Firefly Wedding≪赤の魔女は恋をしない8≫

チャイムン

第1話:三人の卒業パーティー

 長年続いていた贈賄によって生徒を優遇する不祥事で一年間封鎖されていた王立学園は翌年、満を持して再開された。

 翌年の初夏、一年ぶりの卒業式が行われ、それぞれの部で卒業生が送られた。


 高等部と大学部との卒業生に対して、恒例の王家主催の卒業パーティーが催された。


 庶民科では、また下位貴族の一部の者は、パーティー用のドレスや装飾品がままならない者が少なくないため、ここ五十年ほどは王家が無料で貸し出しし着付けもやってくれることが恒例になっている。

 またこのパーティーに限って、パートナー制度は廃止されている。

 最後に自分の足で会場に入り、貴族も庶民も基本的なマナーを守って楽しむのだ。この日ばかりは身分の如何で話しかける順番など関係ない。

 これは三代前の王子妃だったフィリパが始めたことだ。

 貴族科も庶民科も共に一夜の煌びやかな夢を堪能するのだ。


 王家では今年は三人が卒業を迎えたため、さらに花が添えられた。

 王子ジルリアは今年十九歳になる。双子の王女アンジェリーナとフランシーヌ十七歳。


 王家では立て続けに慶事がある。

 王子ジルリアは来年二十歳になったら、ライラ・ダルア侯爵令嬢と結婚することになっている。国婚行事だ。

 その半年前には妹のフランシーヌがダンドリオン侯爵家の長男ブレイに降嫁する。

 ジルリアとライラの国婚の一年後、十八歳になったアンジェリーナはフィランジェ王国の王太子ウィンダムへ嫁ぐが、その半年前からフィランジェ王国の王宮に入ることになっている。教育期間のためだ。


「アンジーにそんな必要があるとは思わないけどねえ」

 卒業パーティーの夜、王家の家族専用のサロンで、例によって寛いだ姿でデーティアがこぼす。

 背中にかかるほどまで伸びた渦巻くような赤毛、吊り気味で大きな緑の目、十代後半の美しい少女、アンジェリーナとフランシーヌと同じ歳に見える。黒いドレスはシャロンが誂えてくれたものだが、私的な場所でしか着ない。

 いつもは外見に合った少女らしい色のおとなしやかなドレスを渋々着ている。

 デーティアはハーフ・エルフで、実際の年齢は百二十歳を超えている。

 公にされてはいないが、デーティアはジルリア達の祖父のそのまた祖父の母親違いの姉なのだ。


 何かの折にはこうやって王宮に呼ばれるが、身分は非公式で『王家の遠縁』ということになる。今は『王家の遠縁のロナウ辺境伯令嬢フィリパ』が仮の身分と名前だ。


「わたくしも必要はないと思いますが、国が違えば色々ございますし、アンジーが馴染むためにも必要な期間と思っておりますの」

 淑やかにアンジェリーナの母のシャロンが言う。

「とは言え寂しいですわ。娘二人を手放すのですもの」

 寂し気に言うシャロンの肩を、デーティアが優しく撫でる。


「あたしはあと二年で髪を伸ばすのをやめられるのが嬉しいね」

 右手をひらひらさせるデーティアにシャロンは少し笑う。

「いいえ、おばあさま。ビーの結婚式にも出ていただければ」

「なんだって?ビーの結婚なんか何年も先じゃないか」

「そうよ、おばあさま。わたくしだけ除け者にしたら毎晩夢に現れて文句を言うわよ」

 ビーことベアトリスはもうすぐ十歳の末っ子王女だ。

 王家の気ままさと激しい気性を、渦巻く赤毛と共に受け継いでいる。瞳は灰青色。髪は父親譲り、瞳の色はシャロン譲りだ。

 王家では赤い髪とロイヤル・パープルの瞳が出やすい。

 いつもはすでに消灯を言い渡されるが、今夜ばかりは兄姉達の晴れ姿を見て祝うために、パーティーが終わって帰って来るまで待つことを許されている。

 父で王太子のフィリップと祖父で国王のジルリアは、そろそろ終盤の卒業パーティーの閉会の挨拶に行っている。


 くすくす笑うシャロンは更に続ける。

「五年か六年ほどでしょうか?おばあさま、長い髪が似合っていらっしゃること。これでは…」

 悪戯っぽい微笑に変わる。

「これではまた求婚が殺到致しますわ」


 天を仰いで両手を振るデーティア。

「ああ、いっそ修道院い入ったことにしてくれないかねえ」

「そんなことをおっしゃるとビーが拗ねますわ」

「そうよ、おばあさま。わたくしの時も絶対よ。そうでなければ嫁がないんだから」

 そっくりな渦巻く赤毛と激しい気性のせいだろうか。デーティアとベアトリスは一番気が合うらしい。


「ああ、ビーを除け者にしたら炎で焼かれちまうね。あたしは魔女だしね」

「まあ、おばあさま、なんて古いお話しをなさるの。このラバナン王国ではそんな歴史はございませんことよ。北方の国で五百年ほど前に起きたことでしょう?」

シャロンが笑う。


 デーティアは魔女なのだ。

 実際に彼女の魔力は王家とエルフの力が相まって、抜きん出て強大だ。

 王宮魔導士が全員でかかっても敵わないほどだ。


 六代前の国王の母親違いの姉とは言え、王家には入らず王宮魔導士の道も拒んだデーティアだ。

 また、王家を脅かす子孫を残すことも拒み、魔女になる儀式で子宮の機能を捧げた石女(うまずめ)だ。


 いくつかの事件で王家に貢献し、またジルリア達が親しんでいるため、ここ十数年は王家に頻繁に呼ばれる。

 ロナウ辺境伯の爵位と領地も、非公式に受け取っている。長年王家に尽くした慰労として、これだけは受け取って欲しいと国王ジルリアに懇願されたのだ。尤も、面倒な領地経営は王家が担っている。


 そしてデーティアはしぶしぶながらシャロンや子供達可愛さに度々王宮にやってきて、様々なことに骨を折ることを惜しまない。特に子供達の魔法の実践学はデーティアに任されている。


 今も卒業祝いのために数日の滞在を受け入れている。


 ベアトリスはサロンから庭園を見た。

 季節は初夏、王宮の西の森の湖から、迷いこんだ蛍が数匹飛んでいる。

 なぜか物悲しい気分になった時、廊下から笑い声が聞こえた。


 煌びやかな卒業パーティーが終わりジルリア、アンジェリーナ、フランシーヌが顔を輝かせて家族のサロンに入ってきた。

 ジルリアは婚約者のライラ・ダルア侯爵令嬢を伴なって、アンジェリーナは祖父にフランシーヌは父にエスコートされて。

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