第2話 令嬢、絡まれる

 屋敷から放り出されたわたくしは人目を避けるように街の路地裏へと入り込みました。

 資金もない上に着ているドレスは胸元を大きく破られ、生活の基盤を整えるどころか人前に出る事すら難しい現状。

 わたくしは途方に暮れていました。


 これからどうすればいいのか。

 むしろどうにもせず諦めてしまった方がいいのではないか。

 最悪の想像がわたくしの頭の中をグルグルと駆け巡ります。


「いけませんね、この程度で弱腰になっては。これではお母様に顔向けができません」


 少考の末、わたくしが思いついたのは街の警備隊を頼る事でした。

 辺境ゆえに魔物が多いバレス領。

 その討伐の為の冒険者を始めとして血の気が多い方々が多数いる事もあり、そういったトラブルの解決の為に警備隊の存在があります。


 まずは警備隊に駆け込みましょう。

 嘘を付くのは心苦しいですが暴漢に襲われて金銭を奪われたと言えば替えの服と少量のお金を融通して頂けるかもしれません。

 いえ、お兄様がわたくしにした行為はまさに暴漢そのものでしたし、嘘には当たらないですね。

 問題があるとすれば、わたくしが警備隊の詰所がある場所を知らない事でしょうか。


 元辺境伯令嬢だったわたくしですが、魔術を使えない事もありその存在は公にされていません。

 その事もあってわたくしは幼い頃から屋敷の外を自由に歩き回る事もできず、街の地理に疎いのです。

 この姿のまま街中を歩き回りながら詰所を探すのは元令嬢として余りにもはしたないですし、地理に詳しい方にお聞きする必要があります。


「あの方達は……」


 路地裏とはいえ、少ないだけでここを通行する人々はいます。

 わたくしは覚悟を決め、正面から歩いてくる方々に駆け寄りました。


    ◇


「お忙しいところを申し訳ありません、冒険者様」


 わたくしが声をお掛けしたのは二人の男性冒険者でした。

 一人は腰に剣を、もう一人は短剣を刺している事から近接戦闘に特化しているのだと推測できます。

 先程のお兄様との一件やこの損傷したドレスの事もあり、できれば男性より女性の方の方が安心して話しかけられたのですが、選り好みが許されるような状況ではありませんでした。


「わたくしはレンと申します。実は先程、暴漢に襲われまして金品を奪われてしまいました。お手数をおかけして申し訳ありませんが、どうかわたくしを警備隊の詰所まで案内しては頂けないでしょうか」


 男性冒険者二人は銅製のプレートを首から下げていました。

 これはお二方が戦力指数Cランク一人前の冒険者である事を示しており、一定の実力を有している事が分かります。

 昼間からお酒を嗜んでいたのでしょうか。

 お二方が目の前に現れた私を見る表情は少し赤くなっているように見えました。


「なぁ、カリス」


「あぁ、こいつはすっげぇ上玉だぜ、ローグ」


 カリスと呼ばれた剣を刺した冒険者はゆっくりとわたくしの方へと近づいてきながら語りかけてきました。


「そいつは災難だったなぁ、お嬢ちゃん。ここいらは荒くれものが多くて何かと物騒でよ。俺達に助けを求めたのは正解だぜ」


 カリス様がわたくしと話している間に短剣持ちの冒険者、ローグ様はわたくしの死角に入り込むように大きく外回りしながら背後に立ちました。

 ……嫌な予感がします。


「警備隊なんて所詮はお役所仕事だ。被害状況を訊いたらそれで終わり、お嬢ちゃんの今後の生活なんて保障しちゃくれねぇ。だからお嬢ちゃんは俺達が『保護』してやるよ」


「いえ、わたくしはただ連れて行ってさえ頂ければ……ひぅっ!?」


 唐突にカリス様の掌によってわたくしの肩が撫でられた事で背筋に怖気が走ります。

 お母様が亡くなられてから人と触れ合う機会なんて殆どありませんでした。

 それが知らない男性とだなんて尚更です。

 嫌悪感で足が震えてきました。

 わたくしはただ道を尋ねただけなのに……。


「お、寒さで震えてんのか?最近は気温の変化も激しいからなぁ。俺達が暖めて――」


「はい!そこまでにしようね、お兄さん方!」


 その時、薄暗い裏路地に凛とした声が響きました。

 声が聞こえた方へ振り向くとそこにいたのは目が覚める程に美しい少女。

 ブラン王国内では珍しい艶やかな黒髪は肩にかからない程度の長さで切り揃えられ、ぱっちりと開かれた蒼の瞳は静かにわたくし達を見据えていました。


 服装は異国……おそらく【日陽にちよう】の物をベースにしているのでしょうか。

 上はフリルのついた白衣に大きな振り袖、下は暗めの青色の袴で動きやすさを重視しているのでしょう、丈は短めで太股が大きく露出しています。

 腰に剣ではなく刀を刺しており、大きな胸元に置かれたように存在する銀製のプレートから彼女がBランク一流の冒険者の身分にある事が分かります。


「見目麗しい少女に迫る屈強な男性二人。ドレスも破られてるみたいだし、これは婦女暴行かな?」


 そう言いつつ、異国の少女は背を伸ばした綺麗な姿勢で歩み寄ってきます。

 その姿には一分の隙も見出せません。

 実際にドレスを破ったのはお兄様なのですが、おそらくわたくしを助けようとしてくれている少女の話の腰を折る事になりそうなので、黙っている事にしました。


「おやおや、誰かと思えばたった3ヶ月でBランク一流に達した大天才のヒナミナさんじゃあないですか。俺達はただ、暴漢に襲われた可哀想な少女を『保護』しようとしてただけですが、一体何の御用で?」


