第31話 砂被りのリーリッヒ

 こっちに気づいたのか、例の金髪が揚々とした様子で近づいてきた。


「なんだ、お前らも来たのか。……って、なんだそのトカゲ!」


 お姉さんと依頼の内容について話していたリーリッヒさんを見て、金髪が目を輝かせて声を上げた。


「え、もしかしてもう仲間増やせるのか!? いいな、トカゲ族!! すげー異世界っぽい!」


「ト、トカゲ……」


 金髪の勢いに押されて引き攣った顔で固まるリーリッヒさん。


「こ、この人はリーリッヒさんといって――」


 慌てて金髪とリーリッヒさんの間に入ろうとしたとき……ふいに辺りが暗くなる。

 顔を上げると、複数のリザードマンが俺たちを囲んでいた。


「……おい、クソガキ。俺たち誇り高きリザードマンをトカゲ呼ばわりとは。――覚悟は出来てんだろうな!?」


 ドスの効いた声で違った歯をギラつかせるリザードマン。歴戦の戦士を思わせる立派なハーフプレートを身につけ、その身体もリーリッヒさんより一回り大きい。

 さすがの金髪も迫力に気圧されたのか、黙ったまま睨み返すのが精一杯のようだ。


 暫し睨み合う二人。


「ちっ、何だようっせぇな、このトカ――」


 無謀にも金髪言い返そうとした時――


「――ま、待て! 彼らはアクターで、この世界に来たばかりなんだ。悪気は無い、許してやってくれ」


 リーリッヒさんが慌てて二人の間に割って入った。


「……同胞よ。なぜ人間の肩など持つ?」


 一際大柄なリザードマンがリーリッヒさんに詰め寄ろうとしたとき、傍に居た緑のリザードマンが突然声をあげる。


「おい、待て! こいつ“砂被りのリーリッヒ”じゃないか!」


 リザードマンの一団が、今度はリーリッヒさんを取り囲む。


「おいおい、臆病者のリーリッヒがこんな所で何してるんだ!? まさか冒険者の真似事か!?」


 絡んできたリザードマンが豪快に笑いながらリーリッヒさんの肩を叩く。……あの笑い方は、正直好きじゃない。自分より弱いものを見下して威圧するクソ野郎の笑い方だ。


 リーリッヒさんは何も答えず、ただ黙って下を向いている。


「そういや、アクターとかいったか? ははぁん。腰抜けのリーリッヒが何でまた冒険者協会に来たかと思ったら――こいつらを利用して、あわよくば一儲けしようって魂胆か。相変わらず狡賢さだけは一品だな」


「ち、違う! 別に俺はそんなつもりじゃ……!」


 慌てて言い返そうとするリーリッヒさんだったが、ふと栗田さんが二人の間に割って入った。


「こちらの非礼に対しては私が代わってお詫びします。――しかし、リーリッヒさんは街に来たばかりの私達を案内してくれた恩人です。こちらとて彼に対する侮辱は見過ごせません」


 優に2メートルを超えるリザードマンと小柄な栗田さんとでは相当な体格差だが、それでも怯むことなく鋭い視線を送る。


「お、おい。俺のことはいい、余計な事をするな」


 リーリッヒさんが慌てて止めに入るが、栗田さんは一歩も引こうとしない。


「ここで事を荒立てるのは得策とは思えませんけれど……ここはお互いに謝罪して平和的に解決しませんか」


 栗田さんの勢いに押されて、リザードマンが小さくため息をついて首を振った。


「……分かった、悪かったよ。俺たちもアクターと揉めるつもりは無い。――ったく、おっかねぇ姉ちゃんだな」


 先にリザードマンの大男がリーリッヒさんの肩を叩いて「悪かった」とぶっきらぼうに一言だけ謝る。


 それを見ていた黒岩さんが「ほら、お前たちも!」と金髪に謝罪を促すが……


「は? 何で俺が――!?」


 納得のいかない金髪が黒岩さんを睨み返す。

 両陣営の何人かが思わず金髪に詰め寄ろうとしたが――隣にいたロン毛がスッと頭を下げた。


「こっちも悪かった。知らなかったとはいえ、今後は気をつけるよ」


 全員が見つめる中で、深く頭を下げたまま動かないロン毛。

 それを見た大柄のリザードマンは、黙ったままヒラヒラと手を振り建物の外へと出て行った。他のリザードマンたちも彼の後に続く。


「――おい! 何勝手なことしてんだ!」


 リザードマンたちが出て行ったとたん、金髪がロン毛に絡みだしたが……


「まぁそういうなって。謝って済むなら話が早い。せっかくの異世界、こんな所で時間を無駄にしたくないだろ?」


 ロン毛の方は小さく笑うだけで気にも留めていない様子だ。……金髪はとにかく、こっちは案外と話の分かる奴なのかもしれない。



 そんなやり取りを余所目に、こっちではリーリッヒさんが栗田さんに深々と頭を下げている。


「……すまない、俺のせいで迷惑をかけたな」


「そんな、迷惑だなんて!」


「――俺が一緒だと何かと良くないだろう。俺は外で待ってるから、話が終わってまだ用があるようなら声をかけてくれ。無ければそのまま行けばいい」


 そういって建物から出て行こうとするリーリッヒさん。

 けれど、お姉さんがポンと後ろからその肩を叩いた。


「ねぇ、私も一緒に外で待ってていい? 何かここ、むさ苦しくて」


 正面からリーリッヒさんの顔を覗き込んでニッコリと笑ってみせる。


「なんだ……同情なんかするな。泣きそうになるだろ」


「べつにそんなんじゃ無いって」


 トボトボと歩くリーリッヒさんに、お姉さんが背伸びをして肩を組んで二人は建物から出ていった。


 俺たちの騒ぎを見いた他の冒険者たちも徐々に散らばっていき、建物の中は元の騒がしさに戻っていった。

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