2-109.J.B.(67)New big swing.(新たなる大震動)


 荒涼たるクトリアの不毛の荒野ウェイストランドは、ウェスカトリ湾から北へ向かうにつれ緩やかな勾配と共に標高を増していくような地形だ。

 そしておおよそクトリア市街地のある辺りを中心として円状にぐるりと囲むようにある大山脈が、“巨神の骨”と呼ばれている。

 山頂付近が万年雪に覆われているくらいの標高を持つ、おそらくはこの世界でもかなり高い方だろう。

 “巨神の骨”は神話、伝承においては世界の創世に関わる巨神族の身体であるとも言われ、衛星写真か何かで上から見れば、胎児のように体を丸めた姿にも見えるのかもしれない。それこそ中央のクトリアの地を抱え込んで守るかのように。

 

 その大山脈のだいたい真ん中辺りにある最も標高の高い山を、“巨神の骨盤”と呼ぶ。まあ他にも西から順に“巨神の頭”だの“巨神の肩骨”だの“巨神の踵”だのと名付けられていて、正直芸がないとは思うけどよ。

 ボーマ城塞あたりは“巨神の胸骨”だし、センティドゥ廃城塞のところは“巨神の膝頭”だ。

 

 常に万年雪が山頂を彩っている“巨神の骨盤”は、遠目に見てもかなりの高さ。実際のところは知らないが、ヒマラヤ山脈やアルプス山脈、ロッキー山脈みたいな前世における世界有数レベルの山脈なんだろう。多分な。

「“巨神の骨盤”は山頂まで約1700ミーレ(約2700キロメートル)程だ」

 同行し背負っているハーフエルフの古代ドワーフ文明研究家のドゥカムが、まるで俺の思考を読み取ったかにそう言う。

「測量法によればな。北のオルキシュの山々よりはやや低いが、それでもかなりのものだ。かつて古代ドワーフはあの山頂に塔を建てたとも伝わっているが、仮にその伝承が事実としても今は現存してないだろう」

 古代ドワーフ遺物を改修した魔装具の“シジュメルの翼”を活用し空を飛びまくっている俺が言うのも何だが、何故こう、人もドワーフも高いところが好きなのかね。特にドワーフなんて基本地下暮らしなんだから、高いところあんま関係ねーだろうに。

 

「おい、あの辺りに一度降りるぞ」

 上からそう指示を出すドゥカムに従い、木々の隙間になっている平らな広い岩場へゆっくりと着地する。

 ヒト一人背負っての着地は結構難しい。抱えてるときの方が自分で相手を固定できる分まだやりやすいが、ドゥカムの奴はこちらの都合お構いなしに忙しなく体を動かしてはあっちを見たりこっちを見たり。

 それでいて右へ行けもっと高く上がれ速度を出せのとやかましい。バランス崩したふりして落としてやろうか、とも思っちまうが、多分そうしても何らかの魔法でふんわりと着地を決めるだろう。奴が自力で飛行の魔術を使って移動をしないのは、出来ないからではなく面倒だからに違いない。

 

 着地をし背中に背負った馬の鞍に似せた座席から降り立つと、ドゥカムは周囲を確認してから小さな魔術具を肩掛け鞄から取り出し、岩場の上に設置する。真ん中に置くのは陶器で作られ、頭頂部に魔晶石を嵌めたナイフの柄程の小さな塔の置物の様なものだ。

 ドゥカムが呪文を唱えるとその小さな置物の塔の下の岩場が盛り上がって変形し、その術具を飲み込んでそっくりそのまま同じような形の小塔が建てられる。

 高さはだいたい2パーカちょい(6メートル弱)。塔と言ってもちょっとした記念碑みたいなもんで、根本の部分は六角形の小部屋のようになっているが、これは古代ドワーフ遺物内部でもちょいちょい見かける魔力中継点マナ・ポータルというヤツのお仲間だそうだ。

