02
――魔界へと繋がる大穴がある地域――ジュデッカの城塞警備の仕事を辞めたフリーダは、ある者の伝手で南方にある山の土地を購入した。
そしてドラコと共に、その土地にある丸太小屋へと足を踏み入れる。
長らく放置されていたのだろう。
そこら中が埃塗れだが、家具一式は揃っており、おまけに大きな料理用の
けして大きいとはいえないが、人一人、子竜一匹くらいなら十分住める住居だ。
財産もない退役軍人にしては、結構な物件である。
「どうだい、フリーダ。なかなかのもんだろ?」
笑みを浮かべた青年は、得意気にフリーダへと声をかけた。
彼の名は、ライ·ファブリッション。
フード付きの外套を羽織った金髪碧眼の男だ。
彼とフリーダとの関係は、彼女が王都に来たばかりの頃に付き合っていた元恋人で、その後もなんだかんだ付き合いがある。
別れたのにまだ付き合いがある理由は、人付き合いが得意ではないフリーダにとって、様々なところに顔が利くライは何かと頼りになるからだった。
ドラコは彼のことをあまり好きではないが、後腐れない性格をしているフリーダは過去のことなど気にしない。
ちなみに別れたのは、ライの浮気癖が理由。
そんな男だと最初から知っていたら付き合わなかったと、フリーダは今でも彼のことを信用していなかったが、彼女には他に頼れる人間がいないのもあって、この丸太小屋を紹介してもらった。
「水は近くに湖があるよ。それと、小さいけど村も側にあるし、何か欲しいものがあればそこで買えばいい。フリーダさえよければ今からでも住めるよ」
「ああ、悪くない。ドラコも気に入っているようだしね」
フリーダがそう言うと、ドラコは部屋中を飛び回って鳴き返した。
そして、ライからここらの土地の権利と丸太小屋を購入。
硬貨のたっぷり詰まった袋を渡し、ライの表情が緩み、中身を数え始める。
「銅貨ばっかだね。こりゃ荷物になっちゃうな」
「しょうがないだろ。私の給料じゃ金貨なんて手に入ることないんだから。でも、これだけの場所、本当にそれだけでいいの? なんだか安すぎる気がするんだけど」
「そこは恋人価格だよ。足りない分は僕の愛で埋めているから」
「“元恋人”ね、元。今はただの知り合い」
「相変わらずつれないこと言うねぇ。僕はいつでも君とやり直したいのにさぁ」
「……ドラコ、こいつを燃やせ」
顔を引きつらせたフリーダは、ドラコの指示を出した。
ドラコの小さな口から炎が吐き出される。
狙いはもちろんライに向かってだ。
「うわぁぁぁッ! 悪かったよ、僕が悪かったから止めさせてぇ!」
服を焦がされたライが部屋中を逃げ回り、フリーダは満足そうに笑みを浮かべるとドラコを止める。
それでもドラコは、ライのことをずっと睨みつけていた。
おそらくフリーダからいろいろ聞かされたのだろう、子竜は空中でじっとしていても敵意はまだライに向けている。
その顔は、「これ以上フリーダを不快にさせるな」とでも言いたそうだった。
ライはそんなドラコに怯えながらも、硬貨を袋に入れて部屋を足早に出ていこうとする。
そして去り際に、楽しいスローライフをと言葉を残して去っていった。
「これで邪魔者は消えたな、ドラコ」
フリーダがせいせいした顔で声をかけると、ドラコは嬉しそうに鳴き返した。
それから彼女たちは、ライが言っていた村に挨拶をしに行くことにする。
丸太小屋の外は、濃い緑の草や木の色がまるで絵画のように見えた。
陽射しは暖かく、吹く風も心地いい。
以前の職場だった極寒の地ジュデッカが死の大陸ならば、ここはまるで命が咲き乱れる楽園だ。
到着する前でもこの光景を楽しんでいたフリーダだったが、改めて仕事を辞めてよかったと、肩に乗るドラコを撫でながら森の中を進んでいた。
撫でられたドラコもここが気に入ったのか、たまに見つけた花に近寄ってはその匂いを嗅いでウットリとしているようだった。
「見えてきた。あそこが村か。なんか想像と大分違うけど……」
辿り着いた村には、強固な丸太の柵があった。
出入り口は一つだけで、こんなのどかな場所には不釣り合いな物騒な囲いだ。
野生動物への対策かと思いながら、フリーダは門に向かって声をかける。
「すみません。今日からこの近くに住むフリーダ·アルビノという者です。これからお世話になると思うので挨拶にきました」
しばらくすると、門から声が返ってきた。
落ち着きのある優しい老女の声だ。
「はあ、今この近くに住むということでしたが、ずいぶんと急ですね」
「え、聞いてないですか? おかしいな……。ライの奴は村には伝えてあると言ってたんだけど」
「ライ? どなたですかな、その方は?」
フリーダは、声の主に自分の身分と事の
自分が元は国で働いていた警備兵で、魔界へと繋がる大穴がある地域――ジュデッカの城塞警備の仕事を辞めてここへ来たこと。
それからライ·ファブリッションという男に、この村の側にある丸太の小屋周辺の土地を買い取ったことを、簡潔に伝えた。
愛想よく相槌の声を返していた老女は、フリーダの話を聞くと、村の者に指示をして門を開く。
どうやら信じてもらえたようだとホッとし、フリーダとドラコはようやく村へ入ることができた。
「初めまして。では、改めてご挨拶を。私はフリーダ·アルビノです。これからいろいろ迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「これはこれは、わざわざご丁寧に」
老女がフリーダに頭を下げ返すと、ドラコが慌てて同じことをしていた。
その様子を見て、老女や周囲の村人が微笑ましく笑っている。
フリーダは、誰もドラコを恐れていないようで安心していた。
まだ小さいとはいえドラゴンだ。
しかも、凶悪なモンスターが多い、魔界へと繋がる大穴近くで拾った竜。
そのこともあってジュデッカ勤務時には、よく同僚の兵たちからは疎ましく思われていた。
そういう理由から不安はあったが、老女たちの反応は悪くなさそうでよかったと、フリーダは心の底から
話は通ってなかったが、どうやら老女も村人も皆、歓迎してくれているようだ。
「ライという方から話は聞いてなかったですが、我々はあなたたちを歓迎しますよ」
この村は笑顔で溢れている。
物騒な柵や門こそあったが、ここは平和そのものに見えた。
それから門が開いたことに気がついて集まってきていた老若男女誰もが微笑んでいるのを見て、フリーダとドラコは互いに顔を合わせて、喜びを分かち合った。
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