6、 北斗七星を探そう
西の山に沈むスピカを見送ると、ホシコは自分のかわいい両頬を軽くたたいた。
なんの気合入れだろう?
あ、眠気覚ましかな?
俺は、ホシコは夜更かしが苦手と心のメモ帳に書きとめた。
目をパチと開いたホシコは、星空解説を始めた。
聞き取りやすい柔らかな声に、俺はそっと耳を澄ます。
天然のプラネタリウムで生解説を聞けるなんて、今回のキャンプは贅沢だなぁ。
しかも、長らく片想いをしていた女の子と二人きり。
こんな、幸運は一生に一度だろ??
「大地君、このまま視線を右横にずらしてみて。
北の空のひしゃくの形が見つけられたかな?」
「ひしゃくって何だ?」
「え、ひしゃくがわかんない??
神社で手を清めるところにある、水をすくう道具だよ」
そんなのあったか?
俺は、首をかしげる。
俺が行くような小さな神社には、鳥居と鈴しかないぞ。
「なんていえばいいんだろう??
『ひしゃく』は『ひしゃく』なのよぉぉ。お相撲さんも勝負の前に口を漱ぐじゃない? あれよあれ!」
「水を入れるものなのか? 湧水の近くに置いてある水汲みのことか?」
「水汲み? そう、それ。たぶんそれよ!」
俺は、なんとなく長い柄のついた水汲みを思い浮かべる。
あれ、ひしゃくっていうんだ?
すると、北の空に大きなスプーンのような形の七つの星並びと小さなスプーンのような星並びを2つ見つけた。
「大きい方は北斗七星があるおおくま座ね」
「ん? 北斗七星とおおくま座は同じ星座なのか??」
俺は、北斗七星と言う星座とおおくま座という星座は別のものだと思っていたため、驚いた。
「そうなの。おおくま座の中に北斗七星があるの。
逆かな? おおくま座の一部が北斗七星?」
へえ、そうだったのか。
俺はひとつ賢くなった!
俺は、ふむふむとうなずくとホシコはニコニコとしている。
ノッてきたらしい。
「おおくま座って、不思議なんだよね~。プラネタリウムで見ると、このおおくま座もこぐま座もしっぽが長いの」
ホシコは、楽し気にくすくすと笑う。
「熊は熊でもアライグマとか?」
「それも面白いね。これはね、ギリシャ神話では神様がこの熊たちを天にあげるときに、しっぽをつかんで投げたから伸びちゃったっていう説があるんだよ」
「なんだよそれ。しっぽが伸びる前に、とれるだろう!?」
「だよね~。そこまでこじつけて熊にしなくてもいいのに。ネコでもリスで、アライグマでもよさそうだよね」
ホシコは、笑いがこらえきれずにアハハと声を出して笑った。
かわいい……。
胸がほわっとなったが、そんな笑顔が自分に向けられたのは小学校以来の時であること気付き、幸せな気持ちはすぐさましぼんだ。
「……お前が、声出して笑ってるの久しぶりに見た気がする」
俺は、無意識につぶやいてしまってからハッと口を押えた。
ホシコは、俺のことが嫌いなんだから俺の前で笑うわけがない。
俺にとって珍しいだけでホシコにとっては、別に普通のことなのに、何を言ってるんだ俺は……。
「そうだね……。やっと大地君と同じクラスになれたのに会話らしい会話は、ほとんどしたことなかったね」
ホシコは少ししょんぼりとうなだれた。
いや、そんな顔をさせたくて言ったんじゃないんだ!
何度も話しかけようとしたけど、勇気が出なくてできなかっただけなんだ!
そう言いたかったが、何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうと思うと言葉にできなかった。
「…………」
「大地君もさ、昔ほどおしゃべりじゃなくなったよね」
「それは……」
ホシコを目の前にすると、結局、俺は何も話せない。
『大地くんなんか、好きなタイプじゃない!』
ホシコが小学校の教室で、そう叫んだのを今でも覚えている。
初恋の子にそう言われて、俺は深く傷ついた。
だからと言って、売り言葉に買い言葉で「俺もホシコなんかタイプじゃない」なんて言っていいわけもなかった。
俺は、どうしようもなく子供で酷いことを言ってホシコのことを傷つけてしまった。
嫌われて当然だと思うと、声を掛けるのは怖かった。
所在なく空を見上げると、スプーン型の星が目に映る。
ホシコは、熊だと言ったが俺には熊に見えなかった。
こんなに近くにいるのに、彼女と俺が見ている景色は違うんだと思うと胸がひどく締め付けられた。
「大地君、今日はいっぱい話そう!」
「……えっ!?」
驚いてホシコを見ると、ホシコは照れたようにニッと笑った。
それはどこか、小学校の時に一番親しかったあの頃の笑顔に似ていた。
☆
「そうねぇ。大地君はネコ派、犬派?」
「は? それ今聞く?」
俺は、拍子抜けしてコケる。
もっと話さなきゃいけないことがあるだろう??
