第9話 新たなる義兄弟 劉禅、龐統、魏延
私は劉禅公嗣。二度目の人生を歩んでいる。
一度目の人生には後悔しかない。蜀の二代目皇帝でありながら、無為に生き、国を滅ぼした。
同じあやまちをくり返すつもりはない。
幸い私には前世の記憶がある。
同じ歴史の道をたどらないようにして、蜀を繁栄させ、魏を滅ぼす。これが私の二度目の人生の目的だ。
私はふたりの人物に目をつけている。魏滅の鍵となるであろう者たちだ。
彼らがいま私の目の前にいる。
私の部屋で円卓を囲んでいる三人。劉禅、龐統、魏延……。
建安十六年、私は五歳だ。
龐統士元は光和二年生まれの三十三歳。前世の記憶のとおりに歴史が進むと、建安十九年に死ぬ。劉備が自分よりも諸葛亮を頼みとしていることを知り、失意のうちに戦死した。行政の天才ではなかろうかと私は見ている。
魏延文長は光和六年に誕生し、現在二十九歳。前世では建興十二年に死去した。彼は諸葛亮に策を用いてもらえず、不完全燃焼のまま生きた。孔明の死後に主導権を奪おうとするが、果たせず、同じ蜀将の楊儀に殺された。軍事の天才である可能性がある。
この有能なふたりが、私の下で才能を発揮すれば、歴史は変わるであろう。
龐統は小柄で、目付きが悪い。額が大きく張り出している。意地悪そうな外見だが、目付きが悪いのは、彼が近眼だからである。笑顔になると、はっとするほど表情が明るくなり、その目が澄んでいることがわかる。
魏延は身の丈八尺の偉丈夫である。劉備の死後は暗い表情をしていることが多かったが、いまは溌剌とした爽やかな好漢だ。
円卓で向き合って、私は果汁を飲み、龐統と魏延には酒を飲んでもらっている。
「私はあなたがたの運命を知っています。おふたりとも不遇のうちに死にます、と言ったら、私を頭のおかしい幼児だと思いますか」と私が言うと、龐統の目付きはさらに悪くなった。
「わっはっはっ、若君は実に面白いお方だ。未来が見通せるのですか」
魏延は大声で笑ったが、その眼光は鋭く、私の真意を探っているようだった。
「龐統殿も魏延殿も、諸葛亮殿との相性が悪い。父が水魚の交わりをしているあの方との仲が悪いので、不慮の死を遂げるのです。龐統殿は諸葛亮殿と功を争って死に、魏延殿はあの方に献策を無視され、力を発揮できずに亡くなるでしょう。ふつうに生きていたら、この未来は避けがたいのです」
龐統はため息をつき、魏延は顔をしかめた。ふたりとも、諸葛亮をよくは思っていないのだろう。
「自分は劉備様に忠誠を誓っているのです。諸葛亮殿に仕えているわけではありません」と魏延は言った。龐統は黙っていた。
「父の死後、あなたはその才能を発揮できなくなるでしょう。軍事の天才であるのに」
「軍事の天才……。自分がですか」
魏延は目を見開いて、私を凝視した。
私は魏延に賭けていた。見込みちがいであれば、魏を滅ぼすことはできないであろう。
「そうです。魏延殿はおそらく曹操に匹敵する天才です。ですが、諸葛亮殿の下では、その才能は開花しません」
「ふむう……」
魏延はうなった。
「劉禅様、わたくしを呼んだわけを教えていただけませんか。そのような不吉な予言を聞かせるためだけではないのでしょう」と龐統が言った。
「むろんです。魏延殿は軍事の天才であり、龐統殿は行政の天才です。おふたりは父と私にとって大切な家臣であり、その才能を十分に活かしていただきたいので、お呼びしたのです」
天才と伝えても、龐統は少しもうれしそうではなかった。
「わたくしは行政の天才ですか。まるで軍事の才はないと言われているみたいだ」
「龐統殿の軍才は中の上といったところです。上の上である魏延殿と軍事を競うのは、やめた方がよいです。内政を龐統殿がつかさどり、軍事を魏延殿が統括した国は、まちがいなく栄えるでしょう」
龐統は腕組みをした。
「不服ですか、龐統殿」
「いや、確かにそうかもしれないと思ったのです。軍事を魏延殿にお任せし、内治に専念するのも面白いかもしれません」
彼はにこっと笑った。
「龐統殿、その場合、軍の後方にあって、兵站を担当するのは、あなたの役目となるでしょう。漢の高祖劉邦における蕭何の役割をするのです」
「む、糧秣の差配ですな」
「そのとおりです。蕭何がいなければ、軍師の張良や天才的な武将の韓信がいても、高祖は天下を取れなかったでしょう」
「だが、若君は死の予言をされました。自分は活躍できないのでしょうか」
魏延は浮かない表情になっていた。
「道はあります。龐統殿、魏延殿、おふたりを漢と見込んで、お願いがあります。私と義兄弟のちぎりを結んでいただけないでしょうか。劉備、関羽、張飛が力を合わせて生きてきたように、劉禅、龐統、魏延で義兄弟となり、乱世を生き抜いていきたいのです。おふたりは大人であり、私は幼児ですが、真剣に言っています。三人が生死をともにする覚悟で力を合わせれば、将来は必ずや明るくなり、道を切り開いていけるものと信じております」
「若君と義兄弟に……」
魏延は感激しているようだった。
「劉禅様、わたくしを漢と思ってくれていること、まことですか」と龐統が呆然と言った。
「もちろんです。おふたりは信義あり、智あり、まことに漢の中の漢であると思っております」
「そうですか。いや、素直にうれしいです」
「魏延殿、わたくしと義兄弟になっていただけますか。少々頑固な男ではありますが、よろしいですか」
「龐統殿、自分は多少自負心が強いかもしれません。それでもよろしいですか」
ふたりは睨み合っていた。
龐統と魏延の相性がいいかどうかは、実はわからない。もしかしたら、悪いかもしれない。私が仲立ちをすれば、大丈夫だとは思っているが。
「人間、長所があれば、欠点もあるものです。私たちは長所を尊敬し合い、欠点を許し合って、仲よく生きていきましょう。義兄弟の件、いかがですか」
「死ぬときは若君と一緒であると誓います」と魏延は言った。
「魏延殿、劉禅様はまだ幼いのです。死ぬのはわたくしたちが先ですよ」
「わっはっはっ、そうでした。自分が死んでも、若君が死ぬことはありません。しかし、若君が死んだら、自分は死にます」
「魏延殿、劉禅様は年少ですが、長兄になっていただく。それでよろしいですか」
「自分もそのつもりでした。若君の器量は劉備様に似て大きい。長兄と仰ぎます」
ふたりは私を長兄に推してくれた。ありがたいことだ。
「では、義兄弟のちぎりを交わしましょう。私たちはこれから苦楽をともにし、力を合わせ、民のために生きていきましょう」
私は果汁を飲み干した。龐統と魏延は「おう」と声を合わせて、酒杯を干した。
こうして、私たち三人は義兄弟となった。
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