フラグメンツ

灯油蕁麻

第1話 再生

 0


 記録の再生を開始します。


 1


 真っ新な場所に私一人。


「ハロー」

 揺れる映像。

「こちら西暦3000年と少し」

 走るノイズ。

「これはまだ先がある過去への警告。これはもう先がない過去への悔恨」

 言葉を紡いで。

「もう終わるこの世界から、君たちに向ける餞別だ」

 紡いで、紡いで。

「我々の世界が終わるその理由ワケ、致命的な間違いの提示を今ここで」

 ゆっくりと、落ち着いて、息を吐いて。

 間をとり、今こそ告げんとする。定めた意思を確固たる意思にして。

 これが一番大切なこと。例え最後の一歩を踏み出させる行為だとしても。


「——————いずれ訪れる終末に、絶望以外を見出せるように」


 ***


 真っ暗な部屋に私一人。


「まず始めに、世界大戦の群発があった。文字通りの世界大戦。並行世界は既に証明されていた」

 ホログラムを眺める。

「唯一の非戦争世界だった我々は、しかし日に日に増加する難民を受け入れるまでのキャパシティを持ち合わせてはいなかった」

 揺れる映像。

「時に、戦争は科学を驚異的なまでに進歩させる。それが大規模であればなおさら。

 この場合も例に漏れず、そしておこぼれに与った。

 電脳空間を作り、地球から移住しようと試みた。

 そうして我々は、これこそが最大の過ちだったのだが、肉体から——」


 頭にきた。

 MP4プレイヤーを終了させる。

 折角MP4ファイルなんか見付けて、今時珍しい骨董品だと喜び勇んで再生したのも束の間。

 結局はただの無粋な同時代人によるオカルト話だった。


 そう、確かに私たちは肉体から解脱げだつした。

 だがこれが過ちだったと? 笑わせてくれる。

 これほど人類を幸福へと導いた科学は過去あとにも未来さきにも存在し得まい。

 なんて言ったって不老不死!

 かつて数多の人間が求めた夢物語は、今や全人類へ無条件に与えられるのだから!


 ***


 只今西暦3000と100年ほど。

 肉体から解放され精神体と成った人類は、電脳空間へ活動拠点を移した。

 気が向いたら肉体を伴い地球に降り立って、それでも干渉はせずに。

 確証のない明日を盲信し、今日も今日とて一日を浪費している——。


 2


 電脳に生きる人たちは皆、自らの永遠性を信じて疑わない。もちろん私を含め。

 肉体を持たない以上、物質的な死を持たないから。

 三位一体の考えを用いるなら、私たちは「精神」と「魂」だけの状態だ。

 そういう訳だから、このニュースにはひどく驚いた。

 

 いつも通りに一日を過ごし、日課をこなし、暇をつぶそうとみたホログラム番組。

 たいして面白くもないバラエティーを惰性で見て、最中に飛び込んできた速報。

 なんでも、第2世代——電脳への移民の親から産まれた子ども——がそろいもそろって一斉に死んだとのことで。

 衝撃、天地がひっくり返ったよう。いや、自分の存在の前提を崩されたのだから文字通り天地がひっくり返ったと言って差支えないのでは。脈絡のない言葉が次々と生成される。

「でも」

 理由がわからない以上、何かの間違いじゃない?


 ***


 正直な話もう少し現実から目を背けていたかった。

 しかし、急遽組まれた特番は人が死んだという現実を突きつけ、早くも原因の解明を始めようとしている。

 高度な情報社会も考え物だ。展開があまりに早すぎる。

 けれど現実逃避をしても何の生産性もなし。

 退屈凌ぎにはカロリーが高すぎる気しかしないが、揺れる映像に意識を向けた。


 ***


 専門家がなにかしゃべっている。

 専門家なんて運営システムがある今不要なものだっただろうに。募る不信感によって引きずり出された所詮アマチュアと言ったところか。

 魂がどうこう、肉体がどうこう言っているが頭に入ってこない。必死に理解しようと努めているのに。

「あいつなら分かりやすく説明してくれそうだな」

 とある人物の顔が頭をよぎったその時、丁度通知が一件。

 件名は、空白。

 噂をすればなんとやら。差出人は、今想起したその人で。


 3


「久しぶりだね、キュオシー」

 通知にはどこかで会って話そうと言う旨が簡潔に綴られていた。

 場所はいつもの喫茶店。小洒落た店内の片隅を彼と自分は侵食し、「それでも、彼にはまったくの別物に違いない」とそんな特筆すべきことでもない、当たり前のことを再認識させられた。


 ***


 ここは電脳、昔と違って肉体と言う器に囚われない。

 そんなわけだから、人それぞれで見えるもの、聞こえるものが違う。それぞれの脳に適した形へ、世界を変換する。

 自分には木の机に見えていても、彼にはテーブル状の岩に見えるかもしれない。まして、人が人の形を保っているかも保証できない。

 それほどまでに肉体から卒業したことの弊害は大きく、あまりに自由すぎるが故に人は成長を拒絶した。初めて電脳で産まれた赤ん坊は、産まれてもなお泣かなかった。しかし肉体がないため死ぬこともなく、永遠を揺蕩うことになった。最近その永遠は剥奪されたわけだが。

 以って子どもはシステムから生涯を尽くす方向性を授かり、魂に刻まれて、産まれるようになった。

 名前に魂の方向性は現れる。本人が名前から逆算することは不可能だが。

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