1-02.「 異世界転生with豚面トラック大発進! 的なっ!!??」
オーク。
叉はオーク鬼。
元々はラテン語で「地下に住む悪魔」を表す言葉だったらしい。
『ベオウルフ』やトールキーンの『指輪物語』等々で人間以外の種族の一種として登場、設定され、ファンタジー物などにおいてポピュラーな存在として広まる。
多くは(ダジャレじゃないよ?)ゴブリン、コボルトと言った種族と並んで「好戦的で野蛮。醜く邪悪な種族」として描かれる。
……と、これらは厳密には俺の知識ではない。
まあ、「聞いた話」ね。
◆ ◆ ◆
意識が戻ってから、まず最初に目に入ったのは複雑に絡み合った木の根だった。
ぐねぐねと絡まり合う奇怪なそれが大木の根の下にある居住空間の天井で、魔術により造られたものであると知るのはその暫く後。
円形のホールのような室内はやや薄暗いが、柔らかい光が上方の明かり取りの窓から差し込んできていて、周囲の様子を分からせるのには十分だった。
アロマだろうか。花のような柔らかで優しい香りが鼻孔をくすぐる。
自分の寝かされていた木製のベッドも、辺りの調度品もなめらかな曲線の多い丁寧な作りで、品位と暖かみが感じられた。
数回、目をぱちくりとしばたかせて、周りの状況と自分自身の状態を確認するため意識を巡らせると、消耗していたはずの心身がかなり快復しているのが分かる。
勿論、それには「彼ら」の助力がある。
彼ら。
曰く、「闇の森を守護する、呪われたダークエルフ」たちの、だ。
ダークエルフ。
俺の曖昧で穴だらけの記憶の一方では、漫画やゲーム、アニメの、所謂「ファンタジー物」に出てくる種族で、一般的に「邪悪なエルフ」という様な扱いだった。
耳が長く尖っていて、魔法と弓に長けた妖精の一種、エルフ。
その中で、褐色の肌をしたのがダークエルフ。
大雑把にはそういう感じ。
それら“別の世界”での記憶と、今ここで目の当たりにしているダークエルフは、やや違う。
まずは肌。 個々に程度の差はあれ褐色というより青黒く、人間のそれとは全く異なっている。
人間の肌の色はメラニン色素と血液の赤が透けて見えて決まっていたと思うが、それで言えば血の色が青いのだろうか? よく分からない。
耳は僅かに尖り、顔立ちも鼻筋が通って彫りが深い。
印象としては東欧や北欧の民族に近い気がするが、しかし比べると骨格からして全体に華奢で、見ようによっては貧相で骨ばっても思える。
やや特徴的なのは眼、だ。
つり上がったアーモンド型の大きな目は、所謂黒目の部分がかなり大きい。
瞳の色自体はダークブラウンや灰色から緑等だが、その黒目部分の大きさも相まって、かなり明確に「人間とは異なる種族である」ことを意識させる。
まあつまり、「尖った耳を隠しさえすれば、人間と同じで区別がつかない」とはいかない。
「闇の森を守護する、呪われたダークエルフ 」
というのは、こちらの世界の記憶として浮かび上がってきた言葉だ。
闇の森、というのはまさに今居るこの場所であり、「闇の主」と呼ばれ恐れられる強大な魔術師の塔のある、広い森林地帯を指している。
魔獣と呼ばれるような凶悪な獣(つまり、例の化け物熊等だ)の生息地であり、また
俺が「この世界で目覚めた」場所はまさにそのど真ん中であり、そして今もそこに居ることになる。
なぜ自分はそんなところに居たのか?
