第7話:杜撰な謀
ウィンダムはアンジェリーナに手紙で
「フォアグラはお好きですか」
と尋ねたことがある。
アンジェリーナは返信にこう書いた。
「わざわざ病気にした家鴨の肝臓は好みません。我がラバナン王国ではフォアグラそのものを禁止しておりませんが、重税をかけることで流通と飼育を減らしております」
ウィンダムはこの言葉に好感を持った。
***
ビアンカは焦っていた。セシリア・ベッキーノ伯爵令嬢を、兄の王太子ウィンダムの正妃にすることはできなかった。
ベッキーノ伯爵とカルロスは、側妃でもいいと言う。セシリアを側妃にしてくれれば、カルロスはビアンカと結婚すると言う。
ところが今日はとうとう父に
「以後、セシリア嬢や側妃について口に出すことを禁ずる」
と謹慎を命じられた。その上母に
「今後、セシリア嬢や側妃のことを口に出したのならば、即刻修道院に送ります」
と言い渡された。
カルロスと結婚どころか修道院行きなんて!
ビアンカは一心にアンジェリーナを恨んだ。
アンジェリーナさえいなければウィンダムはセシリアを王太子妃に迎えて、自分はカルロスと結婚できたのにと、愚かにも一途に思いこんでいた。
浅薄で自分勝手な娘なのだ。そこをベッキーノ伯爵とカルロスにつけこまれたのだが。
ベッキーノ伯爵父子は、単純で自分勝手なビアンカを使って、持参金と中央政治での重職、そして外戚の地位を狙っている。
ビアンカは手紙を書いた。
ウィンダムがセシリアを召し上げる気がないこと、しかし自分はセシリアの味方であること。
その字は癖があり子供っぽい。ビアンカそのものだ。
その手紙を買収したメイドに託してベッキーノ伯爵へ届けさせた。
今までこの方法で、カルロスやベッキーノ伯爵と連絡をとっていたのだ。
しかし今回は妹の常軌を逸した様に危機感を持ったウィンダムが、配下の者をつけて探らせている。
もちろんビアンカがベッキーノ伯爵家へ託したメイドを尾行している。
メイドはベッキーノ伯爵家へ入り、しばらくして出てきた。手紙と何か小さな箱を持っている。そのままビアンカの部屋に向おうとした。
行きは尾行の為見泳がせたが、箱の持ち込みに異常を感じ、城門の警備兵にそのメイドを連行させた。
震え慄くメイドを尻目に持ち物を確認すると液体の入った小瓶があった。
手紙にはこう書いてあった。
「この薬を日に三滴、アンジェリーナ姫に飲ませなさい。十日もすれば体調不良になります。体の弱い王太子妃など送り返されるでしょう」
報告を聞いたウィンダムは頭を抱えた。
ビカンカは単純で身勝手な娘だが、ベッキーノ伯爵も大概だ。
他国の王女で次期王太子妃の口に入るものには、当然毒見がいる。遅効性の毒物ならば露見しないと思ったのだろうか。ビアンカがどうやってアンジェリーナに毒物を仕込めると思ったのだろうか。
ビアンカは愚かだが、ベッキーノ伯爵も愚かだ。ここが中央政治に採用されない理由だと気づかないほどに愚かだ。
ウィンダムはベッキーノ伯爵の手紙の写しを作らせ、水の入った小瓶と共に写しの方をメイドに持たせた。
アンジェリーナを害する計画に加担した罪を軽減して欲しければ、自分達に従うことを約束させた。今後アンジェリーナに害が及べは極刑だと言い渡し、こちらに全て報告するように誓わせた。
翌日、ビアンカがアンジェリーナに謝罪したいと父である国王に言伝を送った。そのために是非お茶の時間を共にしたいと。
国王と王妃は眉根を寄せたが、ウィンダムが昨日の経緯を話し、自分に任せて欲しいと請け負ったので許可は下りた。
お茶の時間、ビアンカはアンジェリーナだけを呼んだつもりだったが、ウィンダムがエスコートしてやってきた。
「お兄様は呼んでいません」
ふくれっ面のビアンカにウィンダムは笑って見せた。
「私でさえ思うように会えないというのに、其方だけずるいではないか」
「女同士でお話がしたかったのです。謝罪もしたいですし」
そういうビアンカにウィンダムは強く出た。
「その謝罪の証人になるように父から言い遣っているのだ」
しぶしぶ、ウィンダムも受け入れられた。
全員が着席するとビアンカが口を開いた。
「アンジェリーナ姫、ごめんなさい。もうあんな事は言いません」
アンジェリーナは戸惑っていた。
ビアンカの拙く幼い不躾な言い様にもだが、指輪の水晶が赤く光っている。
間違いなくビアンカが自分に害意を持っていることを示していた。
「お詫びの品をうけとってください」
ビアンカは昨日メイドから受け取った小瓶を出した。
ここで出すのか?
ウィンダムは呆れた。
「これは美容にいい薬剤なんです。毎日三滴飲めば美しくなれます」
美しいアンジェリーナに何と言う言葉だ。
ウィンダムはいらいらしたが見守った。
「そんなお気遣いは無用でございます」
アンジェリーナは警戒する。
「是非受け取って。ね?そうしないと謝罪にならないわ」
指輪を小瓶にかざすと、赤くはならなかった。
ビアンカは無理やりにアンジェリーナのティーカップに、小瓶の中身を三滴垂らしてから、アンジェリーナの手に小瓶をにぎらせた。
「さ、お茶をお飲みになって」
そうビアンカが言った時、ウィンダムが動いた。
「アンジェリーナ姫のカップに害になるとわかっている薬剤を入れ、小瓶を渡したな」
そう言って手を叩くと、部屋の外から近衛兵が入ってきた。
「ビアンカ、其方をベッキーノ伯爵と共謀してアンジェリーナ姫を害そうとした罪に問う」
近衛兵に指示する。
「ビアンカを部屋に閉じ込めろ。決して出すな。メイドはこちらで派遣した者以外全員を拘束しろ」
「お兄様!誤解です」
泣き叫ぶビアンカは近衛兵に連れ去られていった。
「あの…」
アンジェリーナはビアンカが自分に毒を盛ろうとしたことを察したが、この小瓶の中身は無毒だ。おそらく水だろう。
「ああ、安心してください。中身は水です」
ウィンダムは苦笑いをした。
そして昨日の経緯を話した。
アンジェリーナは驚いた。
ビアンカなんと単純で浅薄な人なのだろう。まるで子供のよう。
アンジェリーナは驚いた。
「ビアンカ様はどうなりますの?」
アンジェリーナの問いにウィンダムは答えた。
「修道院行きだろう」
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