第3話 ババ抜き

 「才子多病」

 「う、右往左往は言ったから……」

 四字熟語縛りでしりとりをしているが勝てる気がしない。

 「有象無象があった!」

 「浮草稼業うきくさかぎょう」 

 「またかよ」

 橘の知識量は半端ではなく全く悩む素振りすら見せない。

 「う、有耶無耶?」

 「薬石無効やくせきむこう

 「ほ、本当にあるやつ?」

 「薬や治療が全く効かないって意味ね」

 橘はニヤニヤしながらそう答える。

 「う、う、有頂天外」

 「易往易行いおういぎょう

 「あー、無理だ」

 僕はそう言ってギブアップする。

 「結構頑張ったのにもういいの?」

 「勝てる気がしないよ」

 育ちが違うってやつだろうか?明らかに知識の幅が違うことが分かった。

 唯一勝てたのは美術関連vs土地名だけだ。

 「まあ、ちょうどいい時間か」

 橘はそう言うと小さいホテルの前で止まる。

 「着いたよ神谷!」

 「結構綺麗だね」

 核やミサイルの爆風で建物は大きくダメージを受けたがこの建物は窓ガラスこそないが元の形を保っている。

 「大きい建物に囲まれているのもあるけど日本の建物はしっかりしてるからね。台風やら地震やらに耐えられるようにしないとだからね」

 「そっか、そう考えると日本の立地って終わってるな」

 「おかげで助かったけどね」

 橘はそう言って建物の中に入っていく。

 「このホテルはこんな場所にあるから窓も小さくて塞ぐのが楽だったんだ」

 「おお、凄いな」

 案内された三階の部屋に入ると外の景色からかけ離れたカラフルで綺麗な内装だった。電気は通っていないみたいだがランタンや電池式の電灯で明るさもある。

 「これ大変だったでしょ?」

 他の部屋も横目に見てきたがソファーやベットは真っ黒で使い物にならないと思われた。

 「大丈夫、一人暮らしをしてみたかったから」

 そう言ってノートを開いて見せる。

 「自由に使ってね」

 「……いいの?僕男だけど」

 「大丈夫だよ、神谷には負けない自信があるから」

 何だか怖い笑顔でそう言う。確かに美術以外してこなかったもやし男の力なんてたかが知れているか。

 「それにさ、一人には広すぎるんだこの部屋」

 橘は寂しいような声でそう言う。

 「そんなことより汗かいたでしょ?身体洗ってきなよ」

 「水道通ってるの?」

 「水道もガスも通ってないけど大丈夫」

 橘はそう言うとペットボトルの水と植物に水をかけるためのシャワーヘッドを受け取る。

 「温かくないのは我慢してね」

 「いいの?貴重な気がするけど」

 僕がシェルターを出た理由でもあるが水分と食料は重要な気がする。

 「確かに生存者が多かったら貴重かもね。第三次世界大戦はあっという間に始まって終わったでしょ?だからスーパーとかコンビニに残ってるんだ」

 「だとしてもじゃ?」

 「いいからいいから、シャワー室はそこね」

 僕は言われるままにシャワー室に入る。そして出来る限り水を少なくするように身体を洗う。

 シャワー室はかなり広く水の落ちる音以外なく静かで孤独感がある。身体を洗うことは何も考えずに行う作業だ。だから別のことが頭によぎる。両親や友達は死んでしまって楽しかった日々は元に戻らない。

