで可能性にすぎないって言ってもそれが本当だったら取り返しが付かない事になるからね。


 ヒナねぇの恋人さん兼初めての友達はあたしが責任を持って全力で守るよ!


「……」


 隣を歩くレンをちらりと見る。

 真っ白な髪にパッチリと開いた真紅の瞳。

 その容姿はあたしの大好きなあの子を彷彿とさせてなんだか懐かしい気分になる。


 友達だし手とか繋いでも嫌がったりしないかな?

 ……いざという時の為に空けておいた方がいいか。



 そんなこんなで歩みを進めていると廊下のど真ん中に執事服に身を包んだ大柄な銀髪の老人、メルバさんが待ち構えていた。

 うん、ただ立っていた訳じゃない。

 明らかに待ち構えていた。


 あたしはレンを庇うようにして前に出る。

 いつの間にか周りから妙な魔力を感じるし、なんだか嫌な感じだね。


「メルバ様、わたくしに何かご用でしょうか?」


 レンがメルバさんに話しかける。

 彼女もどことなく異常を感じているのか、その声音からは緊張が感じられた。


「レッド様からの命令ゆえに、申し訳ないがレン殿がこれより先に進む事を許す訳にはいきませぬな」


「レンの出場を阻止して不戦勝狙いって事?なんだかケチくさいね?というかレンには悪いけど、レッドさんならこんな事しなくてもこの子には実力だけで勝てるでしょ」


「レッド様は3位決定戦に出られるおつもりはない。よって不戦勝となるのはレン殿の方となる。あなた方はただここで待つだけでよいのです。そうすれば私とレッド様は目的を果たせるし、レン殿は3位入賞の栄誉を得られる。誰も損は……あぁ、いや––––」


 メルバさんは話を区切ると、その顔にニヤリと卑しい笑みを浮かべた。


「一人だけ損をする人間がいましたな。とはいえレッド様の偉大な作品の礎となれるのですから、それも仕方ありますまい」


「それは一体どういう––––


 ドン!!


 メルバさん……メルバの後ろ、治療室の辺りから大きな物音が聞こえた。

 中からは男性治癒師が発したと思われる悲鳴が響き、幾度もの剣戟の音が聞こえてくる。


 治療室––––カリンお姉さん!


「いけません、クレイさん!」


 あたしはレンの警告を無視してすぐさま収納袋からミスリル製の籠手を取り出して身に付けると、メルバに突っ込んでいった。

 治療室の中には間違いなくレッドがいて、おそらくカリンお姉さんと戦闘になっている。


 時間をかけてる暇はない!


「!?」


 飛び込んだあたしにメルバは凄まじい速度の回し蹴りを放ってきた。

 何とかガードが間に合ったものの、その威力は洒落にならないレベルであたしの身体は大きく吹っ飛ばされる。


 空中で体勢を整えて着地には成功したけれど、蹴りを受けた右腕は籠手を付けてたにも関わらず、ビリビリと痺れを感じていた。


「一つ忠告するならば、レッド様からレン殿は殺さないよう言われております。つまりそれ以外の方は……まぁそういう事ですな」


 あっ、そう。

 つまりあたしは殺してもいい対象って訳だ。


 ……そんな脅しで屈すると思われてるなんて心外だね。

 確かにこいつはAランク英雄なだけはあって強敵には違いないんだろうけど、対抗出来ない訳じゃ––––


「クレイさん、ここは一旦引きましょう!」


「……!でもカリンお姉さんが!」


「控え室まで戻って窓を破れば外に出られます!まずはヒナミナさんとガイア様に助けを求めましょう!」


 ……確かにメルバを倒すのには相当時間がかかりそうだし、そもそも勝てるかどうかも分からない。

 倒さなきゃいけない相手は他にもレッドもいる。


 それにもしあたしのせいでレンを巻き込むような事になったらヒナねぇに顔向けできない。



 つい最近までただのお嬢様だったレンの方があたしよりよっぽど冷静に物事を判断できてるじゃない。



 あたしはレンの提案に頷くと一緒に来た道を引き返す事にした。


 ––––メルバは追っては来なかった。



    ◇



「どうして!?なんで出られないの!?」


 控え室にある窓に、あたしは炎の魔術を纏ったミスリル製の籠手を叩きつける。

 結果、窓ガラスは割れたもののその先には透明の見えない膜のような物があり、それは一切の衝撃を受け付けないようだった。


「クレイさん、向こうの通路も透明な障壁があって先に進めませんでした。わたくし達はレッド様……レッドの空間魔術によって閉じ込められてしまったようです!」


 向こうの通路を探っていたレンが控え室に戻って報告をしてくれた。

 ……どうやら覚悟を決めなきゃいけないみたい。


「レンはこの部屋で待ってて。あたしは何とかしてカリンお姉さんを助けてくる。勝てなくても決勝戦が終わるまで時間を稼げればヒナねぇやガイアさんが気付いてくれるかもしれないし」