「そういえば、大地君は小学生の頃、犬飼ってたよね?
まだ元気? 名前、なんていうの?」
「もう10歳だ。おじいちゃん犬だけど元気だよ。名前は『クマ』だ」
「え? 犬なのに、クマ??」
「子犬の頃、黒くてコロコロしててクマみたいだったから……」
「それって、絶対、大地君の名付けでしょ?」
「なんで分かるんだよ」
ネーミングセンスがないからか? それとも単純だからか?
どっちにしろ、あまり良い意味ではなさそうな気がして俺は頬を膨らます。
「やっぱり! そいうとこ、昔からブレないよね~」
ホシコは、何を思い出したのかニヤニヤした。
「小学校の時も大地君は、飼育委員で飼ってた白いウサギに『クモ』って名前をつけてた。ウサギなのに『蜘蛛』って、みんな笑ってたけどふわふわの『雲』のことだよね?
あと、赤くて頭のぷにぷにした金魚にも『イチゴ』って名付けてた」
堪え切れないとばかりに、ホシコはさっきのように声を上げて笑った。
「私ね。大地君のネーミングセンス変わってるけど、嫌いじゃないよ。カワイイ」
ネーミングがカワイイと言われただけで、俺がカワイイと言われたわけではない。
なのに、俺は真っ赤になった。
だ、ダメだ。男なのにカワイイと言われて喜んでどうする俺!
「俺のことはいいから、星の続きを頼むっ!」
「わ、星空に興味出てきた? じゃあ、続き行こう!」
ホシコは、くるりと人差し指を回し北斗七星を指差した。
彼女には、俺には見えない天の図が見えるのだろう。
俺も同じものが見えたらいいのに……と、思った。
「どこまで話したかな……?
北斗七星を探したところだよね。そのスプーンの先を伸ばしていくと北極星が分かるの。
カシオペア座が分かればその真ん中の星と結ぶと分かりやすいかもね」
「カシオペア?? 寝台特急か?」
「もう、何でそういうのは知ってるの?」
ホシコは、少しあきれながらつぶやき、北極星を見つけピタリと指差した。
「ほら、あれが北極星だよ。
北の空で動かない星で昔から航海の目印に使われている星」
「全然わからん。どれだ??」
「このくらい星がいっぱいだと逆に見つけるの難しいよね。こぐま座のしっぽの先の星でもあるんだけど……」
「あれか??」
「うーん。なんか違うなぁ」
「これかな??」
「なんだか、ずれてるよ……。ちょっとまってね」
ホシコは、俺が全く違う星を指差しているのを見かねて、そばに移動してきた。
そばというか、背後!?
背中にかすかにホシコの体温を感じドキッとする。
「後ろからごめんね。手を借りるよ」
耳元にホシコの息がかかり、俺の心臓がドッドと鳴る。
ヤバイこれ、彼女に聞こえるんじゃないか!?
ホシコは、俺の右手をとりその指先を北極星に合わせようとしている。
「うーんと、この星なんだけどわかった?」
「あ、うん! あの小さな星だよな!?」
俺は、あまり分かってないが分かったフリをする。
星のことなんて気にしていられる状況じゃない。
ホシコが俺の腕を握っているんだぞ!
彼女が触れるその部分だけがやけに熱い。
俺が意識し過ぎなのか!?
……いや、本当にホシコの手が熱い。
俺より、ホシコの方が火照っているのではないだろうか?
「北野、お前熱あるんじゃないか? すごい手が熱いぞ? 熱中症じゃないのか!?」
俺は心配になって、バッとホシコの顔を振り返った。
すると、ホシコは真っ赤な顔で狼狽えている。
「ほえっ!? 私の手、熱い? 熱中症じゃないかって?
そんなことないよ。ないない。ちゃんとお水飲んでるって!」
「ホントか? 保冷剤やるから、少し休めよ」
高原の夜はだいぶ過ごしやすいとはいえ、ホシコは女の子だし、運動部というわけでもないからさほど体力があるわけではない。
用心に越したことはないだろう。
「熱中症じゃないから、気にしないで。
えっとちょっと、緊張してるっていうか……」
ホシコは、顔を赤くしながら手でぱたぱたとあおぐ仕草をした。
心配だ……。
とりあえず、保冷剤をいくつか押し付けてやった。
「ほら、これ使えよ」
「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」
俺は、本当にホシコが心配で元気かどうか確認すべく顔を見た。
ホシコは、そんな俺の様子を見てなぜかうれしそうに微笑む。
「……?」
「ねえ、ちゃんと北極星おぼえた?」
「正直まだ、よく……」
「しっかり覚えて。
じゃないと、また
ささやくようなその言葉は、俺の心の奥の懐かしい記憶をさわと撫でた。
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