六文銭


「手ぇ引いとくれ」

 母ちゃんと手を繋いで歩く。子どもの頃以来だ。

 杖をつきながら、ひょこひょこ付いてくる母に、思春期の時のような恥ずかしい気持ちは湧いてこなかった。

 母ちゃんの手は、乾いて温かく、小さい。こんなに小さかったのかと内心ぎょっとする。

 先日、父ちゃんが逝った。

 八十八歳、末期の肝臓癌だった。父ちゃんはよく頑張ったと思う。

 葬儀屋に運ばれていく間際の父ちゃんの顔は、苦しみに歪んだまま死後硬直してしまい恐ろしい形相をしていた。黄疸のため蜜柑色に染まった顔色が、余計に異様さを露にしていた。側にいた母ちゃんが思わず目を背けたほどだ。

 父ちゃんは、その後、葬儀の前に納棺師の手によって元の父ちゃんの顔へと整えられた。

 絶望したように見開かれた平べったい色の薄くなった目や、絶叫を上げているようにパックリ開いたままの口は閉じられ、蜜柑色は肌色で覆われ、眠っているような安らかな表情になった父ちゃん。その体を擦りながら、母ちゃんの嗚咽は止まらなかった。

「お金を、お金を持たせないと・・」

 そう言って、使い込んだ飴色の財布から紙幣を何枚も何枚も出して、首からかけた頭陀袋と呼ばれる袋に突っ込もうとして納棺師に止められていた。

「でも、お金がないとあちらの世界で困るって聞きましたよ。ほんとは小銭のほうがお父ちゃんはいいんでしょうけどね。煙草とか買うのに。紙ならいいんでしょ?」

「あまり多く入れると、火葬する際に黒く燃え残ってしまいますので・・」と、納棺師も困り顔だ。

「一応、私どもでも三途の川の渡し料と言われる六文銭の印刷したものをご用意してますので、まずこちらを納めて差し上げてください」

「でもそれ、コピーでしょ? 使えなかったらどうするの? やっぱり紙幣を入れたいわ。ダメかしら?」

「一枚二枚程度でしたら、大丈夫ですよ」許可を得た側から、母ちゃんは五枚ほどの紙幣を二つに折っている。

「母ちゃん。そんなにいっぱいはダメだって」見兼ねて声をかけた。母ちゃんは、でも、と不服顔だ。

「おれたちじゃわからないことなんだよ。専門家の意見はおとなしく聞かなきゃ」

 母ちゃんは、そうだけど・・と尚も食い下がる。

「お父ちゃんが、あっちに行って、お金が足りなくなっても、アタシはすぐには届けに行けないから・・」母ちゃんは棺に取りつき、父ちゃんを眺めながら未練垂らしくぶつぶつと呟いている。

 おれは、傍らに控える納棺師に「最後なんで、いいですか?」と了解を取って、母ちゃんに入れてやりなよと促す。母ちゃんは子どものように顔を輝かせ、短い腕を必死に伸ばして、父ちゃんの胸元に札束を捻り込んだ。それが終わると、やっと安心したとばかりに席に戻った。

「あれだけあれば、きっと大丈夫ね。お金がないからって困らないで済むわね」

 母ちゃんは、いつかの事件を思い出して心配しているのだ。


 それは、父ちゃんがまだサラリーマンだった時代の話。

 当時、父ちゃんは、まだ平社員だったため、出張で飛び回ることが多かった。事件が起こったのは確か大阪に出張していた冬のことだ。駅に向かっている途中でけたたましく鳴り出した携帯電話に出ようとして、かじかんだ手で鞄の中を引っ掻き回していた時、うっかり道路側に鞄を落としてしまったのだという。それを待っていたように走ってきた二人乗りのバイクが、あっというまに父ちゃんの鞄を掴んで持ち去った。仰天した父ちゃんは、鳴り響く携帯電話を振りかざして追い掛けた。けれど、学生時代には陸上部に所属していたという父ちゃんの全力疾走でもバイクには敵わず、だいぶいったところで、結局見失ってしまったらしい。そして、気付くと、迷子になっていたそうだ。サイレンのように鳴り響き続けたなかなか切れない着信は、母ちゃんからのものだった。