 カリンお姉さんは少し変な人ではあるけれど、それ以上にあたしの大恩人だ。

 見捨てる事なんてできない。


「もしあたしが死んじゃったらさ、代わりにヒナねぇに謝っといてくれる?姉不幸の妹でゴメンって。あとあたしの身体は日陽に––––

「クレイさん!」


 気付いたらあたしはレンに抱きしめられていた。

 ふんわりとした優しい感触に緊張が解れていくのを感じる。


「そうやって捨て鉢にならないでください。生きてフウカさんと再会したいんでしょう?」


「それはそうだけど。でもあたし、もう大切な人を見捨てたくないよ」


「……クレイさんはヒナミナさんから魔力を受け取る為の技術の指導を受けたと聞きました」


 レンの真紅の瞳が真っ直ぐあたしの瞳を捉える。


「わたくしの魔力を使ってください。二人でレッドとメルバを倒して、カリン様をお救いするんです!」



    ◇



「その……レンは嫌じゃないの?魔力を貰うって事はあたしとキスする事になるんだけど」


「嫌じゃないですよ。クレイさんはヒナミナさんの義妹、という事はわたくしとも間接的には義妹と言っても通じる筈です。家族同士のキスなんてブラン王国では挨拶みたいな物ですから」


 たぶんその挨拶って唇じゃなくてほっぺたとか手の甲にするやつだよね?と思ったけど口には出さなかった。

 納得してくれてるならそれでいい。


「それじゃ始めるね」


「はい」


 レンがぎゅっと目を閉じた。

 挨拶みたいな物だなんて言ってたけど、やっぱり緊張はしてるんだろう。


 あたしはそんな彼女の顔をじっと眺める。

 本当に綺麗な子だ。


 フウカも成長したらこの子みたいな美人になったのかな。


 レンの身体を引き寄せて抱きしめる。

 柔らかい。

 それにいい匂いがする。

 あたしは自分の心臓がバクバクと高鳴っているのを感じていた。


 今更ではあるけれど、正直なところあたしは容姿の似ている彼女をフウカと重ね合わせている。

 そして期待していた。


 また大好きなフウカと触れ合える。

 キスができる。


 あたしは少しだけ背伸びをする。

 フウカ……間違えた、レンの方が身長が高いからだ。

 フウカの身長はあたしと同じぐらいだったよ。


「んっ……」


 おそるおそる唇を重ねた。

 優しい感触が伝わってくる。

 だけどこれだけじゃ魔力を貰う事ができない。


「あ……」


 あたしは舌を伸ばしてレンの口内をまさぐる。

 レンの身体が少しだけビクッと震えたけど、彼女はすぐにあたしの行為に応えるように遠慮がちに舌を絡めて魔力を受け取りやすいようにしてくれた。


 きっとヒナねぇとしてる時もこんな感じなんだろう。

 そして少しずつ流れ込んでくる魔力を受け取りながらあたしは気付いてしまった。



 あぁ……。



 やっぱりレンはフウカじゃない。



 あたしはどこかレンの事をフウカの生まれ変わりのように思っていた。

 生まれ変わったフウカはあたしじゃなくてヒナねぇの恋人になってたけど、あの子が幸せならそれでもいいかなって。


 そんな訳ないじゃない。


 そもそもレンはフウカより2つ年上なんだから、フウカが生まれた時にはもう多少は喋れてもおかしくない頃合いだった筈だ。

 ただの他人の空似だよ。


 唇が触れ合った感触も、舌を絡めた時の感触も全然違う。

 あの子とのキスはお互いに遠慮がなくて、獣が求め合うような熱い交わりだった。


 身長も違う。

 胸もレンの方が大きい。

 顔立ちだってあの子は可愛らしさはあるけれど、レンほど美人じゃない。

 女の子としての気品なんて比べるべくもない。


 こうして見るとフウカったら何一つレンに勝ってる物がないじゃない。

 だけど––––



 それでもあたしが好きなのはフウカなんだよ。


 目尻から涙が溢れてきた。

 レンとキスを続けるたびにフウカはもういないんだと思い知らされる。


 ダメだ、集中しないと。

 こうしてる間にもカリンお姉さんがレッドに酷い目に合わされているかもしれないのに。


 だけど辛い。

 哀しい。

 集中力が途切れ––––


 え?


 いつの間にかキスを続けていたレンの瞳が開いていた。

 そして彼女の掌があたしの涙を拭って、そのまま頭を撫でてくれる。


 レンはあたしとのキスを続けながらもその表情は優しく微笑んでいるように見えた。

 もう大丈夫ですよって。

 あたしを安心させるように、あやすように頭を撫でていく。


 あたしの中で何かがカチリと嵌った気がした。


    ◇


 唇を離す。

 もう魔力は十分に受け取った。


 この状態は長くは維持出来ない。

 ここからは時間との勝負になる。


「クレイさん……」


 レンは座り込んで肩で息をしている。

 フウカもそうだった。

 魔力を与えた側はこうして激しい疲労状態に陥る。


 もう無理はさせられない。


「ありがとう。後はあたしに任せてここで休んでて」


「えっ……クレイさん、今わたくしの事をなんて––––」


「それじゃ行ってくるね。あんなやつら、すぐに片付けてくるから」


 レンねぇをその場に残してあたしは走り出す。

 もう誰一人としてあたしの大切な人達を失わせるもんか!





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 クレイの設定がガッチリ決まってから一番書きたかった話が書けました。

 

 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 基本は週2回(曜日は第1話に書きます)更新を目標、忙しい時は週1回更新予定です。

 もし宜しければレビュー、応援コメント、作品のフォロー等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。

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