破 その3

「さて……と」アタシは体勢をなおすと残った先の大人しそうな男子の正面に立った。




「わ……わわ……」予想通り、ひどく怯えている。アタシの様な美少女にそこまで怯える必要なんてあるのだろうか? いや周囲で蠢く死屍累々を見るとそれは当然の反応か。


「ねぇ」仔犬を返してもらって二度とこんな事をしないと約束させ、この倒れた男子達を持って帰ってもらう為、彼まで淘汰する気は微塵もない。その事を伝えようとした時だった。




「あいおいさ~~~~ん」


 土手上の橋からそんな間抜けな声と「がっしゃんがっしゃん」非常に重量を伴った金属音が鳴り響いた。




「ひぃいいい~~? な、何だぁ?? 」


 それが完全に彼の平静の精神を断ち切ったらしい。パニック状態になったその男子生徒は一目散に背を向けて逃げ出していってしまった。




「あっ、ちょっ、もう‼ こいつらどうすんのよ‼ 」


 アタシがそうこぼす頃には、その背中は伸ばした掌に隠れるくらいに小さくなっていた。




 代わりに。




「だ、だだだだ大丈夫だった??


 何か、怖い人達にわんちゃんが連れてかれたって用務員のおじさんに聞いて‼


 でも、なっかなか見つかんなくて‼ 」




 背景を隠し切る程の巨大な漆黒の甲冑が視界を遮る。




 言葉の合間に「ぜひぜひ」と荒い呼吸音が聴こえる事から、どうやら必死で走っていたようだ。


「あっ‼ 」


 そして、そう叫ぶと草むらの方へとよろよろと駆け出した。


 そうして、しゃがむと優しくそれを抱き上げる。




「だ、大丈夫だよ‼ すぐに病院に連れて行ってあげるからね‼ 」


 くぅ~ん。と弱弱しく鳴く仔犬を抱き締めて、彼がいざ行かんとした時だった。




「うわぁっ‼ こ、これは、な何事だぁああ⁉ 」


 ようやっとその場の状態に気付いたらしい。そして彼は。


「愛生さん‼ ごめん、この子をお願い‼ 」


 と言って、アタシにその仔犬を優しく手渡す。


「三丁目の村上動物病院に、ボクの父さんが居るから。事情を説明したらきっと力になってくれる‼ 」


 彼は、そんな事を言う。


「はぁ? さ、早乙女クンはどうすんのよ? 」


 アタシがそう言う頃には、彼は倒れていた不良達を優しく抱き起していた。




「怪我してる人達を放ってはおけないよ。


 ボクは彼等を介抱してから行く」




 アタシは思わず立ち尽くしていた。




「そ、そいつらがこの子を虐めてたんだよ?


 だから、アタシがやっつけたのに……。


 どうして、そんな奴らに優しくするわけ? 」




 彼は、振り向かずに答える。


「うん。ありがとう。愛生さん。


 君がその子を助けてくれたんだって。解るよ。


 ――だけど、ね。


 彼等も。放っておけないじゃない。


 きっとさ。真剣にそれが悪い事だって話したら解ってくれると思うんだ」




 アタシはなんだかモヤモヤした気持ちになったのでどうすればそれが晴れるのかと少しだけ仔犬の事を忘れて考えた。


 でも、答えは出なかった。出なかったのに。




「絶対、それ意味ないよ。そいつら仔犬を虐める様なクズだよ。


 そんな奴らにそんな無駄な事する早乙女クンってどうしようもないバカだと思う」




 あちゃ~……。


 これは、アタシ自身なおしたいなおしたいって思ってる。


 自分が正しくない。って思っちゃうとついついキツイ言い方で問い詰めちゃう。しかも今回は彼は直接的には関係ないのに。




「うん、愛生さん。それでも、ボクは信じたいんだ。


 ほら、こういう男の人たちってさ。きっと変なプライドみたいなのが時々邪魔しちゃってさ。悪い事しちゃうけど。その分心から話し合えばさ。


 心底から悪いヒトなんて居ないと思うんだよね」




 表情なんか全く分かる筈もないのに。


 彼が本当に心の底から笑ってそう言ったのが解ったから。


 アタシのイライラはまた一段強くなる。




「ふ~~ん。じゃあ、女のアタシはきっと変なプライドとかもない悪人かもしれないね‼


 じゃあ、先にワンちゃん病院に連れてくから‼ 」




 また、いちいち言わなくてもいい事を吐き捨ててアタシはもう彼に振り向かずにダッシュで言われた動物病院へ向かった。








「よしっ、これで大丈夫。


 いや骨や内臓が傷ついてなくて本当によかった」


 そう言うと、見た目が明らかに年齢より若そうな獣医さんがワンちゃんを抱き上げる。ワンちゃんは嬉しそうに舌を出して尻尾を振る。確かに元気になってる。




 それは、確かにとても良い事だ。


 でも、アタシその獣医さんが気になって仕方ない。




 だって早乙女クンはこう言った。


「ボクの父親が」と。




 アタシは失礼ながらその顔をジッと見る。


 彼の言った事が真実ならば。


 いや、言われた動物病院の早乙女医師が居た事で多分真実なんだろうけど。


 目の前のこの人はアタシのお父さんと同年代で。


 あの早乙女クンのお父さんと言う事になる。


 一見女性と見間違えそうなほっそい輪郭と、髭の気配もしない口元。


 長い綺麗な金髪を後ろに括ったその髪型が長身で細身なそれにとても良く似合う。




 ――不可解おかしい。


 生物の親子関係では子は親の遺伝子によって形成されると授業で習った。


 となれば、今目の前に居るべきは第六天魔王も泣いて逃げ出す程のバケモノの様な外観の生物でなければならない。


 ……母親?




 そんな事を考えていた時、背後からガッチャンガッチャンうっさい聞き慣れた雑音が木霊して来た。




「父さん。ありがとう。仕事中なのにメールしてごめんね」


 ぬっと後ろから巨大な無機物を纏った有機物が視界に入る。




「おお、いや、大丈夫だよ。


 でも、困った事があるんだ」




「困った事? 」アタシと早乙女クンがハモッた。お父さんが小さく微笑む。




「実は、病床が満床なんだ。この子の様子からして暫らくは看病なんだが……ご存知ながらうちは賃貸でペットが禁止だ」


 早乙女クンが「う~ん」と唸った。


 同じ様にお父さんが腕を組んで「う~ん」と唸る。




「あの……うち。


 広いからちょっとの間くらいなら預かれますけど……」


 2人が一斉にこっちを向くから思わず背中が硬直する。




「ありがとおおおおおお‼


 愛生さーーーーーーん」


 ガシャコッとアタシの両手が冷たく固い手甲に包まれた。思わず反射的に上段回し蹴りが出そうになるけど、お父さんが居たおかげで顔が引き攣りながらも何とか抑えれた。

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