 簡単に言えば電柱であり電波塔であり中継アンテナ。ついでに灯台やら街灯みたいなもんでもある。

 魔力を媒介とした様々なことの中継点として使えるが、これの場合は特にこれを建てたドゥカムの魔力にしか対応しない。つまりパスワード付き専用回線だな。

 

 ここに来るまでに何ヶ所かにこいつを建てている。

 何故建てるかというと、一つにはこれを建てておくことで周辺での探索や感知、叉は結界等の魔法の効果範囲を広げられるということと、後は後続への目印として、だ。

 

 今回の調査は、最初は俺が一人で簡単な偵察程度から始めるつもりでいた。例のダフネが解明した金属板から印刷した地図と、それらを元にしたドゥカムによるより正確な位置情報。

 それらを頼りに、“シジュメルの翼”でささっと飛び回り、上空から探り出す……。

 そんなイメージで考えて居たところ、せっつくようにやってきたドゥカムの「さっさと支度しろ!」との声に、俺たちは目を剥いて驚いた。

 

 □ ■ □

 

「おいおい、ちょっと待てドゥカム? アンタも行くのか?」

 大声でこちらを呼びつけてくるドゥカムにそう聞き返すと、

「当たり前だろう? それとも何か? 貴様はあの広大な“巨神の骨”を専門家抜きで探索し、遺跡の位置を特定して見つけ出すつもりなのか?」

 相変わらずドゥカムとは会いたがらないイベンダーのオッサンを除いた俺とハコブは顔を見合わせる。

 ……いや、まあ……確かにそうだ。

 ボーマ城塞の近くのそれは、元々結構正確な地図があり 魔力溜まりマナプールの魔力を感じ取れるピクシーのピートが居て、加えてタイミング的にもその“汚れた” 魔力溜まりマナプールによって岩蟹が大量発生したり、ボーマ城塞のリーダーだったアデリアの父アニチェトの亡霊が現れていたりと、まあ様々な条件が重なって見つけることが出来た。

 

 その後に見つけたノルドバ近くの壊れた遺跡や、センティドゥ廃城塞なんかは、どちらも元々は別筋からの情報で探り出し、それが結果的に古代ドワーフ遺跡だっただけだ。

 

 つまり、探す場所の範囲にしても、特定に至る情報にしても、そして「偶然による運」にしても、今回は今までのそれらより条件が悪い。

 良い材料は唯一、古代ドワーフ文明研究家のドゥカムが協力してくれるというただその一点のみだ。

 

「成る程、その通りだ。あんたが協力してくれるというのはこの上なく頼もしい」

 その辺を踏まえて、ハコブがそう即座に返すと、ドゥカムは再び甲高い声でやかましく、

「協力? 何を言っておる? 貴様らがこの私に協力するのだろうが?」

 と呆れ顔で返してくる。

 

「貴様等の持ってきた情報はなかなか役に立ったぞ。

 この偉大なる研究の一助になれる栄誉を受けられるよう、そこの南方人ラハイシュを助手として使ってやるというのだ。

 有り難く感謝して、早く準備をしろ」

 なんというか……どーにも「あくまで自分が主導権を握りたい」と言うことか、もっと単純かつシンプルに、常から自己中心的思考をしてるせいで、ドゥカムの中ではすでにそういうことになっているのか……。

 再び、俺とハコブはお互い微妙~な表情で顔を見合わせ、そしてお互いに何かを諦めたように息を吐いて頷き合う。

 

「あーーー、分かった。

 けど今すぐ準備するってなさすがに無理だし、夜中に遠くまで飛ぶのも止めた方が良いだろ?

