04
――ここが危険地域だと知らずに、フリーダの生活は始まった。
まずは丸太小屋の中を掃除して、家の側で畑を耕した。
それから余っていた部屋に森の木で作った風呂を用意し、快適さを確保していく。
さらに村で買った小麦から
水は側にある湖から汲んできて、その移動中にもワイルド·ベアが襲ってきたが、すべてフリーダに倒されクマ鍋にされた。
さらに湖にいたワニの魔獣キラー·アリゲーターも、畑を荒らそうとしたイノシシの魔獣マウンテン·ボアも、ワイルド·ベアと同じく彼女たちの食料となった。
村との関係も良く、フリーダが手に入れた魔獣の肉や毛皮を安く卸して経済的にも潤い、順風満帆だ。
好きなときに働いて、好きなときに休む。
兵士時代には考えられない暮らしに、フリーダは心の底から喜んでいた。
それはドラコも同じで、子竜も彼女と一緒に居られる時間が増えたので嬉しそうだった。
フリーダたちがそんな暮らしを満喫していたとき、いつものように村に魔獣の肉や毛皮を卸して家に戻ると、丸太小屋の前に一人の女性が立っていた。
燃えるような真っ赤な髪をした長身の女性は、フリーダに気がつくと強張った表情で近づいてくる。
「やっと見つけたぞ、フリーダ。なんの相談もせずに国を去っていくなんて酷いじゃないか!」
赤髪の女性の名は、ユースティア·ストレット。
王都に勤務する女騎士で、魔法も本職の魔術師ほどではないが使用することができる王都でもかなりの高名な人物だ。
その赤い髪と燃え盛る火のごとく激しい剣技から、業炎のユースティアと呼ばれている。
彼女はフリーダの同期にあたり、どうやら仕事を辞めたと聞いて連れ戻そうと追いかけてきたようだ。
「いや、だってあんたは王都の勤務じゃない。辺境のジュデッカにいたら相談なんてできないでしょ」
「それでも手紙くらい送れるだろ! 大体おまえ、私との約束はどうするつもりなんだ!?」
「約束? そんなのしたっけ?」
「忘れたのか!? 私たちのあの日の誓いを!」
ユースティアは声を張り上げて、フリーダに掴みかかる。
一方のフリーダはどうでも良さそうにしていて、彼女の肩に乗っているドラコもあくびを掻いていた。
ちなみにユースティアのいう約束とは、いつか二人でパーティーを組んで魔界へと
実際にユースティアは、国からは魔王討伐が可能である人物と期待されているのだが、彼女本人がとある理由で断っている。
その理由とは、自分が認めた人間以外とはパーティーを組みたくないからで、今のところユースティアのお眼鏡に叶っているのはフリーダだけだったからだ。
だが、代々貴族の名門出身のユースティアとは違い、田舎の平民であったフリーダの国からの評価は低い。
二人は最初こそ王都で肩を並べていたものの、フリーダは魔界へと繋がる大穴がある地域――ジュデッカの城塞警備の仕事へ飛ばされた。
これは別にフリーダが特別というわけではなく、基本的には身分の低い者は辺境の厳しい地域へと送られるという決まりがあったからだった。
戦場で一兵卒の命が安いのと同じ理由だ。
「誓いって、そんな大袈裟な……。大体あんたが一人で盛り上がってただけじゃん」
「なにを言ってる!? おまえだって私と居て楽しいと言ってくれたじゃないか! あの言葉は嘘だったのか!?」
「なんか話が変わってない?」
呆れて言葉を失うフリーダ。
何を言おうがもう国に戻るつもりはないと、彼女はため息交じりで返事をした。
そんなフリーダにユースティアは、突然剣を抜いた。
そして血走った目を向けて、その整った顔を強張らせながら訴えてくる。
「私と戻らないならここでおまえを殺して私も自害する!」
「おいおい、なんでそうなるんだよ!」
「うるさい! おまえが私を拒否するなら、もうそれしか道が残ってないのだ!」
ユースティアの凄まじい剣撃がまるで嵐のようにフリーダを襲った。
フリーダは慌ててナイフを出し、彼女の剣を受ける。
ガキンという金属音が森に響き、フリーダの肩に乗っていたドラコがその衝撃で吹き飛ばされていた。
刺突から上段、中段と打ち分ける剣技は、我を忘れてるとはさすがは王都の最良騎士。
加えて激しい剣撃だけではなく、炎の魔法を放ちながらというユースティティア得意の戦法で、確実にフリーダの息の根を止めようとしてくる。
これにはさすがのフリーダも防戦一方になってしまう。
しかも得物がナイフでは分が悪すぎる。
吹き飛ばされたドラコはユースティアを止めようとしているのか、彼女に向かって大きく鳴きかけていたが当然、子竜の叫びは届かない。
「ちょっと待ってよユースティア! 別にあんたを拒否したわけじゃないって!」
「適当なこと言って誤魔化すつもりだな! 騙されるか! ここで私たちの関係を永遠にする!」
「わかった、あんたの言い分はわかったから! とりあえず一緒にご飯でも食べて風呂にでも入ろう!」
「え、風呂……だと?」
突然ユースティティアの剣が止まった。
彼女はなぜかもじもじと身を震わせながら、顔を赤らめてフリーダから距離を取る。
「そ、そんないきなり裸の付き合いなんて。私、まだそういうのは……キャー!」
ユースティアは、両手を顔に当て、恥ずかしそうに独り言を叫んでいた。
彼女は何か勘違いしたのだろう。
その先ほどまでとは別人のような姿は、まるで好きな人に一夜を誘われた乙女だった。
「とりあえず収まったみたいだけど、はあ、これからどうしよう……」
ガクッと肩を落としたフリーダの傍で、ドラコも彼女と同じ顔をしてため息をついた。
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