断髪
蓮崎恵
第1話
「ねぇ、どうしてそんなに髪を切るの?」
僕がそう問うと、彼女はにっこりと微笑んで
「それはね、寂しさを紛らわすためだよ」
そう答えるとボブの髪をさらりと揺らしながら階段を降り、掃除ロッカーに箒をしまった。
小学生の恋は盲目で浅はかだ。それは幼い僕には気付けないことでもあった。皆が他の誰かを好きになるように、僕も彼女のことが好きだった。彼女の笑う顔が、綺麗な髪が。
それでも彼女は僕に恋することはなかった。他の男子と付き合っては別れ、付き合っては別れを繰り返し、その度に少しずつ少しずつ髪を短くしていた。出会った時には胸ほどまであった髪も小学校の卒業式には既に肩より上の短さになってしまっていた。彼女の髪は、まだ短くて綺麗なまま。
中学に上がっても彼女のその習慣は変わらなかった。
「なぁ、また誰かと別れたの?」
僕がそう問うと、彼女は少し乾いたような笑顔で
「そうだよ、君じゃ無い誰かと別れたんだよ」
そう答えると彼女は寂しそうな背中を向け、廊下を歩いて彼女の教室へ戻って行った。
相変わらず僕はまだ彼女のことが好きだった。中学生にもなるとある程度の物事の判断はできるようになり小学生より真剣なカップルも増えてくる。彼女も少しは変わったかもしれない、と期待しても未だに何度もボブに切り揃えているのを見るとガッカリしたような安心したような、変な気持ちに包まれる。
彼女と話す回数も少しずつ、少しずつ減っていく。気付けば僕には初めての恋人がいた。その子がいる手前、特定の女子と仲良くするのは避けようと思った。だが、意思を固めたところにやってきたのは彼女だった。彼女との縁は薄くなってしまったと思っていた。そして廊下掃除の週は必ずと言って良いほど彼女と話していた。いや、話しかけられていた。
彼女の髪はもう少しで肩につくほど伸びていた。
寒さが残りつつも桜の蕾もかなり芽吹いた中学の卒業式。3年間あっという間に過ぎていた。そして僕は1週間前に恋人と別れた。別れを告げられたのは僕の方だった。なんとなく予想はついていたが、いざ言われるとショックを受ける。呆然と共に終えた中学最後の一週だった。
「ねぇ、今ちょっと良い?」
そう言って彼女はクラスのドアから顔をひょっこりと覗かせて僕に問いかける。
「う、うん」
僕の周りにいた友達が囃し立てるものだから、つい返事が吃ってしまった。
賑やかな廊下、沈黙の階段と昇降口を抜けて人通りの少ない非常階段近くまで来て、彼女は立ち止まった。セミロングの髪を揺らして振り向き、彼女の唇が動く。
十数年ぶりに中学の同窓会が開かれることになった。皆品の良いスーツやワンピースなどで各々着飾っている。それは彼女も例外ではなかった。オフホワイトの上品なワンピースを着て金の可憐なアクセサリーを身につけていた。左手の薬指は輝いていて、遠くから見ても感じ取れるほど結構なものだった。少しの驚きと安堵が心の奥底で湧くのを感じた。
「あ、」
彼女は僕に気付き短く嗚咽のような声をあげた。
「えっと、久しぶり」
一先ず挨拶はしたが、彼女は会釈をするだけだった。
去っていく彼女の巻き髪は腰まで伸びていた。
断髪 蓮崎恵 @kei_09
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