 全身に突き刺すような気配がまとわりついて焦る気持ちが全身を支配して足早にシャワーを終えて脱衣所に出る。乱雑に身体を拭くと橘のいる部屋に勢いよく入る。

 「もう出たの?」

 「う、うん」

 「やっぱり冷たかった?」

 「いや、洗えるだけありがたかったよ」

 「それはよかったよ」

 橘は笑顔でそう言うとタオルを持ってシャワー室に向かう。

 「ちゃんと節水してるんだ」

 橘は空のペットボトルの少なさを見てそう言う。

 「使える内に使った方がいいと思うけどなー」

 そう言ってペットボトルの水を豪快に自分にかける。

 「どうせ長くないんだしね」

 橘は自分の身体に出来た黒い小さな点を見ながらそう言った。


 「寝る前に一つだけ付き合ってくれない?」

 「もちろんいいけど、何をするの?」

 僕がそう聞くと嬉しそうにトランプを取り出す。

 「修学旅行とかって寝る前にトランプしたりするものでしょ?」

 「そうだね、大富豪とかやったよ」

 「大富豪か、でも二人だと相手の手札分かっちゃうよね」

 橘はそう言うとジョーカーを一枚見せる。

 「ババ抜きなら手札が分かっても大丈夫」

 橘はそう言ってジョーカーを一枚除くとシャッフルをしてカードを配り始める。

 「橘はいつから外で行動してるの?」

 「私は第三次世界大戦が始まった時は駅の地下にいたの。それで核やら生物兵器がすぐに世界を包んだでしょ?」

 「そうだね僕はシェルターでラジオを聞いてたけどすぐに何も聞こえなくなったから」

 「核のせいで電磁波が狂っちゃって電子機器は一切使い物にならなくて電気も消えて地下はパニックだったよ」

 橘はそう言うとトランプを配り終えてカードを見る。僕はジョーカーを持っておらず安心した気持ちでペアを捨てていく。

 「でもパニックは一瞬で終わったよ」

 お互いの手札は僕が六枚で橘が七枚だ。

 「今となっては何を使ったのかは知らないけど一瞬の内に皆が首を押さえて苦しみだして動かなくなったの」

 「……確かに苦しそうにしてる遺体ばっかだった」

 僕は嫌なことを思いだしながらそう言う。

 「うん?橘もその場に居たんじゃないの?」

 「居たよ?」

 橘はさも当然のように答えるがおかしい。シェルターに入っていた僕はともかく放射性物質や生物兵器をダイレクトに喰らって生きているのは異常だ。

 「ちなみに生物兵器はシェルターの空気清浄機を貫通するから神谷もおかしいからね」

 橘はそう言って僕からトランプを取ってペアを作る。

 「そうなの?」

 僕はそう聞きながらトランプを引いてペアを作る。

 「確認したから絶対だと思うよ」

 橘がサラッと怖いことを言ってペアを作ると僕の残り枚数は三枚になる。

 「何で僕達は平気なんだろ?」

そう言って右端のカードを引くとジョーカーを手に入れてしまう。

 「さあね。でもそんな事はどうでもいいよ、今となっては生きてる事実以外価値はないんだから」

 「それはそうだけど……」

 シャッフルを終えてカードを差し出す。

 「確かに気になるっちゃ気になるけど答えは出ないと思うよ」

 ジョーカーは綺麗に避けられる。

 「そうだね、僕達は突然変異体みたいなものだもんね」

 そう言って一枚引くと僕のカードはジョーカーとの二択になる。

 「これがババ抜きの醍醐味だよね」

 そう言ってどっちのカードを引くか迷う仕草をする。

 「どっちがジョーカーかな?」

 橘は愉快そうな声でそう言われて思わずジョーカーである右のカードを見てしまう。

 「こっち!」

 しまった!と思うより早く左のカードを引かれて手元にジョーカーだけが残る。

 「私の勝ちだね」

 「……完敗すぎるな」

 運という要素で負けたわけではなく心理戦で負けてしまった。

 「ルールは分かったし次は罰ゲームありでやろう」

 橘はそう言って罰ゲームトランプと呼ばれるものを取り出す。

 「神谷はジジ抜きって分かる?」

 「うん。ジョーカーの代わりに一枚除いてそれがジョーカーになるやつだよね」

 「そうそう。そして負けた方は除いたカードに書かれた罰ゲームをしないといけないってことで」

 「わ、分かった」

 さっきまでのお遊びの雰囲気は消えてプレッシャーを感じる。

 「ジジを選んでいいよ」

