「ひ」

Column1 「火蓋が切って落とされた」?

 今回は、「火蓋が切って落とされた」という表現について考えてみようと思います。


     ☆


 ——戦いの火蓋が切って落とされた。


 とある映像作品を見ていたところ、偶然「戦いの火蓋が切って落とされた」というナレーションが耳に入りました。


 しかし「戦いの火蓋が切って落とされた」というのは本来誤りで、正しくは「戦いの火蓋を切る」といいます。「火蓋を切る」の意味は「戦いや競争を始める」(『明鏡国語辞典 第三版』より)です。


 この作品には原作の小説があって、そちらは分かりやすく、かつ、よく練られた文章で書かれています。ゆえに映像作品のほうで、「戦いの火蓋が切って落とされた」という表現が使われていたのが驚きだったのですが(映像作品のチェックをする人は違うので仕方がないのですが)、それくらい広く使われているということかもしれません。


「火蓋が切って落とされた」というのは、「幕を切って落とす」という言葉と混合したものだと言われています。「幕を切って落とす」の意味は「はなばなしく物事を始める」(『明鏡国語辞典 第三版』より)です。「歌舞伎で、開演の際、幕の上部を外して一気に落とすことから」この言葉が生まれました。


 二つの言葉の意味を並べてみると違うことが分かりますが、「火蓋を切る」と「幕を切って落とす」には、「切る」という言葉があって、それが人々のなかで繋がってしまったのかなと素人なりに思います。


 辞書ではこの使い方についてどう考えているのでしょうか。下記に整理してみました。



●「火蓋が切って落とされた」という使い方を認めている辞書

『三省堂国語辞典 第八版』『大辞林4.0』


●「火蓋が切って落とされた」という使い方を俗語として認めている辞書

 なし


●「火蓋が切って落とされた」という使い方は誤りとしている辞書

『明鏡国語辞典 第三版』『デジタル大辞泉』


●おそらく「火蓋が切って落とされた」という使い方を認めていない辞書(⇒言及されていない・用例がないため)

『新明解国語辞典 第八版』『新選国語辞典 第十版』『旺文社国語辞典 第十一版』『三省堂現代新国語辞典 第六版』『学研現代新国語辞典 改訂第六版』『岩波国語辞典 第八版』『旺文社標準国語辞典 第八版』『精選版 日本国語大辞典』




「本来の言い方ではない」ほうを認めている辞書は二冊ありますが、認めていない方が多いですね。

「火蓋が切って落とされた」という言い方が広まっていても、やはり元の言い方を考えると、認められない部分があるのかもしれません。


 辞書の状況から考えるに、普段の生活の中では「火蓋が切って落とされた」というのは見過ごされても、正式な場面などでは「火蓋を切る」という風に使った方が良いと考えられそうです。


 皆さんは、「火蓋が切って落とされた」についてどう思うでしょうか。



◇掲載場所◇

『ことば』2023年―7月―Column6

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