 土地勘のない場所に、たった一人で取り残された父ちゃんは、震える手で通話ボタンを押す。受話器から飛び出してきたのは、母ちゃんの心配するわめき声だ。いつもは「うるさい!」と怒鳴りつけるその声が、父ちゃんには、惨めで絶望的な世界から生還することができる唯一の希望、頼もしい命綱に感じた。あの時程、母ちゃんの耳障りなわめき声を聞けて安心したことはないと、その後父ちゃんはしんみりと語っていた。

「もしもし!もしもし!お父ちゃん、聞こえる? もしもし!もしもし!お父ちゃん!聞こえてるのかしらねぇ!もしもーし!」

「聞こえてる聞こえてる。どうしたんだ」と、いつもの調子で母ちゃんの呼びかけに答える父ちゃん。

「ああ!いたいた!お父ちゃん、いたいた!アタシ、このケイタイ電話ってやつ? なんだかいまいち慣れないのよぉ。お父ちゃんが出てるのかどうなのかも、わからないったら。それで、お父ちゃん今どこにいるのさ。夕ごはんはどこかで食べて帰ってくるの? 帰ってきてから、なにか食べる? なにがいいの?」

 母ちゃんの頭の半分を常に占めているのは、家族の食事のことだ。夫と息子に空腹を感じさせることが僅かにでも決してあってはならない。自分という主婦がいるにも拘らず、昼飯に外食や買い食いをさせるなど言語道断。母ちゃんのそれは義務を通り越して、一種狂信的と呼んでも差し支えないほどの熱意に溢れたものだった。

 母ちゃんに言われて、父ちゃんはまだ夕飯を食べてないことを思い出した。新幹線に乗る前に、キオスクで弁当でも買おうと思っていたのだ。腕時計を見ると、新幹線の出発時刻をとっくに過ぎていた。腹の虫が叫び声を上げた。

「夕飯は食べてない・・まだ、大阪にいるんだ」

 弱々しい父ちゃんの様子など気にもかけない母ちゃんは、電話口でいつものように大きな金切り声を発した。

「大阪ぁ? 大阪って!え!いったいぜんたいどういうこと!まだ、大阪って、お父ちゃん、ああ、もう新幹線の時間は過ぎているじゃないのさ!いったいどういうこと!いったいどういうこと!」早口で捲し立てる。

「実は・・鞄をひったくられてしまった。財布と新幹線のチケットも一緒にだ」

 母ちゃんが悲鳴を上げる。

 たくさんポケットがある服を着ていても、財布はそのまま手に持つか鞄に入れる。なので、よくトイレや椅子やテーブルの隅に置き忘れてくるのだ。せっかくポケットに入りやすい二つ折りの財布に新調した意味がないと、いつも母ちゃんが不満を漏らしていた。だから言わんこっちゃないと非難を悲鳴に変えた母ちゃんは、有りっ丈吠えていた。その時、二階で大学受験に向けての勉強真っ最中だったおれは、どんどんヒートアップしていく母ちゃんの大声があまりにうるさかったので、集中することができず、仕方なく降りてきて母ちゃんの隣で聞き耳を立てた。

「盗られたって!失くしたって!大変だわ!ああ、どうすればいいのかしら。いったいどうすればいいのかしら!落ち着かなくちゃ。落ち着いて落ち着いて!落ち着かなきゃ!それで、それで、お父ちゃんは今どこにいるの?」

「それが・・わからないんだ。ひったくり犯を追い掛けてて迷ってしまったらしい」

 母ちゃんの絶叫が響く。

「ああ!なんてことなんてことなんてこと!全部持ってかれて一文無しで、そのうえ迷ってて、夕ごはんを食べていない!ああーなんてことなんてこと!どうしたらいいのかしら!どうしたらいいのかしら!このままじゃお父ちゃんは大阪で浮浪者になってしまう!残飯を漁る浮浪者に!ああ!お父ちゃん!お父ちゃん、とにかく、交番を探して、交番に行ってちょうだい!そこがどこかわからないのよね。ねえ、誰かいないかしら? 誰か。通行人よ!それか、明かりが点いている家ピンポンして。ああ!困った!どうしたらいいのかしら!」

