第6話:フィランジェ王国のフォアグラ

「今後、セシリア嬢や側妃のことを口に出したのならば、即刻修道院に送ります」

 王妃は侍女達に命じてビアンカを下がらせた。


「いやな思いをされたでしょう?ごめんなさいね」

 王妃がアンジェリーナを労わる。


「国王として言うが、ウィンダムに側妃を娶る予定はないのだ。信じて欲しい」

 眉間に皺を寄せて国王が言う。


「私も側妃など露ほども考えていません」

 ウィンダムの言葉に、アンジェリーナは静かに目を伏せた。


「ビアンカは…」

 少し迷ってからウィンダムが言い出した。

「あなたに張り合って意地悪をしてる面もあるのだが、実は婚約すら決まっていないのだ」

「はい」

 アンジェリーナは静かに頷く。

「セシリア嬢の兄のカルロス・ベッキーノ伯爵令息に昔から熱を上げていて、そこ以外に嫁がないと言い張っている。今まで何度か内定した婚約も、手ひどく相手を侮辱して反故になった」

 ウィンダムの話は続く。


 ビアンカは七歳のお披露目でカルロス・ベッキーノ伯爵令息に一目惚れをして、以来彼を文字通り追いかけまわしている。

 その年入学した学園ではそれが過ぎて「品位に欠ける」と学園側から厳重注意を何度も受けた。父母である国王夫妻が何度も諫めたがやめなかった。

 どうにも収拾がつかなくなって、とうとうビアンカは学園から引き離されて、王宮での教育のみになった経緯がある。


 ビアンカは王女であることを笠に着て、我儘で傲慢な娘に育ちあがってしまった。


 王女の権威を振りかざして侍女やメイドを顎で使い、また買収して、カルロスに手紙を送り続けた。

 ベッキーノ伯爵家では最初は迷惑に思っていたが、カルロスとセシリアの婚約者を探す年齢になると、ビアンカを利用することを考え始めたのだ。


 セシリアとウィンダムが婚姻するならば、ビアンカとカルロスの婚姻を認めると上から出てきた。

 王家にとって何の役得もないどころか損失でしかない縁談なので、撥ね付けたが。

 それがまたベッキーノ伯爵家にはおもしろくない。散々ビアンカに悩まされた恨みもあるが、ベッキーノ伯爵家が成り上がるにはもってこいの機会だったからだ。ベッキーノ伯爵家は経済的にはやや苦しく、中央の重職についているわけでもない。王女の持参金と当然与えられるだろう重職を期待していたのだ。


 ウィンダムとアンジェリーナの婚約は、アンジェリーナが産まれてすぐにフィランジェ王国がラバナン王国に打診したものだ。婚約内定は十二年前から調っており、たとえセシリア・ベッキーノ伯爵令嬢がいかなる好条件であっても飲めるものではない。

 王太子の婚約が正式に発表された年からは、ビアンカはカルロスを通してベッキーノ伯爵に唆されて、側妃にセシリアをと迫るようになった。


 王家で教育しているにもかかわらず、何も学ばず品位に欠けるビアンカを、国王夫妻は何度も

「いっそ修道院へ送ろう」

 と考え話し合うのだが、王家の体面上なかなか踏み出せなかった。

 とうとうビアンカやセシリアの適齢期が過ぎるころまで落ち着かなかったら、修道院行きと内定した。


「ビアンカは十六歳、ことによっては適齢期が過ぎなくとも修道院へ送ろうかとも考えています」

 王妃がウィンダムの説明に、悲し気に締めくくった。


 それも知らずに事あるごとにセシリアを焚きつけるビアンカを、ウィンダムは嫌っており、今では

「フォアグラ家鴨」

 と陰で呼んでいた。

 曰く

「自分の破滅を告げることも知らず鳴く病気の家鴨と同じだ」

 いつしかフォアグラも忌み嫌うようになり、国王も王妃も見ると苦々しく思うので、宮廷ではフォアグラが食卓に上がらなくなった。


 ウィンダムはアンジェリーナに手紙で

「フォアグラはお好きですか」

 と尋ねたことがある。

 アンジェリーナは返信にこう書いた。

「わざわざ病気にした家鴨の肝臓は好みません。我がラバナン王国ではフォアグラそのものを禁止しておりませんが、重税をかけることで流通と飼育を減らしております」

 ウィンダムはこの言葉に好感を持った。

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