二つの記憶の中でも、特に「この世界の俺」の記憶の方がより朧気で曖昧なこともあり、そのあたりが定かではない。
◆ ◆ ◆
目が覚めて暫くして、一人のダークエルフが様子を確認しに来た。
近くにも来ないし言葉も交わさないので、男か女かも分からない。
ほっそりした体格で、体の線の見えないゆったりとした服を着ているので尚更だ。
確か、エルフたちは男性でも髭が生えず体毛も薄い、ぱっと見ではあまり男女差の少ない種族だった……と、記憶してる。
俺が目覚めているのを確認すると、再びカーテンの掛けられたらアーチをくぐり抜け、トレイに木製のボウルとカップを持って戻ってきた。
カップには綺麗な水。ボウルには木の実や穀物などを牛乳で煮込んだ粥の様なものが入って居る。オートミールとかに似た感じか。
それを出されて、初めて自分がえらく空腹になっていることに気付いた。
食べ物を見たことに反応してか、ぐもももも、というような音をさせた胃の中に、半ば流し込むようにそれを入れ数回程むせる。我ながら汚い。
笑われたかな、という気になり、入り口近くに立っていたダークエルフの様子をちらりと見るが、全くの無表情。
ただ淡々と、こちらの食事が終わるのを待っているだけのようだ。
食い終わり、人心地がつく。
旨いのか不味いのかも分からないくらい急いで食べたが、それでもある程度の満足感があった。
量的に物足りない、とか、肉も食べたい、とかの気持ちも沸いてきたのだが、さすがにここでそれを言える図太さは自分には無いようだ。
食い終わった頃合いをみて、側にいたダークエルフが使用済みの食器を受け取り、立ち去る。
状況だけ見れば、至れり尽くせり。
しかしそれが何故なのか? ということに関してはさっぱり分からない。
普通ならもっと警戒しても良いはずだが、どうにも気持ちが緩んでいる。
あるいはそれは、「この世界の俺」の記憶から、なのだろうか?
いや、まあ、思い出せないんだけどさ。
この世界の俺───。
そうだ、そのことについても忘れていた。
この世界の俺。つまりは今のこの身体。
意識を失う前にダークエルフの一人が言っていた言葉。
つまりは俺が、 「好戦的で野蛮。醜く邪悪な種族」のオークだ、と言うこと。
◆ ◆ ◆
「よーう、調子はどーだー?」
ばたばたばた、というか、どたどたどた、というか。いやむしろ「どっか、どっか、どっか」とでも言うような。
とにかくまあ、雑な足音とともに、数人のダークエルフが入ってくる。
昨夜の見事な気配の消し方や、先程までの無表情とはうって変わったけたたましさ。
実際は、ばたばたした足音は一人分。そしてそれが、先程のやや素っ頓狂な声の主でもあった。
やや面食らってそちらを凝視すると、その一人のダークエルフを中心に四人の姿。
真ん中。
先程のけたたましい声を上げたであろう一人は、金属と革を合わせて造られた鎧を身に纏い、金色の長い髪を後ろに流し、額にはサークレットを着けていた。
左右には良く似た顔立ちの戦士然とした二人が控えてる。
同じく革製の鎧を身に付け、背には弓を背負い、腰にはやや短めの剣。
二人とも肌の色が真ん中の一人よりもやや濃いようで、やはり個人差があるようだ。
立ち位置や振る舞い、装備などからして、真ん中の一人の護衛、というところだろうか?
