ノイジー·ノイジー·ノイジー~元女兵士は静かに暮らしたい

コラム

01

吹雪が渦を巻き、目に入るすべてが白い砂漠になっている荒野を我が物顔で歩く一ツ目の怪物。


見るからに人ではけして敵わないとわかる異形の存在。


目の前には高い城壁があるが、それを乗り越えようと巨人は向かっていく。


「今日も来たぞ! 全員、敵を迎え撃て!」


その声と共に城壁の門が開き、剣や斧、弓矢を構えた兵士たちが迎撃に出てきた。


彼らは一ツ目の巨人へ矢を放ち、中には詠唱をして炎の紅球を巨人へと飛ばす者もいた。


その誰もが鬼気迫る表情をしている。


凍えるような吹雪よりも、目の前の怪物にその身を固めている。


兵たちの放った無数の矢と火の玉が、吹雪の中を突き抜けて飛んでいった。


だが、巨人は怯むことなく城壁へと近づいていた。


巨人の身体に漂う、青白い炎――冷気を人型にしたようなモンスターの笑い声が、そんなことは無駄だと周辺を埋め尽くす。


剣を持った兵士たちが斬りかかる。


凍てつく息を吐く冷気モンスターや巨人に飛び込んでいくが、返り討ちに氷漬けにされ、岩のような拳で押し潰され、雪原に肉の塊と赤い染みが作られていった。


魔物たちは圧倒的だった。


とても人間では敵わない。


そう思わせるほど強力なモンスターたちだ。


このままでは城壁が破壊され、中にいる者たちすべてが皆殺しにされるかと思われた。


そんな中、女兵士がたった一人で突っ込んでいく。


冷気モンスターを槍で突いて払い、まるで風車のように得物を振り回しながら巨人へと飛びかかる。


「よし、今だ! 我々も続くぞ!」


兵隊長の指示に、人間たちは盛り返し始めていた。


突進していった女兵士が活路を開いたのだ。


ここで進まねばこちらに勝機はないと、激しい吹雪に負けじと声を張り上げる。


飛び込んだ女兵士は巨人へと槍を突き立てたが、その分厚い皮膚に刃は通らずへし折られる。


それでも女兵士の心は折れない。


すぐに殺された味方の剣と斧を拾って両手に持ち、腕を振り落とした巨人へと斬りかかった。


女兵士の斬撃が、巨人の胸にバツ印の切り傷を刻み込む。


白い雪に魔物の血が混じって舞う。


槍さえ通さなかった身体に傷をつけ、このまま押し倒せるかと思われたが、やはり一ツ目の巨人は甘くなかった。


巨人は怒りに身を震わせながら女兵士を手で握りつぶすように掴むと、そのまま自分の口へと放り込む。


それを見ていた他の兵士たちの顔に絶望の色が浮かぶ。


次は自分が彼女のようになるのかと顔が引きる。


彼らと戦っていた冷気モンスターは、その様子を嘲笑うかのように弾んでいた。


兵たちの表情に答えるように、吹雪の中で大はしゃぎだ。


女兵士は飲み込まれてしまった。


誰もが彼女は死んだと思っていた。


巨人は今度はおまえたちだと言わんばかりに、生き残っている兵士たちへ手を伸ばす。


現状は不利、いやむしろこのままでは負けることは確実だった。


だが次の瞬間、突然一ツ目の巨人が苦しみ始めた。


凄まじい咆哮をあげながらその場で暴れたと思ったら、その腹が突き破られる。


そこからは、先ほど飲み込まれた女兵士が出てきた。


胃液と血に全身を染めながらも、両手に持った剣と斧で中から巨人を仕留めたのだ。


そこから形勢は逆転。


兵士たちの士気も戻り、残っていた冷気モンスターらを一掃していく。


「よくやった。ここはもう片付く。次は別部隊の応援に行くぞ」


兵隊長は女兵士に労いの言葉をかけると、すぐにその場から去っていく。


残された女兵士は、顔についた胃液や血を拭って、兵隊長の背中を眺めていた。


そのときの彼女の目は、疲労を通り越して、何か達観したかのようなものに変わった。


「きゅ、休憩もなしでもう次の戦場か……」


女兵士は乾いた笑みを浮かべて呟き、両手に持った剣と斧、そして被っていた兜を放り捨てる。


白髪交じりの黒髪――ボブスタイルの髪型があらわになり、彼女の顔は先ほどとは別人になっていた。


その形相は鬼だ。


まるで何かに取り憑かれたかのように凄まじい表情で、彼女は口を開く。


「もうヤダ……もう……ヤダァァァッ!」


そこからせきを切ったように彼女は喚き出す。


「毎日毎日化け物の相手で全身が痛いし! モンスターの襲撃で夜もろくに眠れないし! おまけにメシは不味いし賃金も安いし、何よりも寒すぎる! 今日なんてついさっき死にかけたんだよ!」


この女兵士の名は、フリーダ·アルビノ。


故郷を出て憧れていた王都の警備兵になったが、誰も知らないような辺境の生まれだったせいか、魔界へと繋がる大穴があるこの城塞――ジュデッカへと送られた。


叫び声の影響か、吹雪の中から、何か小さな物体がフリーダに向かって飛んでくる。


それは子竜だった。


手の平に収まるほどの小さな薄紫のドラゴン。


薄紫の子竜はフリーダの肩に乗ると、まるで彼女を慰めるかのように鳴いている。


「ドラコ! ああドラコ! おまえがいなかった私はもうとっくにおかしくなっていたよぉぉぉ!」


薄紫の子竜の名はドラコ。


フリーダが、ここジュデッカで死にかけているところを拾ってから一緒に暮らしている。


彼女は最初こそ意気込んで任務に就いていたが、環境の悪さと連日に起こる強力な魔物の襲撃に、次第に心を病んでいった。


そんなフリーダを支えていたのが、この子竜――ドラコだった。


地獄のような激務のせいで、狂って使い物にならなくなる兵士が多い中、彼女が正気を保てたのはドラコが傍にいてくれたからこそといえる。


「ドラコ、私は決めた。もう完全に嫌になった。こんな職場……今日限りで辞めてやる!」


フリーダはドラコを抱きながら叫んだ。


それは今まで堪えてきた彼女の発露だった。


彼女の言葉はまだ続く。


「そして、どこか静かで穏やかな場所で、おまえとゆっくり暮らすんだぁぁぁッ!」


主人の心の叫びを聞いたドラコは、彼女に同意するように大きく鳴き返した。

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