第七話 縋った手のその先に④
◆
幼い頃この
確かその時黎も一緒に居て、たまたま忍び込んだ部屋にあった
「あの時も結局、黎のせいで君塚に見つかったのよ」
でもあの時実は小夜もすごく怖かった。誰もいない、広いだけの
小夜は今いる自分の部屋を見渡した。皇太子妃に用意された新しい寝室。綺麗に掃除され塵一つない、調度品も美しい。完璧なはずのこの部屋は、どこかあの時の物悲しさを思い出させる。
窓際で月を眺めていると、ややあって静かに入り口の扉が開かれた。小夜しかいない部屋に入ってきたのは、今日晴れて小夜の夫となった煌だった。
「明かりをつけていないのか」
少し驚いたような顔をした煌は寝台の脇に置かれていた明かりを灯す。窓際の卓に座っていた小夜の元にやってきた煌は、小夜の前に餅の置かれた小皿をさしだした。
「これは……」
「
そう言えば今日は朝から婚礼の準備に忙しくて食事なんてろくにありつけていなかった。供膳の儀の際に食事は出たが、そんなもの喉を通るわけもなくて、
「今夜はもう私と小夜しかいない。良ければ食べなさい」
そう言われて反射的に目の前の小さな餅に手を伸ばした。一口で食べきれてしまう大きさの餅を手に取って、小夜は固まる。
どんなに腹がすいていようと、今の小夜には何も喉を通る気がしなかった。
「……黎は、未だ行方不明だ」
小夜はどきりとして餅を持つ手が震えた。呼吸が浅くなって息が苦しい。
「大丈夫だ。今碧軍が総力を挙げて捜索してくれている。できるだけ
彼女の名誉。もし、黎を連れ去ったのが無慈悲な共産主義者だったとして、黎が数日行方をくらませたとしたら、たとえ戻ってきたとしても彼女は好奇の目に
月夜に浮かぶ煌の顔は酷く頼りなげだ。青く見えるのはきっと光のせいだけじゃない。彼は取り乱している。
「大丈夫だ……、何も案ずることはない」
そう言って煌は隣にいる小夜の肩を抱いた。彼が自身の怯えを隠そうとしている事を小夜は察し、そして知らないふりをした。
小夜は煌よりも恐怖を抱いていない。こうしている今も、黎は心無い犯罪者の元に囚われているのかもしれない。だが、――小夜にはどうしてもそうは思えなかったのだ。
「煌様、黎は……自分でこの宮殿を抜け出したという事はありませんか?」
「えっ……?」
煌は虚を突かれたように固まる。彼にとっては予想外の事だったのだろう。思いの外冷静で、――どこか冷酷な小夜の表情を見て彼はどう思ったか?
「黎がそんな事するはずないだろう」
答える煌はどこまでも平静だった。彼が本当に黎の事を信じ切っているのか、あるいは虚勢なのか、小夜はわからずただ苛立ちを
「では、煌様」
沈黙を破るように小夜は静かに問いかけた。
「もしいなくなったのが私であったら、貴方は同じように私の身を案じてくださいましたか?」
我ながらばかげた質問だと思った。煌の事は嫌という程知っている。彼が出す答えなど一つしかないと、わかっているのに。
「当たり前だろう。小夜も黎も、私にとっては大切な幼馴染で、かけがえのない家族だ」
「……いいえ、違うわ」
それでも小夜は首を振った。煌の答えは本心だと確信しているのに、それでも小夜はその答えを否定するほかなかった。
「私が言いたいこと、貴方ならわかるはずよ」
「……」
「ねえ煌様、私は――」
だがその続きを言う前に、突然煌が立ち上がった。向かいに座っていた小夜を立ち上がらせ抱き上げると、有無を言わさず寝台に横たえる。
「あ、煌様……!」
「小夜」
抗議しようとしたのに、名を呼ばれただけで身体は動かなくなる。抵抗も、逃走も無意味だという事を一瞬にして気づかされる。
「小夜、私は一人の男である前に皇太子だ。この国のために生き、この国のために死ぬ。そのためなら私はどんな感情も捨て置く覚悟がある。小夜、私は今日君を后として迎え、生涯愛する事を誓った。だから、君も后として役を全うする覚悟を決めてほしい」
それは裏を返せば、小夜を后に迎えた事に感情がないという事。ただの義務で、本当の感情を押し殺さなければ、なす事が出来ないという事。
(そんなのもう、答えが出たようなものじゃない)
寝台に横たえられた小夜に煌が覆いかぶさる。これから行われる儀式に小夜はどんな気持ちで臨めばいいのかわからなくなる。
――嘘つき。
胸が痛い。心臓が張り裂けそうなほど辛くて、それでもこれからただ一人の妃として煌に愛される事が嬉しくて。
心と体が
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