序・4 怪物の誕生2


 

 “それ”、とここでは称しておこう。

 “それ”には無数の腕と脚、幾種類かの触手があり、腕は人の形に似たものだけではなく、蜥蜴、虫、叉は四つ脚の獣の脚もあった。

 “それ”には蝙蝠の翼があり、甲虫の殻があり、獣の裂けた口と牙があり、蜥蜴や蛇の鱗があり、魚のエラがあった。

 “それ”は、多くの様々な生き物の特徴をない交ぜにし出鱈目に組み合わせた出来損ないの玩具のようであった。

 

 “それ”は、多くの命を補食し、吸収して、我がモノとしていった。

 “それ”は、幾度か分裂し、また集合しながら変化を続けていった。

 “それ”には知性のようなものは芽生えておらず、ただひたすら一つの本能のような意志のような衝動に突き動かされているようだった。


 生きろ。

 食らえ。

 命を食らえ。

 魔を食らえ。

 あらゆるモノを食らいつくし、そしてそれを……我がモノとせよ。

 

 “それ”は亀裂に身体の一部を突き入れると、膨張してそれを押し広げ粉砕した。

 “それ”は、新たな空間へと進むと、再びあらゆるモノを喰らい続けた。


 ある場所では、呪われた動く二足歩行の死体の群を食らった。

 その頃は粘液状だった身体の周りを鱗や外骨格が多い、無数の腕や脚、触手が生え、目や耳、鼻や口が出来ていた。

 四つ脚の獣から得た大きな口と牙が、対象を噛み砕き取り込むのに有用であった。


 “それ”は、噛み、砕き、咀嚼し、飲み込んだ。

 “それ”は、突き、叩き、切り裂き、壊し、粉砕した。

 幾度となく繰り返した先で、それらに出会った。

 

 それまでには観たこともない生き物たちだった。

 二足の脚で動き、鉱物や死骸で出来た殻を纏っていた。

 その形状は先ほど食らった動く二足歩行の死体と似ていたが、各々が口から音を発し、それによるやりとりをしている。

 それと似たことは、これまで食べてきた生き物たちもしていた。

 しかしここに居た6体は、その発する音によるやりとりがこれまで以上に複雑で、精密で、長かった。

 

 “それ”は、ここで初めて、何かを食らえ、という衝動以外の感覚を味わった。

 “それ”は、その感覚が何なのかを知らない。それを表すことも定義することも出来ない。

 前にもあったようにも感じる。

 かなり昔の古いもののようにも、つい先ほどのことにも感じられる。

 そもそも“それ”に、時間という概念があるかも分からぬが、やはりそれが何時なのかは分からなかった。

 

 腕、または触手の一つを、そのうちの一つへと伸ばしてみた。

 掴み、そして引き寄せると、その比較的小さなそれは口から大きな音を発し、集団の他の者が応じた。

 空中に光が現れ、“それ”の掴んだ他のものより一回り小柄な生き物を追いかけてきた。

 残っていた別の生き物のうち、さらに二つがそれを追いかけてきた。

 

 そのとき、轟音と地響きが辺りを覆い、天と地が割れて引き裂かれた。

“それ”は、掴み取ったひとつと、そこに飛びかかってきたもう一つと共に、地に出来た裂け目へと墜ちて行った。

 墜ちて、転がり、そしてまた墜ちて、叉上からの岩や土砂に潰され、さらに墜ちた。

 

 暗闇。

 静寂。

 僅かな、小さな、そして微かな……息。

 

 “それ”は周囲の音と気配を探った。

 辺りには、自分と、共に墜ちてきた二つの生き物だけだった。

 “それ”は、自分が弱っていることを感じていた。

 この二つの生き物も同様に、弱っていた。

“それ”は、再びその強い衝動を感じていた。

 

 生きろ。

 食らえ。

 命を食らえ。

 魔を食らえ。

 そしてそれを……我がモノとせよ。

 

 “それ”は、緩慢な動きで、四つ脚の生き物の持っていた口を開いた。

“それ”は、側にあったもう一つの生き物を噛み砕き咀嚼しようとしたが、それだけの力が無かった。

 “それ”は、この口を使い噛み砕くという新しいやり方を諦めて、時間のかかるもっと古いやり方を選んだ。

 “それ”は、その弱々しく小さな息と鼓動を発する生き物に覆い被さり、ゆっくりと、その全身で“喰らう”ことにした。

 

 暫くして、そこにある命は、一つだけになった。

 

 暗闇。

 静寂。

 僅かな、小さな、そして微かな……息。

 

 “それ”は、弱々しい足取りで、もはや動かなくなったもう一つの肉体を抱えながら歩いていた。


 暫くして、そこからあらゆる生命の痕跡は消え、ただ暗闇と静寂だけが残された。

 

 

 

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