第39話 ホントは死にたくない
「……ここなら、少しは隠れらるそうですね」
香奈ちゃんの声は小さく、少し震えていた。
俺の方はというと、左腕は痛みでほとんど動かない。
衣服をたくし上げると、腕は腫れて青黒く変色していた。
「これは……」
香奈ちゃんが心配そうに俺の腕を見つめる。
「大したことない、あとで湿布でも貼ればすぐ治るって」
強がってみせるものの――どう考えても痛みは尋常じゃない。これ、折れてないか?
そんな俺を見て、香奈ちゃんは深呼吸をするとそっと俺の腕に手を添えた。
『白き光よ、汚れを払い、癒やしの力で包み込め。慈しみの手を――ライトヒール』
例の優しい光が俺の腕を包み込む。暖かさが腕全体に広がり、痛みが少しずつ引いていくのが分かった。
「ありがとう、香奈ちゃん」
「動かないでください。傷が深いせいか、時間がかかりそうです。……それに、カナトさんが私を守ってくれたんです。お礼を言うのは私の方です」
魔法に集中しているのか、そのあまま黙り込んでしまった香奈ちゃん。
そのまま沈黙が辺りを包む。
ドラゴンの方は……暗闇で辺りを警戒しているのか。ここからじゃ姿は見えないが派手に歩き回っている様子はうかがえない。
動くことも出来ないので、ただじっと香奈ちゃんの横顔を見つめているしかない。
暗闇の中で仄かな灯りに浮き上がるその顔は色白でまるで人形のようだ。
派手さや流行といった可愛さとは違った、どこか涼し気でそれでいて物悲しさも感じさせる、そんな儚い印象を受ける横顔だった。
俺にじっと見られて気まずかったのか、腕を治療しながら香奈ちゃんは少し俯いた。そして少しためらった様子を見せたあと、ゆっくりと口を開いた。
「実は……私。この世界に来る前……自殺しようと思ってたんです」
突然の告白に、俺は言葉を失う。
「私の家、父は仕事で殆ど家に居なくて、母が凄く教育熱心だったんです。そんな両親に認められたくて、小学生の頃から勉強ばっかり頑張ってきたんですけど……ある事情で高校受験に失敗しちゃって。それから――両親は私の事なんて居ないかのような扱いで、今は妹ばかりに期待して……。それで、家でも学校でも居場所が無くて、私……」
なるほど。どこででも聞いた事のあるような話だな。両親が居ない俺としては何て返して良いのか言葉が見つからず、思わず聞き役に徹してしまう。
「――でも、このキュリオシティに来て、叶途さんや皆さんとこんな大冒険を経験して。知らないものばっかりだし、周りも知らない人だらけだし。『あぁ、こんな世界がまだまだ広がってるんだ!』って思ったら、それまでの息苦しかった毎日がまるで悪い夢だったんじゃないかって思えてきて。そしたら今度は『死にたくない』なんて思っちゃってるんです、今。何だか、意思が弱いっていうか……我がままですよね、私」
そういってはにかんで見せる香奈ちゃんだったが、薄っすらと瞑ったその瞳からは一筋の涙が流れて地面へと落ちた。
今日一日見せてくれた、あの満天の笑顔の裏にそんな思いがあっただなんて……。
「香奈ちゃん……」
その先に何を言おうかは思いついていなかったけれど、思わず彼女の名前を呼んでいた。
それと同時に――ドラゴンの咆哮が響き渡り洞窟中が震える。
ズン、ズンと重い足音が響き、その度にパラパラと洞窟の天井から小石が崩れ落ちて来た。どうやら俺たちを探して歩き回っているようだ。
「――行こう、どうにかしてここから出る方法を探さないと」
「はい。でも、どうやって……」
「……そうだ! あのカード。何かヒントは書いてないかな? 何か使えるスキルとか!」
「あ、そうですよ!」
香奈ちゃんと一緒にカードを取り出して確認する。
スキルの欄を見てみると、香奈ちゃんはさっきの『ライトヒール』の他に初級の解毒魔法が使えるようだ。ただ、残念ながら……
「ごめんなさい。私の方は役に立ちそうにないです」
「
そういって直して貰った左腕を前に出す。青黒かった痣は消えすっかり元通りだ。
「ありがとうございます。――叶途さんの方はどうですか。例の『ゲート』のスキルとか」
俺の方か……。
『ゲート』を使って逃げられれば最高なんだけど使えれば良いのだけれど――"戦闘中につき使用できません"と注意書きが出ている。
「やっぱりダメみたいだ。――ん?」
ふと見ると、さっきまでバグっていたはずのスキルの表示が普通に読めるように変わっているのに気付いた。
「あれ? 何だこれ??」
『バックドア:管理者権限により強制的にログイン、又はログアウトを行う。この際あらゆる制限を排除し自由に世界を移動できる』
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