表情は二人とも真ん中の一人より厳しく、こちらへの警戒心や猜疑心も隠していない。
と同時に、この三人が、昨夜の「化け物熊」を撃退し、俺を「助けて」くれたのだ、ということに気付く。
あ、昨日の…、というようなことをもごもごと口に出しかけると、
「覚えてたか? ま、昨日はえらい目に遭ったな」
どかっ、と側にある椅子に腰掛けながら、真ん中の一人。
両脇の二人は立ったままで、残りの一人、唯一鎧を身に着けていない者は、そのままやや後ろに控えている。
「……と」
アーモンド型でつり上がった、深緑色の目で真っ直ぐにこちらを見ながら、
「名乗りがまだだったな。
あたしはナナイ。
ダークエルフ十二氏族のうち、ケルアディード氏族の族長を務めている、ナナイ・ケラーだ」
具体的なことは全く分からなかったが、どうやらここの「最も偉い人」であるらしいことはなんとなく理解できた。
エルフ、ダークエルフというのは、母系社会であることが多いらしい。
氏族長の全てが必ずということでも無いが、慣例的に女性が務める事が多いのだという。
ナナイもその一人。数百年からの寿命があるというエルフの実年齢は見た目ではそうそう計れないが、族長というには若いようにも思えた。
身体的に男女差があまり無いこともあり、氏族内の要職にも女性が多い。
今この部屋で言うならば、後ろに控えていた鎧を身に着けていない一人の老人だけが、唯一の男性のようだ。
その最後の一人は、医師というか、ある種の治療師のようだった。
一回り小さく、また年老いてもいるようで、俺の脈を取り眼と口の中を覗き、「まあ問題なかろう」と言い、椀に入った苦~~い煎じ薬を渡して飲むように促された。
それからナナイは、率直かつ飾りのない言葉で、こちらへと質問を重ねてきた。
名前は何か? 仲間はいるのか? 何があったのか、あの場に居た目的は何か……?
しかしその質問に対して、俺はもごもごと口ごもりながら首を振り、分からないと意思表示する以外ない。
「誤魔化すな! はっきりと答えろ…!!」
ナナイと異なり、警戒をしている護衛のうち1人が、そう鋭く詰め寄ってくる。
実際隠し事をしてるわけでもなく、ただ今の記憶が曖昧な以上、何も「はっきりと」は答えられないのだから仕方がない。
唯一覚えているのは、あのときあの場で沸き上がってきた感覚。
自分は此処で誰かを待っていて、或いは探していて、だからこそこの場を死守しなければならない……という、ある種の使命感のような感情だ。
「自分はあの場所で一度死んだ……死にかけたらしい。今は記憶が混濁して、何故あそこに居たのかどころか、自分が何者かもハッキリ分からない。けれども、あのときはあそこを死守しなければならないような気がしていた」
簡単にまとめるならば、彼女の質問に返せる答えはこの程度だ。
「ふーんむ……」
睨みつけてくる護衛の二人を抑えて、氏族長であるナナイは腕組みをしてやや思案。
「ま、そうか……」
やけに軽いその言葉に、思わず反応する。
え、良いの、それで?
もっと何かリアクション無いの!?
ナナイもその反応に気付いてか、軽く微笑んで手を挙げて立ち上がる。
「あとで追々話す。ま、暫くは休んでてくれ」
そう言って、連れ立ちまた部屋を出て行こうとするが、入り口でつと振り返り、
「そうだ。何か要り用な物はあるか?」
と聞いてきた。
俺はそれに、少し思案してから、
「手鏡を」
とお願いした。
◆ ◆ ◆
「オーク……かぁ~」
思わず口をつく言葉。半分はため息だ。
渡された手鏡でまじまじと自分の顔を観る。
全体的に丸い。
髪は灰色でボサボサ。全く手入れをしていた気配は無く、伸び放題に伸びてとっちらかっている。
眼の形は丸っこくてギョロ目の三白眼。ダークエルフとは逆に、黒眼が小さく見える。
薄い暗緑色に近い灰色の肌をし、口は大きく、上下から突き出た牙。
耳はやや先が尖り垂れていて、耳たぶにはピアスのような飾りがいくつもあるし、額には刺青もある。
そして、鼻。
鼻腔が大きく上向きのそれは、確かに所謂「豚っ鼻」だ。
「豚のような顔をした鬼の一種」
オークという種族───又は、「モンスター」の説明書きには、たいてい一行目にそういう文言が書いてある───ハズだ。
