第5話 スピカは乙女の夢なのよ

 東の空を見上げていると、満天の星がチラチラとまたたいて見える。


 どうして、星は瞬くのだろう?

 そんなことを、ぼんやりと考えながら俺は傍らから聞こえるホシコの声に耳を傾ける。

 自然音しか聞こえない静かなキャンプ場では、普段話す声よりもホシコの声は小さめで、それがどこかこそばゆい。


「南の空には、紅い星が昇って来たね。あれはアンタレス。

 アンタレスは、さそり座の赤い星の名前よ。 アンチアーレスって言いうのが語源で、火星アーレス対抗する者アンチっていう意味なの」


 アンチ火星ってことか? へんな語源だったんだな。

 今にも拍動しそうな赤い星を見ながらふむと俺は納得する。


「さそり座は黄道十二星座こうどうじゅうにせいざの一つね」

「黄道十二星座?」

「簡単に言うと、星占いの星座のことよ。

 星占いの星座は、天の黄道こうどうっていう太陽の通り道をぐるっと一周して並んでるの」

「へえ、そうなんだ。星占いの星座も、自分の星座くらいしか分からないけどな」

「ち、ちなみに大地君はなに座なの?」


 ホシコが緊張気味に聞いてくる。

 俺の星座なんか知ってどうするんだ?

 嫌いなヤツの星座なんか、興味ないだろうに……。

 ああ、解説するのにきっかけが欲しいのか?

 俺は合点がいった。


「俺はさそり座だ」

「え、さそり座なの? 11月生まれ?」

「そうだ。11月3日。文化祭ごろっていうか、文化の日だな」

「文化の日がお誕生日っと……、文化祭がチャンス……?」


 ホシコがたき火の灯りの中、何か懸命にメモをしている。

 なんだ? 書きとめるほどの情報ではないと思うけど……。

 ああ、俺のことじゃなくて何か天文メモなのかも知れない。


 俺、自意識過剰すぎるな……。


「ホシ…北野は、なに座なんだ?」


 俺は、この流れなら不自然ではないだろうとたずねてみる。


「私はね。おとめ座よ。

 似合わないと思ったでしょう?」

「そんなことないだろ……」


 おとめ座、イメージぴったりじゃないか!

 俺にとってはマジ天使。

 とは言え、そんなことを言えない俺は少しもじもじする。


「気を使わせちゃったね」


 ホシコは、たはっと苦笑いをした。

 そんな顔をさせたかったわけではないのに、なぜ伝わらん!

 俺が愛嬌が無さすぎなのか?

 そこまで不愛想だとは思わないが、本人を目の前に褒めちぎることなど恥ずかしくてできないだろう。


「あのね。星座占いの星座は、占いの誕生月と実際に見える期間はずれているの。

 おとめ座は8・9月生まれだけど、星座が良く見える時期は春なんだ」

「よく見えるって言うのは、どういう意味だ? 明るくなるのか?」

「夜の間に高い位置で見えるっていう意味かな。時期によっては、見えたと思ったらすぐに沈んじゃうときもあるからね。今の時期みたいに」


 そう言って、ホシコは今までの反対の西の空を指差した。


「あの青白い星の周りがおとめ座。本当は春の星座だから、春だと一晩中見ることのできるんだけど、今は夏でしょ? 見えることは見えるけど、見えたと思ったらもう西の空に沈む時間になっちゃう」

「そうだな、すぐ山で見えなくなりそうだ」


 もうすぐ山に沈む、チカチカとひときわ瞬く青みを帯びた白い星が見えた。


 思わず手を伸ばしたくなるほどキレイだ……。


 けれど、届くはずがない。

 まるで、ずっと近くにいるのに声もかけられない、手も届かないホシコみたいだ。


ホシコは、星を見つめたまま話を続ける。


「あれがスピカ。

 麦の穂という意味なの。

 日本では真珠星しんじゅぼしなんて呼ばれてる」

「真珠星……。和名なのか?」


 俺は首をかしげる。

 星はすべてギリシャ神話から取った、外国の名前がついていると思っていたからだ。

 

「そう、日本の星の名前もあるんだよ。

 スバルなんて、外国の名前みたいに聞えるけど、あれも和名の星なの」


 へえ、知らなかった。

 ホシコは物知りなんだなぁ。

 本当に星のことが好きなのだと分かった。


「おとめ座は翼のある美女として描かれているけど、実は一人の女性だけをイメージしてるわけじゃないの。

 おとめ座は、正義の女神アストレイアであったり、豊穣の女神、大地の女神デーメテールだとも言われるわ」


 どれも女神とついているのだから、さぞ美しい女性なんだろう。

 ホシコにぴったりの星座じゃないか!