 一晩しっかりと準備をして、面子も揃えて、明日の昼前に出発しよう」

 

 やんわりとそう伝えたところで、素直にそうかと言う奴じゃ無い。まだ準備もしてないのか、だの、この愚図の怠け者の愚か者め、だのとやかましく文句を並べ立てる。それを俺とハコブがおだてなだめすかしのと、何とかして言いくるめる。

 最後には文句の言葉も尽きたのか、ぐずぐずと言いながらもようやく帰って行く……が。

 その帰り際、ドゥカムが「ぬおっ!?」と、何やら奇妙な声をあげてビクリとし、小さく後ずさって壁際に張り付く。何かと思えばその向こうにはそれぞれに酒樽を抱えて戻ってきたガンボンとグイド。

 妙に引きつり気味に口の端を歪めつつ、小さく「ふ、ふん。驚かせおって……」とボソリと言うと、やはり微妙にぎこちない感じで立ち去って行った。

 

 ガンボンはその後ろ姿を相変わらずのとぼけた面して見送って、おもむろにこちらへ顔を向けて小首を傾げる。

 うん、確かに何か変な様子ではあった。

 気にはなるが、まあそれはそれとして作戦会議だ。

 ドゥカムが立ち去ったのを確認してか、上がってきたイベンダーも交えて方針を決める。

 

 で、結果的に先行の偵察メンバーは、俺、ドゥカムに、荷物持ち兼護衛役のグイドとガンボン、そして聖なる地豚様だというタカギとかいう巨大豚……という編成になった。

 

 ■ □ ■

 

 その四人と一頭が調査偵察のメンバーなんだが、それの中でさらに俺とドゥカムは先行している。

 理由のひとつは、今やっているドゥカム専用魔力中継点マナ・ポータルの建造。曰わく広範囲の探索をするならこれを建てておくのとそうでないのとではその後の労力やら情報収集力やらが全く変わるらしい。

 所謂大掛かりかつ広範囲への探索魔術なんかを使用する際、魔力中継点マナ・ポータルがあればその効果範囲をケタ違いに広げられ、精度も上がり、また魔力の消耗損失も低下させられるんだとか。

 しかしこの魔力中継点マナ・ポータルってのも、造ると結構な金がかかるらしい。

 まず魔晶石が必要だし、その他にも触媒やら何やらも必要で、しかも建ててずーっと保つワケでもないとも言う。定期的なメンテナンスをしないと壊れたりもする。今回なんかはほぼ使い捨て前提で建ててるようで、いやお前その資金とかどーしたんだよ? と、他人ごとながら心配にもなる。

 もしかしてアレか。同じく何故か羽振りの良いニコラウス辺りにたかってるのか? 何かあり得そうではあるなあ。

 

 で、その魔力中継点マナ・ポータルの建設……言わば探査の前の地均しで先行している、ということの他もう一つの理由は、というと……。

 

「……むぅ」

 小さく聞こえないように声を漏らし、綺麗に整った眉間に小さくしわを寄せるドゥカム。

 

 既に辺りは暗くなり、魔力中継点マナ・ポータルを中心にした野営キャンプへと現れる凸凹コンビ。護衛役兼荷物持ちでもあるちびオークのガンボンと巨魁のグイドの2人だ。

 今回の偵察チームはこの4人。基本は研究家として遺跡の特定をするドゥカムに、その助手兼“飛行機役”の俺。サポートとして2人の荷物持ち。

 2人、と言ってもガンボンもグイドも、それぞれ普通の人間の2人分以上は運べる上、例の“聖獣”様もいるから、水に食料に野営道具にとかなり運べる。それぞれ戦闘能力もかなり高いから、例の金色オオヤモリの群れなんかが出てもそんなに問題無いだろう。

 

 で、この2人をサポートとして連れてきたのには、そういう能力面以外での理由もある。

 しかもそれが、2人ともそれぞれに違うンだよな。

 

 

 まずガンボン。これはイベンダーによる推薦、というかねじ込みだ。

 ドゥカムが立ち去り、上がってきたイベンダーと俺とハコブで今後の打ち合わせ。

 そのときに、ガンボン達とすれ違う格好になったドゥカムの様子がちょっとばかり変だったという話をすると、むむむと少し考え込み、

「……あぁ~~~、そうか、うむ。そうか、あの話は……成る程ねェ、うむ。ありゃやはりそーゆーコトだったか!」

 と、なにやら一人で納得して頷き出す。

「おい、何だよオッサン、気持ち悪ィなあ」

「ふふん。なあJB、ドゥカムも同行してじっくりと探索に入るってんなら、護衛と荷物持ちも必要だろ?

