【連載中】北極星《ポラリス》は覚えない
天城らん
第1話 誰が為のソロキャン
「はぁ、はぁ……やっと着いた!」
俺は、ロードバイクに荷物をつけて家から1時間ほどあるこの高原にやって来た。
高1の俺の移動手段は、この自転車と自分の脚力だけだ。
坂道はきつかったが、やはり空気が美味しい。
俺は、達成感を覚えながらTシャツの右袖で顔の汗を拭う。
汗ばんだ肌を、高原の風が撫でるとひんやりと気持ちがいい。
蝉しぐれを聞きながら、緑の匂いがする清涼な空気で肺の隅々を満たし、俺は草原に寝転がる。
目の前には、白い雲と青空。
世界を独り占めしたような満足感に、にやりとしながらも、俺は次にすることを考えはじめる。
しばしの休息後は、テントの設営をしなければ。
俺は、自転車に付けてあるボトルを取り、ごくごくと水を飲む。
「よっし! 俺の城を作りますか」
俺は、月に1、2回程度この高原か近場のキャンプ場でキャンプをする。
いわゆる『ソロキャン』と言うやつだ。
なぜ始めたかと言うと、少々長くなるので割愛するが、小学6年の時に山で遭難した経験からだ。
その時に、どんなことがあっても大切な人が守れるように、生き延びられるように体力をつけて、サバイバル術を身に付けるべきだと思いいたった。
俺はその頃、山猿のようにすばしっこく、足も速かったが、滑落した沢の下では何の役にも立たず、
無力なのは罪じゃないが、俺は無力なままではいたくなかった。
出来る努力はしてみようと思い立ったのがキャンプだ。
それから、近所の山に登り、キャンプをはじめた。
小遣いをためて、キャンプ道具を買いあつめるのも楽しい。
思っていたサバイバル術と少し違うが、電気のないところで食事を作ったり、真っ暗な屋外でひとり夜を明かすことは、自分と向き合うようで回を重ねるごとに発見があり、ハマって行った。
強くなれているかは分からないが、それでも、あの日、山の中で泣くのをこらえていた小さな俺よりは、だいぶたくましく成長したと思う。
「来年の誕生日が来たら、原付の免許をとるかなぁ。そうしたら、もっと遠くのキャンプ場に行けるよな」
とはいえ、俺はそんなに勉強が得意ではないから、バイトばかりしていたらキャンプ自体も禁止されそうだし、頭の痛いところだ。
軽いため息の後、顔をパンパンと叩き気合を入れる。
どこまで出来るか、どこまで行けるかを試すためのソロキャンプだ。
とにかく、動いてから考えるのが俺のやりかただろう?
俺は、自転車のサイドバッグからテントとたき火台を取り出し、設営を始めた。
☆
設営が終わり一息つき、ヒグラシの声に耳を澄ます。
寝転がりながら空の色が変わっていくのを眺める。
白い雲は、金の光を透かしながら梯子をかけ、やがて空は茜色に染め上げられる。
そしてヒグラシが鳴き止むと、しばし蒼い静寂が訪れる。
樹木の大きな影が伸び、そのわずかに残る蒼い色を喰らうと闇が訪れる。
初めてキャンプをしたころは、それがひどく怖かったのを覚えている。
電気のない生活など考えたこともない。
それに、
それでも、そこを越えたいと思って始めたことだったのだから、逃げ出すことはしたく無かった。
どこまで我慢できるか、手元に懐中電灯とランタンはあったが、つけなかった。
闇に目を凝らしても何も見えなかったが、耳を凝らすと最初は自分の心臓の音しか聞こえなかったのに、様々な音が聞こえてきた。
虫の鳴き声、鳥の鳴き声。林を渡る風の音。
夜の闇の匂いに混ざって、樹木の冷涼な香り、湧きたつ草の香り。遠くの山で降る雨の匂いさえ感じられた。
そうすると、とても狭く息苦しかった闇の世界が急に広く感じられた。
手を伸ばしても届かないほど、闇は深く遠く、懐が深い。
そうして、心を落ち着けて再び目を開けると星灯りに気付いた。
見上げれば満天の星空だ。
空から見つめられいるようで、ぞくりとした。けれど、嫌ではなかった。
ああ、ひとりではない。そんな安心感があった。
そうして、闇には慣れたが……。
「やっぱり、灯りがあるのはいいよな。一番安心する」
今日は、日暮れ前にしっかり火を起こしておく。
俺は、たき火が好きだ。
闇の中、赤く光る灯火。
ちらちらと揺らぐ炎を見ていると、心が落ち着く。薪をくべると、命を継いでいるような、どこか厳かな気にすらなる。
この高原には何度も来ているから、焚き付けに使う杉っ葉も松ぼっくりもどこを探せばあるかよくわかっている。
焚き火用の着火剤も念のため持ってはいるが、使いことはほぼない。
「さすがに俺も慣れたもんだな」
俺は苦笑した。
上手くたき火が出来るようになったのは誇らしくもあるが、同時にこれではただの趣味人では? という気にもなる。
今日の火もマッチでつけてしまった。
サバイバルはどうした?? と、もう一人の俺がツッコむ。
なんだか、容易に火がつけられるようになり、サバイバルとは程遠い気がした。
それなりに道具を準備していれば、サバイバルに必要なほどの困難に当たることはないと気付いてしまってからは、サバイバルの訓練よりもむしろ、軽量な装備をさがしたり、いかにそれらを圧縮して持ち歩くかということに興味が湧いている。
とは言うものの、やはり燃料式のもの以外で着火できた方が、カッコがいい。
「ファイヤースターター、買うかなぁ」
金属製の火打石のようなものだ。
ライターやマッチがなくとも、種火が起こせる道具だ。
俺は、マッチで起こした火が順調に大きくなるのを確認しながらブツブツと思案しながらつぶやいた。
☆
ソロキャンプを始めた動機は、小学生のあの日、
ただ、気がかりなのは
いつか一緒に、あの時の怖さを忘れるくらい楽しい登山やキャンプに連れて来てあげられたらとも思っていた。
「けど、俺、完全にフラれてるしなぁ……」
小学六年生の時に、林間学校の登山で一緒に遭難した
大ちゃんとは、俺の当時のあだ名だ。
結局、星子とはその後も仲直りもできず。中学では3年間違うクラスで接点がないまま終わり、偶然にも再び同じ高校の同じクラスになったものの、なんとなく声を掛けづらく、5カ月たった今でも、よそよそしいままでいた。
可愛くて気も合うし、大好きだったのになぁ。ホシコ。
もう、そんな風に彼女をあだ名で呼ぶことは二度とないのかと思うと、憂鬱な気分になった。
* * * * * * *
元ネタは、2023年のこえけんのAMSR部門にエントリしたシナリオです。
シナリオ版とは少し異なる展開となっています。
けど、概ね同じなので先が気になる方はシナリオ版もどうぞ。
<AMSR台本>ぼっちキャンプのはずが、幼馴染でクラスメイトの星好き女子がなぜかガチで解説してくる話 -
https://kakuyomu.jp/works/16817330662645477604
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