16. いきなりの実技試験

「し、失礼ですが、これはどちらで……?」


 引きつった笑顔で受付嬢は聞いた。


「私が倒したんです」


 ムーシュは楽しげに貧弱な力こぶを見せつけたが、受付嬢は小首をかしげて困惑し、奥へと引っ込んでいった。


「ありゃぁどっかから盗んできたんだな」「さすがに魔熊はねーだろ……」


 ロビーの方から野次馬の声が聞こえてくる。


 ムーシュは口をとがらせ、抱きかかえている蒼を見ながら、テレパシーで聞いた。奴隷関係の間ではテレパシーが使えるのだ。


『主様、どうしましょう?』


 まさかどうやって獲ってきたかまで詳細に報告が要るとは思わなかった蒼は、キュッと口を結び、どう説明しようか首をひねった。しかし、幼女が倒しましたなんて説明をしても騒がれるばかりでロクなことになりそうにない。


『ラッキーで倒せたとしか言いようがないよなぁ……。僕がやったとは絶対言わないように』


『ラッキーで押し通すんですか!? はぁ……』


 ムーシュは蒼をキュッと抱きしめ、ため息をついた。


 奥からアラサーの筋骨隆々としたギルドマスターが出てきて二人を見る。皮鎧を着て頬には大きな傷跡が見え、相当の手練れに見えた。


「魔熊を倒したというのは……君か?」


「そうですよ? 嘘なんてついてませんよ?」


 にこやかに答えるムーシュ。この辺りは悪魔らしい堂々とした受け答えである。


「……。どっちにしろギルドカードを作らねばならない。そのランクテストを兼ねて実技試験をやりたいが……いいかな?」


 明らかに疑っているギルドマスターはギロリとムーシュの顔をのぞきこんだ。


『テ、テスト……。困ったなぁ……』


 蒼は渋い顔でうつむいた。明らかに力不足なムーシュではそのままじゃテストは通らない。しかし、今さら引くわけにもいかない。魔石の換金はやらなくてはならないのだ。


 蒼は一計を案じ、テレパシーでムーシュに『非公開で頼め』と伝える。自分が秘かにサポートしてやらなくてはならないが、やじ馬の見られている中ではやりにくいからだ。


「いいですが、非公開で……お願いできます?」


 ムーシュは少し前かがみで胸を強調しながら上目遣いでマスターを見る。


「ひ、非公開……? ゲフンゲフン……。いいだろう。ついてきたまえ」


 マスターはつい胸を見てしまったことをごまかすように咳払いした。



      ◇



 案内された先はどこかの屋敷の裏庭だった。確かに庭木と建物に囲まれていて、のぞかれる心配もなさそうである。


「さて、ここでテストしよう。コイツに一太刀でも入れられたら合格って簡単なルールさ」


 そう言いながらギルドマスターはバッグから案山子を出し、組み立てた。


 案山子は虹色のシャボン玉のような膜に覆われており、何らかの魔道具のようだった。


「この案山子はAランクの魔術師ならダメージが通るようになっている。魔熊を倒したならAはあるだろう?」


 マスターはそう言って挑戦的な視線でムーシュを見る。


 蒼は頭を抱えた。こんなテストじゃサポートのしようがない。


『主様~、私攻撃魔法なんて使えないですよぉ』


 ムーシュもお手上げである。


『うーん、お前、目くらましの魔法使えたろ?』


『ピカッと光るだけの奴?』


『そうそう、それ、全力でやってくれ。僕がその隙に小石で案山子をぶち抜くから』


 蒼は親指をはじいて見せた。


『えぇ……、そんなの上手くいくんですか?』


『じゃぁどうすんだよ!』


『うーん……』


「おい、どうした? 降参か?」


 マスターはニヤニヤしながらムーシュの顔をのぞきこんだ。


「あ、やりますやります。こんな案山子瞬殺ですよぉ。クフフフ……」


 ムーシュは蒼をマスターの反対側に下ろす。そして、案山子の方を向いて大きく息をつき、キッと案山子をにらんだ。


「じゃぁ、Aランクの魔法とやらを……、見せてもらおうか」


 嗤うような笑みを浮かべ、腕組みをしてムーシュを見つめるマスター。


 ムーシュは丁寧に呪文を唱え、目の前に黄金色に輝く大きな魔法陣を浮かび上がらせると魔力を充填じゅうてんしていく。


『全力で行けよ、全力で!』


 蒼は秘かに小石を握り、親指で弾く用意をしてその時を待った。


 レベルだけは百近いムーシュ。注ぎ込む魔力は相当なものがある。魔法陣は輝きを増し、裏庭全体が黄金の輝きで燦然さんぜんと輝いた。


「な、なんだこの魔法は……?」


 マスターは見たこともない『攻撃魔法』にうろたえる。いまだかつてこんな魔力のこもった目くらまし魔法を放とうと思ったものはいなかったのだ。


 その時だった、ゴゴゴゴと空気を震わせる衝撃が上空を通過していく。


「な、なんだ?」「何が飛んでるんだ……?」


 三人はその異様な衝撃に空を見上げた。


 それは翼をつけた人に見える。ムーシュが飛ぶよりももっと高速に、まるで戦闘機のようにしてカッ飛んでいた。


「ま、魔人だ!?」


 マスターが叫ぶ。


 蒼とムーシュは顔を見合わせた。


『主様、司祭殺しちゃったのがマズかったみたいですよ?』


『知らないよそんなのぉ……』


 蒼が鑑定したら上級魔人でレベルは三百を超えていた。下手をしたらこの辺一帯が火の海になりかねない。


『報復に来たって事? しまったなぁ』


 魔人は急に旋回すると、今度はこっちに向かって突っ込んでくる。魔法陣の輝きを見つけたのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る