 一人はガンボンにせい」

「ふへ?」

 炊事場で諸々作業していたガンボンが、不意にそう話を振られて驚きこちらを向く。

「んん? そりゃまあ必要だが……おい、何企んでんだ?」

「ふふふん。

 俺の聞いていた話と、そのドゥカムの反応とやらからすると……奴は恐らく───」

 

 

 で、遠目に見えていた凸凹のシルエットが野営キャンプの“結界”の中へと入り、大男とちびオークと一頭の巨大豚の姿をハッキリと現すと、やはりドゥカムは渋い顔を見せる。

 その表情の感じからしても……まあ確かに、オッサンの予想は当たっているっぽい。

 

 オッサンの予想……というか推論によれば、

「多分だが、ドゥカムはオークが苦手だ」

 とのことだ。

 それはドゥカムがまだ若く、駆け出しの研究者だった頃の話だという。とは言え、だいたい60年は前だ。

 当時のドゥカムはまだ研究対象を古代ドワーフ文明にきっちりと定めておらず、エルフもドワーフも、付け加えればオークも含めた多種雑多な文明の歴史について調べていた。

 で、その頃のドゥカムは、研究家としての師匠筋にあたるとあるエルフの紹介で、追放者のオーク達が作った集落へと泊まり込みで聞き取り調査をしていたことがあるのだそうだ。

 そこで、かなーりの“オーク流”の歓待を受けた。

 

 まず大量の飯をこれでもか! と振る舞われる。しかもオーク流のマズい飯を、だ。

 酒もだ。ドワーフ程ではないが、オークもかなりの酒豪で知られる。だが、酒造りの技術はそうでもない。

 毎日毎日、大量のマズい飯に大量の濁り酒。

 今ほど魔術師としての技量もなく、根っこは同じとは言えそれ程尊大かつ傲慢な態度もとれず、しかも恩のある師匠筋からの紹介であるため無碍にも出来ない。

 それで仕方なく毎日その大量のマズい飯と大量の濁り酒を泣きながら飲み食いし、最終的には一週ほどで体調を悪くし寝込んでしまったらしい。

 

 まあ、そんな話を何故イベンダーのオッサンが知っているかは知らねえけど、その過去話と態度から、オッサンは「ドゥカムは未だにオークへの苦手意識が残っているのではないか?」と推測した。

 

「うーーーん。まあ、それはそうなのかもしれねぇけど……何だか、苦手意識があると分かった上であえて連れて行くっ……てのは、ちょっと意地が悪くねえか?」

「いいんだよ、このくれえはよ。何日も同行するのに、あのエラソーな態度を受け入れて我慢してたらお前さんの方が気が滅入るだろ?

 それに本当にキツいレベルに苦手なら、さすがのあいつも断ってくる。そう気にしてやることもない」

 

 というか……むしろオッサンが何故そこまでドゥカムに苦手意識持ってるのかの方が気になってくるわ。

 

 

 何にせよオッサンの目論見通りに、ガンボンが居るとドゥカムのあの“いつもの調子”が軽減され、正直俺としてはやりやすくはある。事情をあまり分かってないっぽいガンボンは相変わらずとぼけた面だが。

 で、荷物を下ろし、火をおこし簡単な夕飯の支度を始めるが、ドゥカムは自分用に魔法で設えた魔力中継点マナ・ポータルの基礎にある一室に閉じこもり出てこない。

 ここまでの道中でも変わらずで、飯も自分で持ってきた携帯保存食のみ。

 まあ、やはり「オークの作る飯」には手もつけたくないようだ。

 

