異世界転移
アーミー
プロローグ 転入生はエルフのお姫様
第1話 エルフのお姫様
「……ふぁ〜〜」
――何の変哲もないありふれた月曜日。
休日モードから抜け出せない頭に、教室の窓から差し込む朝日が容赦なく照りつけてくる。
頭頂部がジリジリと暑い事を除けば、教室の一番後ろのこの席は何かと便利な場所だ。
クラスメイトの会話が心地よい鳥のさえずりのように感じられ、体を徐々に平日モードへ戻していくのに丁度良い。
前の方の席ではスクールカースト上位のエンジョイ勢が、昨日のドラマがどうだったとか週末の買い物があーだったとか、それは賑やかに盛り上がっている。
(ホント、いつも元気だなぁ……)
別に煩いだとか馬鹿らしいだとかは微塵も思わないけれど、週の頭からあのテンションで活動できるバイタリティは絶対真似出来ないなと素直に関心する。
その隣では喧騒をものともせずギリギリまで惰眠を貪る無気力系の男子。
反対側では、一軍集団を気にしながら他の女子たちが芸能人の話題で楽しげに笑い合っている。
(……
人それぞれ自分に合った居場所というのがあるものだ。
いわゆる“無キャ”な俺は教室の背景にひっそりと溶け込み、この特等席からそんな教室の様子をただぼーっと眺めて朝のひと時を過ごす。
大きな波に乗ることはせず、静かな水面の下でじっくりと流れるように日常を過ごす。それが俺なりの"無キャ"スタイルだ。
「おーい、チャイム鳴ってるぞー。席につけー」
ドアが開き、担任の先生がテンション高めで教室に入ってくる。
まだ喋り足りない女子達が最後まで粘りつつも、やわやわと皆が席につきホームルームが始まった。
「――えっと、今日は皆んなにお知らせがあります」
開口一番、先生が教室内を見渡しながら少し勿体ぶったように切り出す。
(……何のニュースだ?)
"無キャ"ライフを謳歌する上で、こうした突発的な出来事に対しては常に気を巡らせておく必要がある。面倒なことを押し付けられないように用心深く生き抜くことが大事なのだ。
(んーー。あの表情からすると……)
先生の顔から話の内容が良いものか悪いものかを推測するのはそう難しくない。
(普段の笑顔とは違う、ちょっと不穏な笑み。でも、事件や事故の話ではなさそうだな)
月曜の朝からおっさんのニヤケ顔を見せられるのは中々にしんどいけど、とりあえず悪い知らせではなさそうでホッとする。
生徒たちの心構えが出来たと見ると、先生はニヤリと口角を上げ話を続けた。
「突然ですが――今日からこのクラスに転入生が来ます!」
『おぉーー!』
思いもしないサプライズに教室内に歓声が響き渡る。
毎日同じ顔ぶれで凝り固まった人間関係。日々そうそうと変わり映えのしない学校生活ではこれは特級のビックニュースだ。
「先生!! 男子、女子!? どっち!? マジで女子であれ!」
「うっさい! 落ち着け吉田。座れ!」
クラスのムードメーカー、陽キャの吉田が興奮のあまり立ち上がり先生に宥められる。
そんなやり取りを見てクラスの皆は可笑しそうに笑っているが……。
――この段階で、俺の脳裏にはふと嫌な予感が走った。
(……ちょっと待て。うち公立高校だぞ? 普通に考えてこんな時期に転入とか無いだろ)
「まったく。――後から騒がないように一応先に言っておくと……女子生徒です」
『うぉぉー!』
先生の発表を受け男子諸君から歓喜の雄叫びが上がる。
「落ち着け男子! 静かにっ!」
先生は少し声を荒げながらも『同じ男同士、気持ちは分からんでもない』といった顔で少し楽しそうに男どもをたしなめる。
対する周りの女子達は呆れ顔だ。
(女子……。いや、まさかな)
新たな情報が一つ追加され、嫌な予感が僅かに確信に傾く。
(いやいや、たまたまだって。世の中の学生の約半分は女子な訳で)
「それじゃ、さっそく紹介するが――いいか、騒ぐなよ」
真面目な顔で一度念を押した後、先生が廊下に向かって声を掛ける。
「どうぞ、入って」
皆の――特に男子達からの熱い視線が目一杯に向けられる中、ドアが開かれ一人の少女が姿を現す。
クラスの男子達がそれぞれにどんな子を期待していたかは分からないけれど、彼女はきっとどの期待をも遥かに超えたはずだ。
透き通るように白い肌と、陽光のように眩しい金髪。
瞳は夏の空を切り取ったように蒼く、フサフサのまつげに護られている。
彼女が一歩歩くたび腰まである長い髪がふわりと揺れ、風に吹かれた稲穂のように優雅な輝きを放つ。
一片の混じりけのないその金髪は、ブリーチやカラーで染めた造りものではなく生まれつき彼女に備わっていた天然物なんだと一目で解らせてくる。
まるで海外のドラマや映画から抜け出てきたような異次元の美少女。
どう取り繕っても日本の高校の教室には到底馴染まない異色の存在の登場に、さっきまで色めき立っていた男子達もただただ圧巻されて黙り込んでしまった。
「えっと、自己紹介を」
先生に促され、教壇に立った少女が皆の方に振り返る。
改めて見ても日本人とは骨格からして違う。いったい何等身あるかは知らないけれど、隣に立つ昭和産男性の先生がコメディチックな生き物に見えてしまう程にだ。
「はじめまして、私の名前はリナリアです。えと……父の仕事の関係でアメリカから引っ越してきました。日本はまだまだ分からない事だらけですが――よろしくお願いします!」
異国感ハンパない見た目からは想像できない流暢な日本語で元気に挨拶すると、大袈裟にペコリと頭を下げる少女。
長い髪がフワリと靡いて、黒板の深緑と対比的な金色が鮮やかに映った。
(……アメリカ? 父の仕事? ……あぁ、そういう設定なのな)
普段ならここで吉田から怒涛の質問攻めが繰り広げられそうなものの、ちらりと彼の方を見ると文字通り口を開けたまま固まってしまっている。
吉田だけじゃない。誰もが気後れし口を開こうとはしない。
「それじゃ座席は……」
異常な静寂に包まれる中。机を置く場所を決めようと先生がぐるりと教室内を見渡したそのとき――事件は起きた。
「ねぇ、先生! あそこ! 私、カナトの隣がいい!!」
金髪美少女がビシリと俺を指差したのだ。
彼女の細くしなやかな指に釣られるようにクラスの全員が一斉にこっちを振り返る。
「――はぁぁあ!?
吉田が立ち上がり、両目をかっぴらいて俺を見る。
「……い、いや! 別に知り合いって程じゃ! 顔と……名前くらいは知ってる程度っていうか……」
慌てて弁解しようとするけれど……
「あ、ひっどいカナト! 何でそんな事言うのよ!? 一緒に一夜を越した仲じゃない!」
『――――ハァァアッーー!!?』
クラス中から響く、怒声と悲鳴の混じり合ったような絶叫。
(……終わった)
教壇からニコニコとこっちを見つめる金髪美少女。
本名"リナリア・ブリランテ・エスプレーシェ”
――異世界からやってきた"エルフの国・ブリランテ"のお姫様によって、俺の省エネ高校生活は終焉を迎える事となったのだ。
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