この世界での記憶、も、もう一つの世界での記憶、も、どちらも未だ曖昧なままだが、なんとはなしに覚えている、「オークの語られ方」。
「豚みたいな顔───まあ、確かにそうかもしれんなー」
右手でふにふにと顔をいじくり回す。
少し尖った肉厚の耳を引っ張り、目を剥いて、唇をめくり、鼻の頭を上に押してみる。
俺だ。俺の顔だ。
確かにコレは俺の顔で、確かにぼんやりとした記憶の奥にある気もする。
しかし何とも釈然とはしない、もやもやした感じ。
「何だろう。何が釈然としねーのかな。
……まあ、ここがそーゆー意味で、俺の知ってた『ゲームやアニメの世界』ではない、ってことなんだろーけどなあ……」
さてまあ変な話、たとえばこれがある種の妄想や夢が具現化したようなものなら、「俺が今までゲームやアニメを通じて認識していた通りのイメージのオーク像」そのままのオーク、であるハズだ。
ダークエルフにしろオークにしろ、「俺のイメージとは異なる」形で現れている以上、今この状況が、「俺の夢や妄想」ではない……と、言えるのかもしれない。
指で顔をぐりぐりといじり回しつつ続けられる独り言。
もう一つの世界での俺の記憶は、ほとんど外出もせず他者とも接せずの引きこもり暮らし。
どれくらいその生活をしていたかは覚えてないが、独り言の癖はおそらくその頃からなのだろうか。
加えて、昨夜の出来事から今、ここで、ようやく「一人で、落ち着いて」ものを考えられるということもあって、次々と溜まっていた諸々が吐き出される。
「てかアレか? 『お前みてーな豚みてえに食っちゃ寝食っちゃ寝して無駄に生きてた奴は、死んでから見た目も豚みてえな奴に生まれ変われ』ていう神的なナニカからのアレか!?
まあ確かに!? なんか記憶をほじくり返してみても!? 豚みてえに食っちゃ寝食っちゃ寝してた肥満体の記憶がうっすら浮かび上がっては来るし!?
むしろ本物の豚に生まれ変わったんじゃないあたりで感謝しなきゃいけない的な!? 話かしらねえ!?」
口に出して言うことで、逆に何だかだんだんとヒートアップしてきた。
「ていうかさ!? こういうのってまず基本パターンとして、英雄とか勇者的ポジションで異世界に来るもんなんじゃないの!?
或いはそのアンチテーゼ的パターンで行くなら、魔王とか邪竜的なのとか、そーゆーアンチヒーロー的なさ!?
オークって!? 何、オークって!?
超ーーーーーーーー中途半端じゃね!?
しかも立ち位置的にはこの世界のオークって、姫騎士監禁してエロ陵辱する的ものっすげー邪悪な種族とかってワケでも無さそうだし!?
チート的な特殊能力持ってるワケでも無さそうだし!?
別世界の記憶ががっつり残ってて、それでもって魔法以外文化レベル低い異世界で大活躍展開とかでも無さそうだし!?
全面的にどっちつかずの中途半端っぷりがむしろハンパねェ的な!!??
異世界転生with豚面トラック大発進! 的なっ!?」
いや、まあ後半とか自分でも何を言ってるかはよく分からん。
「……ん~、まあ、御意見ごもっとも。
ただあと半分は、まだ分からないよ」
次第にエキサイトし、なかば絶叫するかのレベルで喚いていたところに、やたらに涼やかで良く通る声。
聞かれてた! 的に冷や汗脂汗の滲む顔にわっと血が昇り赤面しつつ、ぎこちなく声のする方を観ると、一人の背の低いダークエルフが居る。
「確かに、僕らは英雄でも勇者でもない。
ここに来たことに意味も必然もない。
ただこの世界に“墜ちて”来て、別の身体で“生き返った”だけだからね」
そういう声は矢張り涼しげでいて、同時に微かな翳りを匂わせる。
しばし、しんとした静寂のまま見つめ合う。
それはおそらくほんの束の間。
言葉の中から意味を探るよりも前に、気づきが閃光の様に訪れる。
「……ら?
ちょっ、待って……“ら”?
僕ら……?
僕らって……それ、その、つまり……!?」
しどもどしつつまくしたてる俺の言葉を、軽く口の端を上げるだけの笑みで制止して、
「僕も、一度“死んで”いる。
そして“別の世界で生きていた記憶”を持って、“こちらの世界”で蘇生……転生したんだよ。
恐らく、君と同じように、ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます