崩壊した世界で愛を叫ぶ

ラー油

一日目

第1話 出会い

 2XXX年、第三次世界大戦勃発。

 きっかけは爆発的な人口の増加に伴う食糧不足、各種金属を掘り出し切ったことによる資源不足からだった。

 時間の経過で人々の記憶から風化していった第二次世界大戦の全ての死傷者は二次災害も含めると一億を超える。悠久の時間で培われた人々の叡智は戦争において悪魔になる。第三次世界大戦で使われた兵器のほとんどが今となっては分からないが無数の核兵器と人工的に作られた存在するべきではない生物兵器だった。その結果ドス黒い雲に世界は覆われて放射性物質が降り注ぎ人を殺す為の菌が人々を襲った。

 そんな世界で人々はおろか虫や草などのあらゆる生物は生きられない。不安定ながら続いてきた生態系の全ては破壊されたと言っていい。地球に取り残されたのは生物の存在を示す残骸だけだ。

 だけなはずだった。

 「ガコッ!」

 風の音以外存在しない地球に何かがこじ開けられる音が鳴り響く。

 「……これは?」

 開けられた扉は地下シェルターのものだった。そして姿を現したのは人間の男で唖然とした面持ちだ。彼が自宅の地下シェルターにいた期間は約3週間。蓄えが消えて外に出ることに決めたのだろう。

 「母さん、父さん?」

 振り返るべきではなかった。そこに映る光景は長年慣れ親しんだ家の窓ガラスは全て吹き飛び、風に運ばれてきた火の粉によって燃え尽くされた家だからだ。

 「そ、そうだ学校だ!」

 一般的に緊急避難先として上がるのは学校だ。幸い彼が通っている高校が近くにあるらしく向かっていく。見慣れた通学路とはかけ離れた瓦礫や亀裂まみれの道を早足で駆けていく。

 「ひっ!」

 曲がり角を曲がった瞬間怯える声が上がる。目の前に面影がかろうじて残る苦しみに喘ぐ表情の遺体が横たわっていたからだ。顔を上げるとそんな遺体は無数に広がっている。そんな現実を受け入れないように彼は目を閉じて走りだす。

 「はぁ、はぁ、着いた」

 ヒビが目立ち窓ガラスの無い学校に着くと緊張した面持ちで校舎に入っていく。心臓を押さえながら目を背けたくなる光景が広がっているが気にせずに一直線で美術室に向かっていく。

 「……先生?」

 意を決して美術室に入るとそこには部活の顧問が生気の抜けた目で壁に横たえている。生きていると言いたくても言えない姿だった。そして目を背けると視界に仲間と作っていた横断幕が映る。

 「みんな、どこ?」

 男は覇気のない声でそう言うと美術室を出てトボトボと階段を登っていく。

 「……そんな」

 屋上に出るとそう言って地面に手を付く。現実を受け入れられなかったからだ。目の前に広がるのはドクロのような黒い雲と荒れ果て黒に染まった街だった。自分がたった一人で崩壊した世界に取り残されたことを自覚したのだ。

 「あ、う」

 何を悲しめばいいか分からないほど一気に現実を叩きつけられたことで両目から大粒の涙が流れてくる。

 「あああああああああ!」

 真っ白な頭が状況の理解を始めるとその現実を拒絶して絶叫する。音が存在しないこの世界では虚しく響く。

 「……人の声?」

 虚しく響くはずだった。

 廃墟を歩いている透き通るような水色の目少女が銀色の長い髪をなびかせて振り返る。今まで存在しなかった自分以外の音に心臓の音が高鳴っていくと同時に勢いよく走り出す。

 そんなことは露も知らない少年はトボトボと学校を出て歩き回る。何度も何度も叫びながら移動する。

 「……地下か」

 僅かな希望を持って駅の看板が落ちている階段を降りていく。

 「っう!おええ!」

 地下に広がる光景は凄惨そのものだった。多くの人の避難場所となった地下には無数の人だったものが存在して生々しさだけが存在する。

 「僕は一人なのか?」

 少年は悲しくそう呟いて地下を出る。

 「はぁ、はぁ」

 その傍ら高揚した気持ちで少年の方に向かう少女が一人。

 「……もういいや」

 廃ビルの屋上に立った少年はそう呟いて腕を開く。一人で生きるにはこの世界は過酷すぎる。そう思うのはある意味正解なのかもしれない。

 「待って!」

 後ろから聞こえた人の声に少年は勢いよく振り返る。

 「う、嘘……」

 「とりあえず悪い人ではなさそうだね」

 少女はそう言うとやりたいことリスト。と書かれたノートを両手で見せる。

 「どうせ死ぬんだったらさ手伝ってくれないかな?」

 「あなたは?」

 状況を理解出来ていない少年は眩しい笑顔を浮かべる少女にそう尋ねる。

 「私は橘愛莉たちばなあいり。名前は嫌いだから苗字で呼んでくれると嬉しいな。君は?」

 「僕は神谷咲間かみやさくまって言うんだけど」

 「よろしくね神谷!」

 「よ、よろしく橘さん?」

 「敬称はいらないよ」

 「あ、うん。分かった」

 まだ状況が理解出来ていない神谷は浮ついた気分で返事をしていく。

 「橘はこんな世界で何でそんなに元気なの?」

 「私は今までずっと縛られてきたの。不謹慎かもしれないけど今のこの世界で私は初めて自由になったの」

 そう言う橘の表情は晴々としている。

 「私はこの三週間でやりたい事をやってきたんだけど一人じゃ限界があってさ。もちろん神谷がやりたい事に協力するからさ」

 「……分かった。協力する」

 「本当に!?ありがとう」

 橘は嬉しそうにそう言うと柵の上に立つ神谷の手を引く。

 「これからよろしく神谷!この崩壊した世界で一緒に人生を謳歌しようね!」

 この瞬間、確かに雲が晴れて日光が差し込むような眩しい光が二人を照らした。

 空気中には致死量の放射線とシェルターの空気清浄機を貫通する人を殺すウイルスが蔓延している。そんな世界で二人の高校生の男女が出会った。

 理由は分からない。必要ない。

 奇跡なんて言葉すら生ぬるい非現実だろう。

 でもそんな現実リアルは無粋だ。そんなんじゃ物語は始まらない。

 この世界には現在この二人以外の人間は存在しない。

 これは99.99パーセントの生物が消え去った崩壊した世界で二人が人生を謳歌するだけの物語だ

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