05
「ご飯できたぞ」
フリーダがテーブルに料理を並べていく。
今夜はクマ、ワニ、イノシシ三種のステーキ盛り合わせと、自分の畑で取れた野菜のサラダ。
ユースティアが泊まるということで、いつもよりも豪勢にしたのだろう。
普段なら一種類しか出さない肉も、今回はすべて出していた。
もちろんステーキソースとドレッシングはお手製だ。
その料理に目を輝かせながら、ドラコが並べられた品にソースとドレッシングをかけていく。
焼いたばかりの肉とソースが混ざり合うと、丸太小屋内に香りが広がった。
ソースに玉ねぎとニンニクを使っているのもあって、食欲をそそる匂いが充満していく。
「とても美味しそうなのだが、本当に大丈夫なのか? 正直、私は羊肉でも厳しいんだが、……」
湯上りのユースティアが、並べられた料理を見ながら不安そうな顔をしていた。
貴族出身である彼女は、どうやら牛や豚、鶏以外の動物の肉を食べることに抵抗があるようだった。
業炎のユースティアと呼ばれ、王都でも指折りの騎士である彼女だが、その中身はまだまだ世間知らずな箱入り娘なのである。
家畜以外の肉に怪訝な顔をするのもしょうがないだろう。
とてもじゃないが普段のユースティアの姿――魔物を相手に返り血を浴びながら剣を振るう様からは想像もできない表情だ。
「いいから食べてみなって。絶対に美味しいからさ」
「まあ、フリーダの料理が美味しいのは知っているんだが……。やはり、獣の肉というのは……」
いつまでも手をつけないユースティアにしびれを切らしたのか、ドラコが早く食べるようにと吠えた。
せっかくの料理が冷めてしまうと、戸惑っている彼女を急かす。
湯に入り、すっかり落ち着きを取り戻していたユースティアは、いきなり泊まりに来て文句を言い、しかも出された料理を食べないのは失礼にあたると思い、覚悟を決める。
そして、すでに切り分けてあるステーキ肉をフォークで刺し、恐る恐る口へと運んだ。
「美味しい……美味しいぞ、この肉!」
それからのユースティアは出された料理を物凄い勢いで食べ始めた。
その様子から、ここに来るまでろくに食事を取っていなかったことがわかる。
いつもなら貴族らしい上品な食べ方をするはずの彼女が、クマ、ワニ、イノシシ肉をかっ食らっていくのはなんだか痛快だった。
そんな彼女を見て、フリーダとドラコは顔を合わせて笑みを浮かべていた。
彼女たちは、「気に入ってくれてよかった」とその表情から語っている。
その後、フリーダたちは食事を終え、デザートの果実を食べながら、話題はユースティアのことに。
「ねえ、ユースティア。王都最良の騎士が、勝手に国を出ちゃって大丈夫なわけ? 後々問題になるんじゃない」
「問題ない。ちょうどフリーダが辞めたと聞いたときに、とある旅団の団長を捕らえたばかりだったからな。しばらくは平和そのものだろう」
どうやらユースティアは、かなり大きな仕事を終えた後のようだった。
しかし、いくらなんでも急に休みを取るのは難しいのではと、フリーダが訊ねると――。
「これまで一度も休みをもらってなかったからな。おまえを追いかけるときに、まとめて休暇届けを出しておいた。ここまでやっていて、まさか文句を言う者もおらんだろう」
騎士の称号を得てから、今まで手柄を立て続けてきたユースティアだからこそ可能だったのではないか。
ただの警備兵だった自分では絶対に通らない話だと、聞いていたフリーダは苦笑いしかできなかった。
彼女の顔から心を読んだのか。
ドラコが労うように、フリーダのカップに紅茶を注いでいた。
「私のことはいい。それよりもおまえだ、フリーダ」
「だからさ、ユースティアがそう言ってくれるのは嬉しいんだけど、私はもうここで暮らすって決めてるんだ」
ここで話を蒸し返すか。
フリーダは、やれやれと内心で呟きながらユースティアのことを見た。
先ほど丸太小屋に現れたときのような、飢えた獣のような目はしていない。
これならば話を聞いてもらえるかもしれないと、フリーダはここへ来た事情や経緯を説明しようとした。
だが、突然けたたましいノック音が扉から聞こえ、続いて酷く慌てた男の声が耳に入ってきた。
「フリーダ、僕だ! ライだよ! 夜分にすまないけど中に入れてくれ!」
急な来訪者は、この丸太小屋と土地を売ってくれたフード付きの外套を羽織った金髪碧眼の男――ライ·ファブリッションだった。
ライは一体何をそんなに慌てているのか、フリーダが返事をしても何度もノック音と声を出し続けていた。
フリーダはしょうがないなと扉を開けようしたが、ユースティアが彼女のことをすっと手で制した。
そして、真剣な面持ちで、フリーダに変わってライに向かって話を始める。
「人の家にいきなりやって来てずいぶんじゃないか。ライ·ファブリッション」
それはあんたもだろとフリーダが呆れていると、ドラコも彼女と同じ苦い顔になっていた。
棚に上げるとはこのことだと、彼女たちは大きくため息を吐いている。
そんなことなど気にせずに、ユースティアは強い言葉を続ける。
「しかも夜の女性の家だぞ。いくら元恋人だといっても失礼じゃないか。親しき仲にも礼儀ありという言葉を、おまえは知らんようだな」
「その声はユースティアかい!? これは心強い! 僕は本当に運がいいな!」
扉ごしからライの喜ぶ声が聞こえ、それが一体何を意味するか、このときのフリーダたちにはまだわからなかった。
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