 マヌサアルバの試食会のとき、予定通りにドゥカムが来てたら随分な騒ぎになっただろうなあ。

 

 野営キャンプは中心に例の魔力中継点マナ・ポータルがあり、その下の小部屋はだいたい1パーカ(約3メートル)四方程度の石造り。ここが魔法で作られたドゥカムの寝床兼研究用の部屋。

 何だかんだでこちらに来てからも、夜になれば持参した資料や例の地図、研究ノートなんかを読みあさり考察し、と、人格は別として研究者としては本当に真面目で立派なもんだと思う。

 

 そして魔力中継点マナ・ポータルを中心に3パーカ(約9メートル)くらいの範囲にはドゥカムによる結界が張られてて、これもカリーナの簡易結界なンかに比べるとかなり高性能。結界の範囲内だけある程度に明るくなりつつも、こちらの灯りは外には漏らさない。ある程度の攻撃は跳ね返し、敵意や害意を持ち入ろうとするものが居れば通さず、また害意の有無に関わらず近づく者がいれば警告を発して教えてくれる。

 一応俺たちも交代で見張りをすることにしてるが、正直全員で寝込んでてもさほど問題はなさそうだ。

 

 ガンボンは例の金色オオヤモリ肉を簡単な薫製にしたものやら、その他遠征用の保存食を持ってきて、今はそれらを鍋で煮込んでいる。

 巨大豚にはサボテンを食わせていて、満腹になったのか既に就寝。

 火を囲んだ周りには、それぞれ簡易テントと毛皮の寝床が設置されていて、煮込みが終わるまでは特に話すこともない。

 ガンボンもグイドもどっちも無口で、ガンボンの奴の場合は、どうやらある程度親しい相手じゃないとより無口になるタイプっぽいが、グイドの方は単純に必要最低限しか言葉を発しないだけに思える。

 

 パチパチと燃料の炭団子と小枝が爆ぜる音と、山間に吹く冷たい風の音だけが辺りを包む。

 特に話すこともないし、話す必要もない。

 既に結構な高さまで登って来ていることもあり、夜の空気は平地よりさらに冷え込んで来る。

 俺は背後に設えた寝床用の毛皮を引き寄せて肩から掛けると、ぶりると小さく震えてから、左正面で彫像のように動かないグイドを見る。

 

 ガンボンが同行することになったのはイベンダーの計らい……もとい、ドゥカムへのセコい嫌がらせからだ。

 まあ勿論、俺達が探している遺跡にはおそらくはジャンヌとアデリア、そしてガンボンの連れだったというダークエルフの魔術師が居る可能性が高いから……というのも大きな理由の一つ。

 しかしグイドの方は確かに護衛としても荷物持ちとしても有能ではあるが、流れとしては志願したのに近い。

 志願……うーんむ。ハコブが話を振るのと、グイドが“巨神の骨”行きへの同行を言い出したのと、実際どちらが早かったか……?

 

 見習い用休息所でガンボンを連れて行こうという流れになり、しかしガンボン1人では荷物持ちとしては足りないから誰かもう2、3人連れて行こうか……の流れで、その時近くに残っていたグイドへと自然と注目が集まった。

 実際、魔蠍との戦いに岩鱗熊との死闘と、やや危なげな死に急いでいるかのような所もあるが、魔獣野獣の跋扈する荒野に山間への護衛兼荷物持ちとしては、これ以上の適任者はいない。

「なあ、グイ……」

「“巨神の骨”へ、行く」

 

 だいたいそうだな、こんなくらいの間だった。自分の適性、求められる資質を分かっている───とでもいうべきなのか。

 

「ん、出来た」

 木の椀に盛られたシチューのようなものをガンボンに手渡され、受け取る。

 まずはと肉の塊を口に入れると、聞いていたとおり金色オオヤモリ肉は鶏肉に似た弾力のある肉質。じっくりと、煮込まれ柔らかくもなりなかなかの味だ。それに保存用に軽く燻製にもしてあるので、さらにひと味違っている。

