どこまでも来る

くろいきつね

第1話

---来るな、もう来るな。

そう心の中で祈り続けながら、私は知らない道を無茶苦茶に走り続ける。だけどそんな私をあざ笑うかのように、そいつはどこまでも私の視界に現れ、その2メートル近くあるであろう細長い体躯と、人間ではないと一目でわかるような、おぞましい満面の笑みを見せつけてくる。もう夜で暗いはずなのに、そいつの顔だけはやたら鮮明に映っている。

嫌だ、嫌だ、どうしてこんなことになったんだ。私はただ、あそこから逃げて、家に帰っるだけなのに。ただ帰り道に、あいつを少しだけ見ただけなのに、それだけで、あいつは追いかけてきた。視界のどこかには必ずいるくせに、私を追いかけるスピードはひどくゆっくりだ。

息はもう切れ切れで、肺が痛い、汗が止まらない、足がもつれて、転びそうになる、スカートがばさばさと暴れる。それでも走らないと、あいつがくる。あの真っ白な顔が来る。もし捕まったりしたのなら、何をされるかわからない。

「うっ!?」

曲がり角を曲がろうとしたその瞬間、何かに弾かれて私は転んだ。硬いコンクリートが私の肌を撫でて痛みを感じさせる。息も絶え絶えで、地面に尻餅をついたまま顔を上げて前を見た。

「ぁ...」

目の前にいたのは、身長2mはあるであろう細長い体躯に、人間のものではないと一目でわかるような満面の笑みを張り付けた、あいつだった。こっちをじっと見つめて、ゆっくりと手を伸ばしてくる。

何も考える暇もなく、私は駆け出していた。肺は破れそうなほどに痛く、喉まで締め付けられているようだった。それでも恐ろしくて、走るしかなかった。

走って、走って、走った。限界を迎えて足を止めた頃、気づいた。

あいつが、私の視界から消えている。辺りを見渡してもあるのは薄暗い建物とブロック塀ばかりで、あの満面の笑みはどこにもない。

そう気づいた瞬間、不思議な安堵感に包み込まれ、体から力が抜けて私はぐったりとその場にへたり込んだ。

ようやく、逃げきれた。

息がようやく整ってくると私は立ち上がり、家へと向かう。足は重いけれど、早く帰りたいから少し急ぐ。

しばらく歩いて家の近くまでたどり着いた時、気づいた。

あいつが、いる。しかも家のドアの前に。

私は気づいたらまた走りだしていた。少し走って、あたりを見渡す。そこには不気味なほど薄暗く、音のない静かな街並みに、突っ立っているあいつが2体。

あいつが、増えてる。2体になってる。ゆっくりこっちに近づいてくる。

いやだ、来るな、来るな。

そう念じながら、私はまたがむしゃらに走り始める。でも、あいつはどんどん増えていく。

2体から4体、4体から8体、8体から16体と増えていって、やがて周りの塀や家、道も全部全部あいつになっていく。

逃げ場を求めて空を見ても、空はあいつで埋め尽くされていて、今にも全部落ちてきそうだった。

世界が全部あいつになる。その満面の笑みが、視界のどこに行ってもある。

嫌だ、嫌だ、来るな、戻れ。

そう念じてもあいつは増えていって、そして私の周りを取り囲んだ。

やがて瞼の裏にも満面の笑みが見えてきた。どこにも逃げ場がない、この世界で私だけが、あいつじゃない。

「--そうだ」

世界で私だけがあいつじゃないなら、私もあいつになればいい。そうだ、この手があった。

そう思ってからは簡単だ、まず私は足を延ばした。視界が高くなって、周りのあいつらと同じになったら、私は満面の笑みを浮かべた。

ああ、これで、何も怖くない。

私は嬉しさのあまりまた、走り出した。肩の荷がすっと下りたように楽になって、体が軽い。

これで私は安心d








----「今日未明、京都市右京区の住宅街で、トラックに跳ねられた少女が死亡する事件が発生しました。

今日未明、京都市右京区の住宅街の交差点で、大型トラックと少女がぶつかり、少女が死亡しました」

「少女は意識不明のまま病院に運ばれましたが、死亡が確認されました」

「インタビューでトラックの運転手は『突然飛び出してきた』と語っており、遺族は『娘は精神疾患を抱えていた』『精神病院に入院させていたはずなのにこんなことになるなんて思っていなかった』などと語っていて、警察は原因の捜査を進めています」

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