「それが、見当たらないんだ。真っ暗な中に倉庫みたいな建物がたくさん並んでいるだけなんだ。俺は一体どこからこんなところに入ってきたのか見当もつかない。とにかくバイクを追い掛けるので精一杯だったんだ」

「倉庫? たくさん並んでる? アタシ知ってる!それ知ってるわ!昼の刑事ドラマで見るヤツじゃないの!殺されたり、沈んだりするところよ!お父ちゃん!お父ちゃん、今すぐにそこを離れて!ああ、ダメよダメ!危ない!危ないわ!お父ちゃん、逃げて!今すぐ逃げて!はやく!殺されるーー!お父ちゃんが殺されるー!」叫喚の嵐。

「母ちゃん、ちょっと落ち着いてよ」取り乱す母ちゃんを見兼ねておれが声をかけると、落ち着いてなんていられるわけないでしょっ!お父ちゃんの一大事じゃないのよっ!と逆に切れられた。

「いくら騒いでても、どうにもならないよ。とにかく、父ちゃんが大阪のどこにいるのかを確認しなきゃ」

「ああぁそうだねそうだね。母ちゃんビックリしちゃって。えーと・・お父ちゃん、今どこにいるかわかる? ああ、わからないんだったわ。倉庫みたいなのがいっぱいだっけ。あとは・・あら? なにかしら、この音は」ピーピーピーと鳴っているのだという。三人に、携帯電話の充電切れという恐ろしい予感が襲った。父ちゃんの声が途切れ途切れになる。電波が弱いのだ。とにかく、聞けることと言いたいことを急いで伝えないとと焦ったおれは、狼狽している母ちゃんから電話を引っ手繰った。

「父ちゃん、とにかく、歩いて交番を見つけて!人気のある所に出れれば、誰かしら掴まると思うから!そしたら、家に電話しろよ!」そこで通話は切れた。

 父ちゃんの言っていた倉庫が並んだ場所という言葉が引っ掛かったので、地図を広げて調べてみた。築港赤レンガ倉庫ではないかと見当がついた。新大阪駅からはだいぶ離れている。もし、父ちゃんが本当にここにいるのだとしたら、いったいどこから、ひったくり犯を追い掛けたのだろう。いくら元陸上選手だったとは言え、常人ならざる根性だ。その根性があれば、たぶん活路を見出せるんじゃないかという気がした。

 案の定、数十分後に父ちゃんから電話がかかってきた。梅田の交番にいるのだという。所持金がなく身分証もないので、明日までいさせてくれるとのことだったので一安心した。

「母ちゃん、行くわ!」

 母ちゃんは、電話が終わると、すっくと立ち上がって二階へとすっ飛んで行った。そして、身支度を整え終わった母ちゃんは、おれが印をつけた地図を掴むと車を駆って勇猛果敢と大阪へと旅立った。そして翌朝、父ちゃんを回収して意気揚揚と帰還した母ちゃんは、小言を零しながら有り合わせの材料を突っ込んだ鍋焼きうどんを煮始めた。怒られている子どものように俯く父ちゃんは気付いていなかったが、おれは母ちゃんの心底安堵した横顔を忘れない。その時ほど、夫婦の絆というものの強さを感じたことはなかった。ああ、夫婦っていうものは、どんな時にも相手を決して見捨てず、助け合って支え合う人生のパートナーなんだ。おれもいつか、そんな夫婦になれる伴侶を見つけて結婚するんだろうと漠然と思ったものだ。


「母ちゃんを送り出す時にも、ちゃんとお金を入れてちょうだいね」

 読経の中、そんなことを呟いた母ちゃんに「縁起でもないこと言うな」と、ややぶっきらぼうに答えた。

「モモとケンタは、元気かしらねぇ」

 父ちゃんの遺影を眺めながら呟き続ける母ちゃんの寂しげな言葉は、所存なく手元の数珠に目を落とすおれに容赦なく突き刺さってくる。モモとケンタは、おれと離婚した妻との子ども達だ。母ちゃんにとっては孫。モモは今年で十九、ケンタは十七になる。