 何より豆、芋、玉葱なんかの他の具材もじっくり煮込まれて、削ったチーズと小麦粉を混ぜた塩気ととろみのある温かな味わいは、冷えた身体にじんわりと染みる。

 添え合わせで塩漬け発酵させた野菜と、何か肉質の違う弾力の強い燻製と卵の燻製もある。

 塩漬け野菜はいい具合に酸味が出ているし、卵も燻製肉もそれぞれ独特の味と感触で旨い。

 

「お前、本当に料理上手いな」

 食いつつ何気なくそう言うと、ガンボンはやや俯いた風にして照れる。いや照れるなよいちいち。

 ガンボンのその横で、その手には小さすぎる木の椀と木匙でシチューを食うグイドはというと、相変わらず特に表情も変えず旨いと思ってるのかどうかも分からない。

 

 その後ろから、白っぽい影がのっそりと現れる。真ん中にある魔力中継点マナ・ポータルのてっぺんからの柔らかな灯りの中、魔法で造られた自室に籠もっていたドゥカムが何やら亡霊みたいに突っ立っている。

 イベンダーの見立て通りどうやらオークに苦手意識を持ってるらしいドゥカムは、明らかに不自然なほどガンボンと関わりを持とうとせず、かと言って本人としてはその苦手意識を悟られたくないからか露骨に嫌悪、拒絶の態度は見せていないが、渋い顔をしながらそろそろと近付いてくる姿は不自然そのものだ。

 何だ? と、そのふてくされたような面を覗き見ると、

「おい。それは……貴様が作ったのか……?」

 ガンボン製のオオヤモリ肉入りチーズクリームシチューを指差してそう聞いてくる。

 この場合の“貴様”は、勿論俺のことだろう。そして答は否。

 俺は軽く肩をすくめて木匙でガンボンを指し示す。それを受けたドゥカムは驚愕と嫌悪とその他複雑な感情を全て混ぜ合わせた顔で、鍋とガンボンとを交互に見る。

 

「美味いぞ。食うか?」

「……いらん」

 

 あらまあ。意地張ってんのか、オーク飯へのトラウマか……。

 マジで美味いのにな。

 

 □ ■ □

 

 まだまばらに木々の生えている比較的緩やかな斜面から、ゴツゴツした岩場に切り立った岩壁等を越え、次第にかなりの標高まで登っていく。俺とドゥカムは“シジュメルの翼”を使ったタンデム飛行だが、徒歩及び豚への騎乗で後をついてくるグイドとガンボンは大変だろうな。

 道が分かる程度の目印を残しては行くが、大荷物を抱えての登山になるから、場所によっちゃあ気を抜けば足を滑らせ大怪我だ。

 まあ、まだピッケルにザイルを使うまでの斜面って程でも無い。

 

 登り初めて二日目夜。

 野営キャンプに毒蛇犬と魔蠍他の数体の死体と共に現れる2人。

 

 登り初めて三日目夜。

 さらに三頭の金色オオヤモリの死体と共に現れる2人。

 

「何で毎日増えてんだよ……?」

「いや、だって……」

「仕方ない。この辺りは餌が少ないから、魔獣も凶暴になっている」

 

 おお、グイドがちょっと長めにしゃべった。

「にしても、別に獲物を全部持ってくる必要もねえだろ。荷物がかさばって邪魔だろうによ」

「んーーー……もったいない」

「まだ余裕はある」

 

 あるのかよ!?

 お前らどんだけ馬鹿力なんだよ!?