 カリス(もう敬称は付けたくない)の話から少女は名はヒナミナというようです。

 それにしてもたった3ヶ月でBランク一流

 大抵の冒険者や兵士は引退までCランク一人前のまま活動を終える事が大半です。

 それを考えれば彼女、ヒナミナ様がとてつもない実力者である事は疑う余地もありません。


「君達がその暴漢に見えるんだけど。というかボクの事知ってるんだ?ならお互いの実力差は理解できてるだろうし、その子を置いてここから立ち去ってくれない?」


「実力差ねぇ…ぶっ、あひゃひゃひゃひゃ!」


 カリスは突然、お腹を押さえて笑い出しました。

 その様子をヒナミナ様はいぶかしげに見つめています。


「……?何か変な事を言ったかな」


Aランク英雄冒険者であるガイアさんのお気に入りが良く言うぜ。お前はその顔と身体でガイアさんとギルドマスターに取り入っただけだろうが」


 カリスは醜悪な笑みを浮かべながらしゃべり続けます。


「お前みたいな容姿だけで成り上がったような奴がBランク一流気取りなんてしてるとギルド全体の価値が下がるんだよなぁ。そんな奴には当然、このお嬢ちゃんから引き受けた『保護』の依頼も任せられねぇわ。あ、でもお前が1発ヤらせてくれんならお嬢ちゃんの『保護』の権利を譲ってやってもいいぜ?どうせガイアさんとはもうヤってんだし、俺達に1回奉仕するぐらいいいだろ?」


「はぁ……」


 カリスのあんまりないい様にため息をつくヒナミナ様をわたくしはぼんやりと眺めていました。

 幼い頃からバレス辺境伯邸の兵士達の訓練や武闘大会を観戦する機会が多かったわたくしは武道家達の実力を推し測る目に自信があります。

 その隙の無い立ち振る舞いから察するにヒナミナ様の戦力指数がBランク一流である事は間違いないのでしょう。


 ただ、あまりにもわたくしを救う理由が薄い。

 わたくしが哀れだから、それ以外に助太刀する理由がなく、関わるのが面倒だと判断されたらそれまでになります。


 せめて慰み物になっている間はこの美しい少女に悲鳴が聞こえないよう、口元を抑えていよう、そんな事をわたくしは考えていました。


「ねぇ、お嬢さん」


 ふいにヒナミナ様の蒼い瞳がわたくしを捉えました。


「君はボクとこのチンピラ二人、どっちに助けてもらいたい?」


「わたくしは……」



 助ける。 



 その言葉は亡くなられたお母様以外、誰からも見向きもされなかったわたくしの心に響いて。



「君がボクを選ぶなら、全部



 一筋の涙が頬を伝いました。



「わたくしは貴女に助けて頂きたいです」


「いいよ」



 瞬間、パン!という軽い音と共にヒナミナ様の掌底がカリスの顎を打ち抜きました。

 脱力状態から繰り出された恐ろしいほどに速い掌によって脳を揺さぶられたのか、カリスは声を上げる間もなく膝をつき、倒れ込みます。


「チィッ!」


 舌打ちと共にわたくしの背後に回っていたもう一人の冒険者、ローグが短剣を引き抜く音が聞こえました。

 この辺りの判断の早さはさすがCランク一人前と言うべきでしょうか。

 相手が彼女でなければわたくしに短剣を付きつけ、交渉に持ち込む事も可能だったのかもしれません。


「【水弾すいだん】」


 ヒナミナ様の指先から水の弾が放たれ、短剣を持つローグの手を穿ちました。

 驚くべきは威力ではなくその発動までの早さです。

 通常、魔術を発動するには体内で魔力を操作し、体外で世界を改変し、現象を引き起こすという手順を踏みます。

 その為、魔術の効果が表れるまでに何かしらのがあるのが通例ですが、そういった予兆は全くといっていい程見られません。


 撃たれた手を抑え、痛みに顔をしかめるローグに対し、ヒナミナ様は地を蹴りあっという間に接敵します。


「しっ!」


 そして繰り出された正拳がローグの鳩尾を貫くと、彼はそのまま既に倒れたカリスの後を追うようにお腹を抑えながら倒れ伏しました。

 腰に刺した刀を抜くまでもない、一方的な蹂躙。


「大丈夫?」


 残心の静止を解いたヒナミナ様はわたくしに手を差し伸べます。

 わたくしは差し伸べられた手を自分の両手で包み込むように取りました。


 まるで救いを求め神に縋る罪人のように。






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ヒロインの雛水ヒナミナのイメージを近況ノートの方に載せてあります。

https://kakuyomu.jp/users/niiesu/news/16817330666444082854

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