 父ちゃんが臨終なのだと知れた時点で、妻に連絡を入れておいたが「あら、そうなの」と他人行基に近い言葉を返してよこしたのでムッとした。

 妻とはいつもそうだ。皮肉や喧嘩口調で愛情の表裏を表現しようとしてくる彼女を、おれは受け止めることができなかった。妻の負担を減らすためにと、子どもを両親に頼んで息抜きをさせたりと色々やったが、彼女の不平不満は解消されなかった。毎日のように口喧嘩。一口に言うと疲れたのだ。それが原因で離婚にまで至ってしまったが、それでも、十五年は持った。おれもそうだが、そんなギスギスした環境で、子ども達がよく我慢できたと思う。もちろん両方の両親のお陰でもある。それなのに、妻はそんな恩義を忘れ、おれが離婚と高額過ぎる養育費に同意した途端、後足で砂をかけるようにして別居し、おれには疎か、子ども達にとって祖父母の父ちゃん母ちゃんにすらいっさい子ども達を寄せ付けなくさせてしまったのだ。

 モモもケンタも祖父母にはとてもよく懐き、可愛がられてお小遣いだっていっぱいもらっていた。それなのに、オレたち夫婦が別れた途端に自分たちも関係なくなりましたとばかりに、連絡すらよこさない。それぞれスマホを持っているのだから、電話しようと思えばできるはずなのに。我が子のことながら、情けなくやるせなかった。妻も妻だ。うちの両親にはだいぶよくしてもらっていたはずだし、そのお陰で子ども達を放っぽり出して海外旅行に行けたりしていたくせに。それもこれも、うちの両親がうるさく言わなかったからじゃないか。それが当たり前だと思って我が侭放題。おれだって怒りたくなる。それなのに、終いにはうちの両親に対してもなにか言っていた。

 おれは、きっと勘違いをしていたのだ。

 結婚すれば、誰でも父ちゃんと母ちゃんみたいに人生の苦楽を共にするパートナーになるのだと思っていた。結婚式をあげた教会でもそう誓っていたくらいだ。だから、完全に安心していた。でも、実際はそうじゃなかった。そもそも結婚は、相手との相性があって、相性が悪くてもそれに折り合いをつけられる相当な努力を必要とするもので、要は相手を受け入れる覚悟がお互いになければいけなかったのだ。おれと妻は、どちらにもそれが明らかに欠落していた。

 まず、相手を認められないから喧嘩になり、妥協できないからいつまでも折れることができず、受け入れる領域に達することができない。いや、その前に、相手への愛が、自分本位のものなのか相手本位のものなのかという基本的なところからかもしれない。とにかく、おれと妻は色んな意味で破綻していた。

 折り合いや解決や修復や譲歩といった言葉は、二人の間には存在しなかった。

 離婚したと聞いて、なんとか仲を取り持とうと気遣っていた父ちゃんと母ちゃんはどれだけ心を痛めたであろう。親不孝なことをしたと後悔はしているが、離婚したことを後悔しているのかと問われても明確に肯定はできない。正直、妻から解放されて清々していたのは事実だ。残業で疲れて帰宅して罵倒されるのはうんざりだったし、休日になにもしないとつらつらと嫌味を言われるのにも辟易していた。子ども達が小さい頃は、あちこちに連れ出して憂さ晴らしをしていたが、制服を着るようになってからは付き合いが悪くなった。彼らは彼らの世界での付き合いで忙しいのだ。それは子どもの成長ということで、親としては喜ばしいことであるはずなのに、おれは彼らに冷たくあしらわれる度、そっけない返事をされる度、家庭での自分の居場所がなくなっていく侘しさを感じずにはおれなかった。

「モモとケンタを・・」

 父ちゃんが臨終の際で口にした言葉だ。みなまで言えずにこと切れてしまった父ちゃんは、最期まで見舞いにも来ない孫の心配をしていた。

 大学や高校の部活で忙しいらしいと父ちゃんと母ちゃんには説明していたが、さすがに身内の葬儀に忙しいもくそもないだろうと、言葉にする先から呆れと怒りが込み上げてくる。あまりの業腹に、娘のスマホに電話をかけたが「おかけになった電話番号は、現在、電波の届かないところにあるか、電源が切られているためお繋ぎすることができません」と、にべもなく拒否された。