 グイドもガンボンも、狩人のトムヨイやアティック、地下街のフリオ等ほどには解体の技には長けていないようで、毒蛇犬は血抜きと内蔵の処理まではしつつも後はそのまま。魔蠍は手付かず。金色オオヤモリもほぼそのままで吊して持ってきて、残りは野営キャンプで苦労しながらの解体作業。魔力抜きはピクシーの“妖精の粉”を使うと割合簡単に出来るが、ピート本人の“妖精の輪舞”まで使われない場合ちと時間がかかる。

 三日目の夜には魔力抜きが終わり下処理も終えた毒蛇犬の肉をガンボン特性ハーブソルトで炙りにする。味は……やや癖があるかな。ハーブソルトを揉み込んだ理由が分かる。

 

 皮の処理がまた面倒で、なめし用の薬剤を貰ってきてたらしいが、脂取りとかは全部手作業。俺も何度かやったことがあるが、刃物を当てて穴をあけないように慎重に脂だけ削ぎ落とすのは神経も使うし腕も疲れる。この段階の処理はガンボンはけっこう手慣れてるようで、組み立て式のなめし台を設置してなかなかリズミカルに脂を削ぎ薬剤を塗り込んでいる。

 けれどもグイドにはその手の細かい仕事は全然無理。

 これを夜の見張り番の時間の間1人でやっていたらしい。まめな奴だなあ。

 

 

 四日目。

 もうかなりの標高になり、道と言えるような道はとっくになくなってはいる。上から見てても徒歩での移動はかなりの難所になりつつあるだろう。

 ガンボンも既に“聖獣”の大地豚には騎乗せず、グイドと三人……いや、二人と一匹とで大荷物を抱えての移動。

 偵察をしつつとは言え空を行く俺達と、その後を歩きで追うガンボン達とではかなり距離に差がついてきた。

 

 昼前辺りにドゥカムの指示で傾斜の緩い手頃な位置へ降りる。

 日陰になる大きめの岩場があり、隠れられるが足場も見晴らしもそう悪くない。

「ふむ。ここらを昼の休息場にするか。

 しばし休んだらここを起点に周辺を偵察して回るぞ」

 例の小塔を取り出し魔力中継点マナ・ポータルを建て、結界を張り俺には湯を沸かすよう指示を出す。

 石組みの簡単な竈に燃料を入れ、ドゥカムの【発火】魔法で火をおこすと、小さな湯沸かしケトルでハーブティーを煎れる。

 クトリアでは採れない独特なハーブの香りは俺にはちょっと馴染めないが、そこにたっぷりの蜂蜜を入れてドゥカムが一服───しかけたときに、ズドンという音にちょっとした地響き。

 

 何事か? と警戒し“シジュメルの翼”へ魔力を流し込む。風の魔力が入れ墨を通して全身に、そして“シジュメルの翼”へと流れ循環し、空気の膜を張ると同時に周囲の風の動きを知らせてくれる。

 が、山あいの吹き下ろしの風が強く、いつものように空気の動きで詳しく気配を感知することは出来ない。

 仕方なく俺が目視で辺りを探っていると、

「北東側斜面に影」

 と小さくドゥカム。見れば確かにそこに数人の人影……いや……ありゃ……。

 

「───これより先は我等の領域。用無くば立ち去るがよい」

 轟く大音声は地を揺らさんばかりに低く響く。

 

 真ん中に1人、左右に1人ずつ。合計3人の巨体。左右の2人のウチ一人は拳大……いや、赤ん坊の頭ほどの石を握り締めていて、いつでも投擲できる状態。

 その距離は目算で3、4アクト(90~120メートル)程だろうか。結構な距離、しかも位置的には昼前の日を背負い逆光気味のシルエット。それでも石を持っていると俺が判断したのは、今目の前にあるそれくらいの石がドゥカムの張った結界に弾かれ転がったのが、先程の音と地響きの正体だろうからだ。

 

 そして距離感の混乱……ってワケでもねえならば、その3人の身長はおそらく1パーカ(3メートル)前後。

 つまりは“巨神の骨”に住むと言われる巨人族、またはその眷属の食人鬼オーガの「歓迎のお出迎え」……と言ったところのようだ。

 

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