 そう言われた僕は適当に一枚選んで机の端に置く。そして手札が配られてどんな罰ゲームがあるかが判明する。

 「うわ、結構嫌なの多いな」

 「どんな罰でも絶対に逃がさないからね」

 大喜利や一発ギャグ、ものボケなどの罰ゲームが多い中で変顔やすべらない話などもある。これらをやることはないが似たようなものが降りかかると考えると胃が痛い。

 「これジョーカーやばいね」

 橘は困った顔でそう言うがあいにくと僕はジョーカーを持っていない。

 「そうだね、一番嫌かも」

 僕は適当なカードを凝視しながらそう呟く。その後橘はジョーカーを捨てることはなくジジ抜きではなくババ抜きが開始する。

 「わ、私が一枚多いから引くね」

 今までずっと笑顔だったのとは異なり緊張した面持ちでカードを引いていく。そして僕はジョーカーを引くことはなく橘はジョーカーとエースの二枚になる。

 「ちなみに神谷は何持ってる?」

 「ダイヤのエースだね」

 僕が正直に答えると橘は頭を抱える。

 「ジョーカー引いて!」

 橘は並々ならぬ声でそう言ってカードを差し出す。そんなにやばい罰なら喰らわせてやりたい衝動に駆られる。

 「よし!」

 僕が右のカードを引くと嬉しそうに跳ねたことからジョーカーを引いたことを察する。そこで僕は元々持っていたカード付近にジョーカーを持っていきエースに入れ替えてからカードを開く。ジョーカーは机の上に置いておく。

 「ね?やばいと思わない?」

 「う、うん。これは良くないね」

 もちろん入れ替えているからジョーカーに何が書かれているかは知らないがそれっぽいリアクションをする。

 「さすがにこれはよくないね」

 僕はそう言ってシャッフルせずにカードを机に並べる。

 「どうぞ」

 僕がそう言うと橘は嫌そうな顔をする。

 「シャッフルしてよ」

 「いいんだ。罰は僕が受けるよ」

 「そういうのは嫌だよ、私達って対等でしょ?」

 「僕はこれを橘に受けさせたくないんだ」

 「……そっか」

 僕がそう言うと橘は悲しそうな顔をした後ジョーカーを引く。

 「じゃあ罰ゲームは――」

 そう言ってカードを見ると驚いた顔になる。

 「あれ?何でジョーカーを持って……」

 「シャッフルしな?」

 僕がニコニコでそう言うと橘は何が起きたのか察したらしい。

 「……やられたなー、演技してたのか」

 何だか嬉しそうな橘はそう言ってシャッフルする。

 「私がはしゃいでた時に入れ替えたの?」

 「そうだよ、明らかにこっちを見てなかったからね」

 「私を騙したこと忘れないからね」

 橘はそう言うとカードを差し出す。

 「負けっぱなしは嫌だからね」

 僕はそう言って右のカードを引くが見事にジョーカー。

 「何で引いちゃうかなー」

 僕はそう言って罰ゲームの内容に目を通す。

 「あぁ、これは確かにまずいか」 

 ジョーカーのカードに書かれていたのは左隣の人が罰を決めるという文字だった。

 「今度は入れ替えてないね」

 橘はそう言うとエースを綺麗に引いて勝利した。

 「なんとなく察してたけどジョーカーは全く同じ罰ゲームだね」

 除かれたジョーカーを開くと全く同じ罰が書かれていた。

 「いやー、いかがわしい罰でも言われたらどうしようかと思ったよ」

 「そ、そんなことしないよ」

 「本当に?自分で言うのもなんだけど私トップクラスに可愛い自信があるよ」

 橘が自慢げに言う通りで僕は今までの人生で橘より綺麗な人は見たことはない。

 「……突っ込むところなんだけど」

 「え、あ、うん」

 「まあいいや、そんなことより罰ゲームだよ!」

 橘はそう言ってノートを差し出す。

 「このノートに死ぬまでにやりたい事を書いてってよ」

 「そんなことでいいの?」

 「重要なことだから――」

 橘は途中で言葉を止めると何だか儚い顔をする。

 「それじゃあもう一つだけ。私より先に死なないで」

 「急に難しいな」

 「約束ね」

 強引に押し切るようにそう言うともう一度罰ゲームトランプを配り始める。

 「再開しようか」

 その後罰ゲームジジ抜きで五回負けて滑りまくったが二回罰ゲームを喰らわせられたので十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る