Column7 「換骨奪胎」の話

 今回は、「換骨奪胎かんこつだったい」という言葉について取り上げようと思います。


     ☆


 先日、次のような一文をWeb小説サイトで見かけました。(いつものようにニュアンスだけ残して、内容は変えています)


 ——今日から連載をはじめた作品は、以前書いた短編を換骨奪胎かんこつだったいして、長編にしたものです。


 この一文に登場する「換骨奪胎かんこつだったい」は、「焼き直した」というふうに捉えられそうですよね。


 ですが、「換骨奪胎かんこつだったい」の本来の意味は、「焼き直し」(元の作品に手を加え、別の作品のようにする)ではありません。


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【換骨奪胎】『新選国語辞典 第十版』

 先人の詩文の着想や形式を借りながら、独自の作品に仕上げること。

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 上記の内容を読むと、「換骨奪胎かんこつだったい」とは、先人の詩文や作品の形式など借りて、自分なりの要素を加えて作品にすることであり、自身の過去の作品に手を加えたもののことを言うのではないことが、分かると思います。


換骨奪胎かんこつだったい」というのは、元々道教で使われた言葉です。

「骨を取りかえ、胎(この宿る所)を自分のものとする意」(『精選版日本国語大辞典』より引用)を持ち、転じて上記に引用した意味になりました。


 そして「換骨」には古人の詩文に基づいてことばを作るという意味があり、「奪胎」には古人の詩意に基づき、それを変化させるという意味があります。

 こう考えると、「換骨奪胎かんこつだったい」を「焼き直し」と同じように捉えるのは、いささか変ではないでしょうか。


 ただ、辞書を引いてみると、「焼き直し」と捉えることを認めているものもありました。調べた内容を下記に記します。



●「換骨奪胎かんこつだったい」を「焼き直し」と捉えることを認めている辞書

『三省堂国語辞典 第八版』


●「換骨奪胎かんこつだったい」を「焼き直し」と捉えることを俗語として認めている辞書

『学研現代新国語辞典 改訂第六版』


●「換骨奪胎かんこつだったい」を「焼き直し」と捉えることは誤用としている辞書

『明鏡国語辞典 第三版』『新明解国語辞典 第八版』


●おそらく「換骨奪胎かんこつだったい」を「焼き直し」として捉えることを認めていない辞書(⇒言及されていない・用例がないため)

『旺文社国語辞典 第十二版』『三省堂現代新国語辞典 第七版』『岩波国語辞典 第八版』『精選版日本国語大辞典』『デジタル大辞泉』『大辞林4.0』『旺文社標準国語辞典 第八版』



 上記を見て分かるように『学研現代新国語辞典 改訂第六版』は俗語として認めており、『三省堂国語辞典 第八版』に至っては本来の意味と同じように、「焼き直し」(「俗」の表記なし)と書いてありました。


 ちなみに、『三省堂国語辞典 第七版』には、「焼き直し」の意味が掲載されていなかったので、今回の新しい版からこの意味が入れられたようです。つまり、それくらい「換骨奪胎かんこつだったい」を「焼き直し」と捉えている人が多く、通じるということかもしれません。


 ですが、私はこの辞書の語釈に、何と言いますか皮肉めいたものを感じました。


「焼き直し」というのは、「すでに発表された作品に手を加え、別の作品のように見せかけて発表すること」(『明鏡国語辞典 第三版』より引用)という意味です。


「見せかけて」というのは、うわべをつくろっているわけですね。(それがダメというわけではないです)


換骨奪胎かんこつだったい」は、骨を換え、胎を奪うと書きましたが、それによって仙人になると考えられていたんです。仙人は新通力を持っていたり、不老不死の術を持っていたりしていて、道教で理想とされた人なんですね。

 それが「見せかけ」になったら、仙人ではないわけです。見た目だけ仙人の中身のない人になってしまう。


 つまり、「換骨奪胎かんこつだったい」を「焼き直し」という意味で使うときは、過去の作品以上ではない、それ以上にはなりえないという皮肉が込められているのではないかなと思いました。


 さらに『三省堂国語辞典 第八版』の「換骨奪胎」=「焼き直し」を認めている用例には、「換骨奪胎にすぎない」とあります。つまり自身の作品に手を加えて別の作品に仕立て上げたけれども、それ以上ではないということをここでも言っているわけです。


 どちらにせよ「換骨奪胎かんこつだったい」を自身が過去のものに手を加えたものの創作物に対して使うには、少し考える必要があるのかな……と個人的には思います。




〇2024.4.13

 ミスリードしていると思われた箇所について、加筆いたしました。

 ※内容自体は変わっておりません。

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