第3話 ホシコは宙《そら》ガール
ホシコは、俺をジト目でにらみつけるとまくし立てるように早口で話し出した。
「ほら、この望遠鏡を見て!」
テッテレー的な音が聞こえてきそうな気がしたが、気にしたら負けだ。
「望遠鏡を使っての天体観測は、ガリレオがはじめたって言われてるのよ。ガリレオ、知ってるよね!?」
「名探偵の名前か?」
「ちょっと何言ってるのか分からないよ……」
う、ウケなかった……。
ガリレオなんて、名前しか知らないぞ。
何をした偉い人だ??
俺は、ホシコに呆れられないように頭をフル稼働させたが、どうにも思い出せない。
とはいえ、ホシコはそんな俺の様子は気にしていない様子で話しを続けた。
「ガリレオって言ったら、ガリレオ・ガリレイ。イタリアの有名な天文学者よ。
彼は10倍とかの望遠鏡で月のクレータや満ち欠けを観察したの」
天文学者の名前だったか、俺が知るわけがないだろう。
理数はいつも赤点ギリギリだぞ。
「400年以上も前よ。400年、すごいと思わない?」
「ああ、すごいな……」
よくわからないが、ホシコが食い気味に語る勢いの方がすごいぞ。
それにしても、会話が続いてる?
俺は、タジタジになりながらもホシコが話を続けてくれるので助かったとホッと胸をなでおろした。
「ガリレオが有名なのは、地動説を唱えたからなんだけど、そのせいで捕まっちゃうのよ。今なら、地動説常識なのに、当時は天動説が信じられてたから。かわいそうすぎるよね。
それでやっと釈放されたときに言った言葉が有名な『それでも地球は動いてる』なんだって。
くう~、カッコいいよね!」
あ、ガリレオって地動説の人なのか。
それにしても、ガリレオでそんなに興奮するものか?
「ホシ…じゃなくて北野。お前、教室にいるときと全然ちがって、めちゃめちゃしゃべるな」
俺は、恐る恐る言ってみた。
この4年、全くと言っていいほどホシコと会話はできなかった。
ケンカをしたわけではなかったが、それでも小6のときに『好きなタイプの男子ではない』とクラスメイトの前で断言されたことで、声をかけにくく思っていたし、俺も売り言葉に買い言葉で『じゃあ、お互い様だな。俺も好みじゃないから』と、意地を張って心にもないことを言ってしまった。
子供の頃の話だが、それは俺たちの間に決して消えない大きな溝を作っていた。
「ごめん。私、うるさい?」
ホシコが、やってしまったとばかりに口をつぐみ上目遣いで俺を見た。
「いや、そうじゃない。ちょっと久しぶりと言うか、新鮮な感じがしただけだ」
これは、仲直りするチャンスだ。
もうちょっと、慎重に会話を伸ばして、謝るころ合いを見計らうべきだろう。
俺は、ボトルに入った水をゴクゴクと飲んで、ふうと一息つき動悸を抑える。
「よかった。私、先輩たちと天文談義をするのも楽しいんだけど、先輩たちだとみんな私より星に詳しいから、こんなにいっぱいはしゃべれないんだ」
「そうか。俺は分からないから、ちょうどいいかもな」
「うんうん。今日は、ガリレオみたいに月の観測はできないけど、ほら見てよ」
頭上に伸ばされるホシコのしなやかな白い両腕をたどれば、そこにはいつの間にか満天の星空が広がっていた。
「赤い星、青い星、銀の星、金の星。
まるで宝石みたい。キレイでしょ?」
ホシコは、キラキラと瞬く星を背景に俺を誘うように笑いかけた。
「もっと星のこと知りたくなったでしょ? 私が解説してあげる」
これは、星案内をすることを喜んでいるのか?
それとも、俺と話せることを少しは楽しみにしているということなのか?
分からない。分からないが、あまり期待しすぎて失望するのは怖い。
だから、目をそらし予防線を張ってしまう。
「北野。お前がさっき望遠鏡だって振り回したのは、『双眼鏡』だぞ」
俺は、情けない男だ。
「んもう! それは、分かってるわよ。
望遠鏡だと男子がいないと持ち運び大変なのよ。だから、私は双眼鏡派なの。
そんなこと言うなら、今度は運ぶのの手伝ってよ。山とか高原が多いんだから」
ホシコは、少しぷんすかしてる。
俺、さりげなく誘われた?
いやいやいや……。それはない。そんなことまで期待してはいけない。
その気になって、誘われたと思って勘違いだと言われたらもう立ち直れないぞ。
あくまで、努めて冷静に……。
俺は、星の素人でホシコはただのプラネタの解説員みたいなものだ。
それ以上を望んではダメだ。
俺は、自分を戒める。
「それで、天文オタクは何を説明してくれるんだ」
「『天文オタク』言うな!
今は、『
「北野だって、俺のこと『ぼっちキャンプ』って言ったじゃないか?」
俺は別に本気で怒ったわけではないが、ホシコは反省したのかしょぼんとした。
「……はい、すみません。反省します」
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