 俺がふむふむと感心して頷いていると、ホシコが緊張気味に質問をしてきた。



「君は、真面目で正義感が強くて規律を重んじる委員長タイプの子アストレイアと母性本能が強そうでおいしいものをいっぱい作ってくれるお料理上手な子デーメテールと、どっちがタイプ?」


 ん? なんだろうその質問は?

 タイプも何も、俺には女神も女子もどっちも一生縁がないと思うが……。

 そう思うと、マジでヘコムわ。


「俺は、タイプとか選べる立場じゃないし……」

「そんなことはないよ!

 何となくでいいのに、そんなに真剣に考えちゃうところも、いいと思うけど……ぶつぶつ」

 ホシコは、目をそらしてなにやら小声でつぶやいている。

 俺は、焚き火の薪がパチと爆ぜたので、炎が落ち着くように火掻き代わりの枝で少し崩す。

 それを見ながら、ホシコは思い出したかのように言う。


「あ、大地君はキャンプ飯は得意なの?」

「うーん。まあまあ? 自分で食う分には困らないかな」

「じゃ、料理はできるのか……。料理女子は×かな。委員長タイプはどう?」

「遅刻をとがめられそうだ怖いかなぁ。俺、週末はこうやってキャンプしたり夜更かしするから、月曜の朝起きられないことも多いしさ」


 話の流れにのってしまったが、モテない俺に選択肢はないのにホシコもねばるなぁ。

 恋バナがしたいのか?

 でも、人選を間違ってるぞ??


「ふむふむ、なるほど。

 どっちも有力候補ではないっと」


 ホシコ、何をメモしてるんだ何を。

 彼女の手元を凝視していると、それに気づいたホシコはわたわたと取り繕い話を変える。


「えっと、なんでもない、なんでも。

 そうだ。誕生石じゃないんだけど、真珠っていいよね」


 そうか? 女子は、ダイヤとかキラキラする石の方が好きなものだと思ってたけど、ホシコは星にまつわるものなら、何でもうれしいのかもしれないな。


「好きな人から『スピカだよ』って言って、真珠パールをプレゼントされたらうれしいなぁ」


 ホシコ、好きな男がいるのか!?

 そいつから、真珠のネックレスとかもらいたいのか!?

 俺は彼女と共にチャペルの鐘を鳴らす男の姿を想像し腹立たしく思い、少しぶっきらぼうに言ってしまう。


「……北野は、ずいぶんロマンチストなんだな」

「うわぁぁ。私、声に出してた?

 あ、今のナシ。聞かなかったことにしてっ!!」


 ホシコは、顔を両手で隠しながら真っ赤になって恥ずかしがっている。

 くそっ、めちゃくちゃ可愛いじゃないか!

 ホシコにこんなに想われてるヤツは誰なんだ!!


「えっと、言い訳するけど。女の子はみんなロマンチストなのよ。好きな人から指輪をプレゼントされるのを待ってるんだから」


 指輪なのか!? ネックレスでもピアスでもなく指輪じゃなきゃダメなのか!?

 あまりにもハードルの高いプレゼントに、俺は絶望した。

 サイズも分からなければ、どこで買うのかすら見当も付かない。

 世の彼女持ちの男子は、みんなそんなレベルが高い買い物ができるのか??

 呆然とする俺をよそに、ホシコは顔をまだ赤らめながら話をそらす。


「大地君は、今、欲しい物とかある?」

「えっ!? ああ。うん。

 そうだな、ファイヤースターターが欲しい」


 しどろもどろにやっと答える俺に、ホシコはきょとんと小首をかしげて言う。


「スター? 星好きだったの?」


 ぶっ! ホシコ、おもしろすぎだろ。

 でも、キャンプやバーベキューをしない人にはわからないものか。

 普通はライターで事足りるもんな。

 俺は、笑いながら返事をする。


「ファイヤースターターは、火起こしの道具だよ」

「あ、スターじゃなくて、スターター?

 なるほど~。欲しい物はキャンプ道具っと……」


 ホシコは、また何やらホシコメモに書きとめた。


「もう、こっちの恋は着火してるんだけど……」


 彼女は小声で何かつぶやいたが、高原を渡る気持ちいい風の音で俺には何も聞こえなかった。



 

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