 結局、元妻と子ども達は、父ちゃんの骨上げが終わっても、姿を表すことはなかった。


「色々考えてみたんだけど、あの六文銭の紙切れなんかじゃ、やっぱり足りないと思うのよ。母ちゃん、近所の人に聞いたの。そしたら、あの六文銭は、三途の川の渡し賃らしいよ。それだから、渡して三途の川を渡ったら一文無しになっちゃうの。だから、やっぱりね、入れといてよかったわ。あればかしじゃ足りない足りない」

 おれに手を引かれた母ちゃんは、せっせと杖をついて歩きながら、そんなことを口にした。

 毎朝、おれと同じ電車に乗って、おれの職場の近くにあるデイサービスに通う。帰りは車で送ってもらって一足先に帰るのだが、行くときは運動も兼ねておれと一緒に出勤する。父ちゃんがいなくなった今となっては、ある意味、一人になる時間が少ないので安心ではある。それでも、母ちゃんは八十五。いつ何時どうなるかわかったものではない歳だ。せめて、母ちゃんがかねてより切願しているであろう孫たちと会わせてやりたかったが、簡単なようでいてなかなか難しい願いだった。

 そんなある日、母ちゃんが、長らく利用していたデイサービスを変えたいと突然言い出した。

 聞けば、いつも乗る線と反対方面にあるデイサービスらしい。そうしたら、一緒に行けないじゃないかと、おれが難色を示すと、送迎してもらえばいいと言い、もう六十にもなる男がいつまでも親を引き連れているなんて恥ずかしいにもほどがあるだろうと切り捨てられた。

「どうせ老い先短い身なんだ。アタシの好きにしたっていいじゃないの」

 母ちゃんの言い分は、もっともだ。もう手続きは済ましてきたというし、おれに反論する余地はなかった。

 そうして翌週から、母ちゃんは新しいデイサービスに通い始めたのだ。

 新しいところは楽しいらしく、母ちゃんは毎朝キレイに化粧をして、よそ行きの服を着て、洒落た帽子まで被って迎えを待つようになった。そうして、満足した顔で帰ってくるのだ。けれど、特に一日の様子を話すでもない。充実しているようではあった。

 おれは安心した。伴侶がいなくなって、気落ちして急にボケるだとか、病気になるだとかがよくあると聞いていたので危惧していたのだ。父ちゃんと母ちゃんは、失敗したおれと違って、人生のパートナー同士だったから余計に。だが、そんなことは杞憂に過ぎなかったらしい。

 そんなある日、鏡台の上に、母ちゃんがしまい忘れていったらしい手紙を見つけた。なにげなく封筒の裏を返してみて驚いた。モモと書いてあったのだ。慌てて中身を改めた。

『おばあちゃんへ

 この前は、ありがとう。あたしの大学に近いところに通ってるなんて知らなかったから驚いたよ。でも、会えて嬉しかった。ずっと会いたかったんだけど、ママが怒るから、おじいちゃんのお葬式にも行けなかった。ごめんね。ダメな孫だよね。おじいちゃんにも会いたかった。ケンタもすごく会いたがっていたよ。でも、これからはいつでも会えるね。ケンタにも教えておく。でもママには秘密にしておくよ。おばあちゃんも、パパには内緒にしといてね。あの二人は色々細かいから。今度は、あたしとケンタと三人でご飯食べに行こう。また、デイサービスの人に手紙を預けるよ。おばあちゃんがスマホ持ってたら連絡とりやすいのにね。また近いうちに会おうね。 モモ』

 いやはや驚いた。母ちゃんの行動力と、娘たちの気持ちに、身につまされる思いであった。そうか、そういうことだったのか、と微笑ましさが込み上げてきた。不甲斐ない息子でもあり父でもある自分は、なにもわかっていなかったのだなと今更ながら反省しつつ、手紙を元の場所に戻す。そして、次の休日には、母ちゃんを連れてスマホショップに行かなきゃいけんなと一人頷いた。

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