15. 邪悪なマッチポンプ

 蒼はしゃがみこむと、クリっとした碧眼で少年の顔をのぞきこむ。


「お兄ぃちゃん、どうしたの?」


 少年はチラッと蒼を見ると、ためらいながらもポツリポツリと事情を話してくれた。


 話を総合すると、少年の愛する姉が残忍な連続殺人犯の犠牲者となり、酷い状態の死体が空き地に捨てられていたらしい。


 優しく大好きだった姉との温かい日々が惨劇で断ち切られたことの重さははかり知れず、蒼もムーシュもかける言葉を失ってしまった。


 この儀式は被害者たちの合同慰霊祭らしく、犯人が未だ自由の身でいることを考慮し、参列者への警戒の啓発も行われていた。


 金の刺繍が煌めく純白の高帽を戴いた司祭は、あつまった信者たちに女神の深遠な教えを伝え、周囲の群衆は畏敬の念を抱きながら静かに耳を傾けている。神聖な静寂がその場を包んでいた。


 蒼も手を組み、しばらく司祭の言葉に耳を傾けながら少年の姉のことを思う。


 失われた命は永遠に戻ることはないが、復讐なら蒼のスキルでできてしまう。しかし、蒼には殺すことへの葛藤があった。


 連続殺人犯を殺すか見逃すか……。その間の選択がないことをもどかしく思いながらムーシュを見上げると、察したムーシュがニコッと笑ってうなずいてくれる。


 蒼はその笑顔に後押しされるように覚悟を決め、少年に声をかけた。


かたき……討ってあげようか?」


「えっ……?」


 少年は泣きはらした目を蒼に向ける。


 しばらくどういうことか分かりかねていた少年だったが、静かにうなずいた。


 蒼はうんうんとうなずくと、目を閉じて『少年の姉を殺した殺人犯』という条件を頭に刻む。


 朝の澄み切った青空を見上げた蒼は大きく息をつき、ボソッとスキルを唱えた。


「人でなしDeathデス


 直後、ステージの上で慰霊の言葉をあげていた司祭が紫色の光に包まれ、糸が切れた操り人形のようにバタリと崩れ落ちた。司祭だけでなく、教会のスタッフもバタバタと何人か倒れていく。


 キャーー! 何だ!? 司祭様ぁ!


 大騒ぎになる会場。


 えっ!? はぁっ?


 蒼もムーシュも驚いてお互いの顔を見つめあう。


 直後、倒れた司祭たちの身体が消え、魔石へと変わっていく。なんと、司祭たちは魔人だったのだ。


「ま、魔人だーー!」「どういうことだこれは!?」「衛士だ衛士を呼べーー!」


 街の人たちの心のよりどころとなる、教会の司祭が魔人だったことにみんな大騒ぎとなる。


 騒然とする広場を眺めながら蒼は立ち尽くした。


「ちょっとこれ……、どういうこと?」


 蒼はそのおぞましい仕組みに思わず寒気が走った。魔人たちが教会で権力を持ち、裏では人を殺し、それを利用して教会のイベントにしていたのだ。


 何が起こったのか分からずにキョトンとしている少年の背中を、蒼はポンポンと叩いた。


「犯人はあいつらだったみたいだよ」


「えっ!? 司祭様が……?」


 少年はペタンと座り込み、困惑してどうしたらいいか分からない様子だった。


 ここまで魔人が食い込んでいるとなると、他にも魔人はたくさんいるのかもしれない。王都と言えども決して人間の楽園ではないことに蒼は深くため息をついた。


 広場を後にしながら蒼はムーシュに聞いてみる。


「魔王軍ってこういうこともやってるの?」


「特殊工作部隊の仕事じゃないですかね? 私のような下っ端じゃよく分からないですよ」


 ムーシュは首をかしげながら答える。


「ムーシュもやれと言われたらやるの?」


「お仕事なら逆らえないですよ。逆らったら殺されちゃいますから」


 自嘲気味に肩をすくめるムーシュ。


「酷い世界だな、どうなってやがるんだ……」


 一瞬、魔王軍を地上から消し去ろうとも考えたが、ムーシュのような悪意のない悪魔が犠牲になることは受け入れがたい。蒼はブンとこぶしを振うと重いため息をついた。


       ◇



 地元の料理の香りに誘われ、小さなレストランで食事を取った後、二人は冒険者たちの集うギルドへ向かった。


 三階建ての壮麗な石の建造物には、冒険者たちの誇りを示すように、古びた剣と盾の看板が立派に飾られている。


 子連れで入ってきたムーシュを見て、むさくるしい冒険者たちでにぎわうギルドのロビーは一瞬静まり返った。


 男どもはジロジロとムーシュを見ると、声をかけてくる。


「おいおい、お嬢ちゃん、来る場所間違ってるよ!」「お兄さんがベッドで話聞いてやろうか?」「お前は下手だからダメだ!」「わっはっは! 違ぇねぇ!」


 ゲラゲラ笑う声が室内に響いた。


 ムーシュはプイっと顔を背け、足早にカウンターの受付嬢のところへ行く。


 エンジ色のピシっとしたジャケットを身にまとった受付嬢は、申し訳なさそうな笑顔でムーシュを迎える。


「ごめんなさいね、騒がしい方たちで……。ご用件はなんでしょうか?」


「えーと、魔石をですね、換金したいんです」


 ムーシュはマジックバッグから魔石を一つかみバラっとカウンターの上に出した。


 魔石は色とりどりの輝きを放ちながらカウンターの上に転がった。


 へっ!?


 驚く受付嬢。


 それは魔熊などの魔物の魔石で、討伐クラスで言うとAクラス。とても子連れの女の子が倒せるような魔物ではなかった。


 それを見ていた冒険者たちの息をのむようなどよめきが部屋に響き渡る。日ごろゴブリンなどの小物を倒して生活している冒険者たちにとって、魔熊の魔石など目にすることはほとんどなかったのだ。カウンター上にそんな貴重な魔石が無造作に並べられている様は、彼らにとって信じがたい光景だった。

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