2. 魔王軍四天王ルシファー

 蒼は再度大きくため息をつくと、うつろな目でステータスウィンドウを眺めた。


ーーーーーーーーーーーーーー

Lv.100 アオ 三歳 女性

種族 :ヒューマン

職業 :無職

スキル:即死Death、鑑定

称号 :救世主、ジャイアントキリング

特記事項:原点回帰【呪い】

ーーーーーーーーーーーーーー


 いつの間にかレベルが100になっていた。レベル1がレベル999を倒せば一気にそのくらいは行くのだろう。


 試しに蒼はピョンと跳び上がってみる。


 すると、幼女にもかかわらず、まるでトランポリンのように宙高く舞い上がってしまった。その異常な跳躍力に焦ってバランスを崩し、思いっきり頭から落ちてしまう蒼。


 痛ってぇ!


 だが、かなりの勢いで落ちたにもかかわらず怪我一つなかった。レベル100の身体能力や防御力というのは実は相当に強いのではないだろうか? 冒険者としても上級クラスかもしれない。


 一瞬、冒険者になろうかとも思った蒼だったが、幼女じゃきっと受け入れてくれないだろうとがっくりと肩を落とす。


「ふぅ……。さて、どうするかな……」


 蒼はもう一度ピョンと跳び上がって周りの様子を眺めてみる。


 しかし、目新しいものは何もない。しばらく草原が続いた先は森になっていて、遠くに山が見えるだけ。こんな大自然の中でどうやって生きていけばいいのだろう?


 と、その時だった。にわかに空がき曇り、青空はあっという間に不気味な暗雲の渦へと塗りつぶされていく。雷がゴロゴロと遠くで叩きつけるように鳴り響いた。


 蒼が怪訝けげんそうにその暗雲を見上げていると、急に真紅に輝く巨大な円が空に描かれていく。


「な、なんだ、あれは……?」


 不穏な予感に蒼は顔をしかめ、思わず後ずさる。


 巨大な円の中に真っ赤に煌めく六芒星が描かれ、ルーン文字が書き加えられていく――――。


「魔法陣だ!」


 迫りくる恐ろしい現実に、蒼の頬を冷汗が伝った。やはり魔王を殺してはならなかったのだ。その名を不用意に唱えたことの代償の大きさに、蒼は真っ青になる。


 に、逃げなきゃ……。


 ガクガクと震えるひざを無理に動かし、逃げようとする蒼。


 直後、鮮烈な赤い閃光が天と地を覆いつくし、ピシャーン! という激烈な落雷の衝撃音が草原に響き渡る。逃げるのも間に合わず、蒼は衝撃波をまともに受けてしまった。


 ぐはぁ!


 幼女の身体は軽く、あっさりと宙を舞ってゴロゴロと転がる。


 幸いにもフワフワとした草がクッションになって大事は免れたが、目が回ってしまう蒼。


 くぅぅぅ……。


 よろよろと体を起こすと、ドヤドヤと大勢の気配がする。


 へっ!?


 慌てて草の間から様子をうかがって蒼は驚愕で固まった。何とそこには異形の魔物軍団が現われていたのだ。黒い翼を背負ったイケメンを先頭に、ヤギの顔をした悪魔にリザードマン、フードをかぶったドクロなどの幹部がずらっと並び、その後方には獰猛な巨大熊の魔物たちが赤い眼で威嚇していた。魔王軍の一個師団が転送されてきたのではないだろうか?


 辺りは魔物たちの放つ紫色のすすのような微粒子が立ち上り、生命力を奪い去るかのような不穏なオーラが充満していた。


 あわわわわ……。


 蒼は魔王軍の放つ圧倒的な魔気に当てられて、思わずペタリとへたり込んでしまった。目の前に広がるのはまさに死を象徴する魔物たちの軍団。なぜ今こんな軍隊がここに現れたか? と言えば魔王を倒した自分を探しに来たに違いない。一体どうやってバレたのかは分からないが、一刻も早く逃げねばならなかった。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい……。


 蒼はそーっと後ろを向くとソロリソロリといながら逃げ出す。


「そこな小娘、どこへ行く?」


 冷徹な言葉が蒼を貫き、蒼はビクンとして動きを止めた。


 顔を上げると目の前にイケメンが立ち、一瞥いちべつで心を凍らせるようなオーラを放っていた。テレポートでもしたのだろうか? 頭からは角を生やし、背中の巨大な漆黒の翼をゆったりと動かしながら、炎を揺らめかせる真紅の瞳で静かに蒼を見つめていた。


「ひぃぃぃ! お、お家に帰らないと……」


 蒼は恐怖でおしっこを漏らしそうになるのを必死に我慢し、出まかせを言った。


「家……? それよりここで怪しい者を見なかったか? きっと魔導士のたぐいだと思うが……?」


 イケメンは体中から紫色に煌めく微粒子をふわぁと噴き上げながら蒼の顔をのぞきこむ。その冷徹な仮面の後ろで、憎悪が果てしなく渦巻いているのが感じられた。


「ま、魔導士? あたしよく分からない……わ」


 蒼はブンブンと首を振り、必死に無能な幼女を装う。


 イケメンは小首をかしげ、鋭いまなこで蒼を貫いた。その瞳には見た者の命を分解してしまうようなすさまじい魔力を感じる。


 や、やばい、殺される……。


 蒼は絶望的な表情を浮かべながら後ずさりした。レベル100の身体能力があったとしてもこんな上級魔族の前では無力であることを、彼の魂がひしひしと感じていた。


 イケメンは指先で空間を切り裂き、巨大な大鎌を取り出すと無表情のまま振り上げた。


「……。まぁいい。死んでおけ」


 いたいけな幼女を問答無用で殺そうとするイケメン。さすが上級魔族である。しかし、転生早々殺されるわけにもいかない。


「ダメDeathデス!」


 蒼は目をギュッとつぶると、両手をイケメンの方に向け叫ぶ。


 イケメンは一瞬神秘的な紫色の閃光に覆われ、次の瞬間、まるで糸の切れた操り人形のように静かにそして美しくその場に崩れ落ちた。


 蒼は半ば無意識に即死スキルを使ったのだった。


 その予想外の光景にあぜんとし、静まり返る魔王軍。


 このイケメンは魔王軍四天王の一角を担う最強の悪魔、ルシファーだった。ルシファーはただの四天王ではなく、悪魔界の至宝。その美しさと圧倒的な力で数々の戦場を制してきた。しかし、そのルシファーが一瞬で幼女に倒されてしまったのだ。


 やがて倒れたルシファーはすうっと消えていき、鮮やかに輝くアメジストのような大きな魔石が残され、ころりと転がった。


 魔王軍に大きな衝撃が走り、驚愕の叫び声が草原に響き渡る。


 恐怖と暴力の象徴、ルシファーがあっさりと幼女に殺されてしまった。それはまるで神話や伝説が崩壊したかのような衝撃を魔王軍に与えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る