第2話 コンと飼育員とお菓子好きな女の子の話 その2
夜。
アパートに帰ってくると、スマートフォンに大学時代の友人からLINEのメッセージが届いていた。
『おつかれ。仕事終わった?』
ヨシミはリュックサックを投げ捨てるように置くと、ベットに転がる。
『市役所の奥の方で事務仕事がよかったのに、なんで動物園なんかで働いてるんだろ』
メッセージを送ると、すぐに既読がつき、返信がきた。
『いいじゃん。飼育員さん。子供の憧れのお仕事だよ』
『やだよ、臭いし汚いし。もう辞めようかな』
少し間をおいて、また返信が来る。
『次の休み、明後日だっけ?』
『うん。木曜日』
『どこか行こうよ。話し聞くよ』
『うん。行く』
ヨシミは久々に嬉しそうな顔になっていた。
次の日。夕方。
また、コンのフェンスのところで、女の子は座っていた。
ヨシミが近付くと、女の子は顔をあげ、また匂いを嗅ぐ。
「あ、昨日のお菓子のお姉さんだ。こんにちは」
「えっと、昨日の……」
「シキだよ」
「へ?」
「私の名前。
女の子――シキはそう言って笑顔を浮かべた後、さらにこう続ける。
「お姉さん、コンさんのお世話係だよね。とってもいいヒトだって、言ってた」
「言ってたって、誰が?」
「コンさん」
フェンスの内側で、コンが大あくびをした。
「シキちゃん、コンとお話しが出来るの?」
ヨシミはそう言ってから、なにをバカを言っているんだと首を横に振った。
しかし。
「えへへ」
シキは誤魔化すようにはにかむと、小走りで去っていった。
「ねえ、コン。あの子とお話しできるの?」
ヨシミが話しかけると、コンはのびをして、運動場の奥の方へと行ってしまった。
次の日。木曜日。
ヨシミは友人と街中のオープンカフェにいた。
動物園のスタッフはシフト制であり、必ずしも土休日が休みになるとは限らない。
一方で友人は大学を留年して今なお学生だ。足りない単位はわずかなので、気楽に過ごしている。
ヨシミとしては、卒業後の進路はどうするんだよ、と言いたいところだが、同時に彼女の何事も楽観的にとらえる部分を魅力だとも感じている。
「そっか。大変だったね。なんか動物園特有の面白い話はないの?」
友人の前に置かれているのはブラックコーヒー。ヨシミが飲めないやつ。
「そう言えば昨日、キツネと話せるって女の子がいた」
ヨシミはそう言ってから、大きなパフェをスプーンですくって一口食べた。
「なにそれ? 面白いじゃん」
友人が食いついたので、ヨシミは昨日、一昨日のシキとの一幕を話した。
「――ってことがあったの」
パフェは半分くらいになっていた。
「案外さ、その女の子本当にキツネと話せたりして」
友人は冗談っぽい表情で言った。
「まっさか」
ヨシミは軽く笑う。
その時、子供の声が聞こえてきた。
目をむけると、数人の小学生がいた。皆、学校帰りのようだ。
「あれって……」
ヨシミはつぶやく。
小学生の一人はシキだった。数人の男の子に取り囲まれ、口々に何か言われていた。
シキも必死に言い返しているようだが、いかんせん相手が多く押され気味だ。
やがて、男の子たちは去っていき、その場にはシキだけが残った。
「ちょっとごめん」
ヨシミは友人にそう言うと、小走りでシキに駆け寄る。
「大丈夫?」
ゆっくりと、シキはヨシミに顔をむけた。
メガネのむこうの瞳には、涙で滲んでいた。
「平気だもん。このぐらい……平気、だもん」
シキはヒック、ヒックとしゃくりあげる。
追加で注文したパフェを、シキはあっという間にたいらげた。
「口にクリーム付いてるよ」
友人はテーブルにあった紙ナプキンを一枚抜き取ると、シキの口の周りを拭いた。
「お姉さんたち。ありがとう」
シキは落ち込んだ様子でいった。
「あの男の子たちにイジメられてるの?」
ヨシミが尋ねると、シキは少し考えて首を横に振った。
「今日、体育でテニスしたんだけど、そのときの様子が可笑しかったって男子たちが笑ってきて……全然上手にできなかったから」
友人は真剣な表情でシキの目を見る。
「テニス、難しいよね。今度このお姉さんに教えてもらえば? このお姉さん、テニスだけは上手いから」
友人は冗談っぽく言った。
しかし、シキは笑わない。
ヨシミと友人は目を合わせ、うなずき合う。
「家近く? 送っていこうか?」
ヨシミが言った。
三人で歩きながら、シキの話しを聞いた。
「私ね、夏休みにこの街に引っ越して来たの。でも、クラスで中々お友達が出来なくて……。それで寂しくて、コンさんにお話しを聞いてもらってたの」
「お家のヒトは?」
友人が訊く。
「パパもママもお仕事で、昼間はお家にいないの」
「ところでシキちゃん、キツネさんとお話しできるの?」
ヨシミが尋ねると、シキは小さくうなずいた。
「うん。お話しできるよ。この前のお休みにパパが動物園に連れていってくれて、そこでコンさんと仲良くなったの」
「コンちゃんは優しい?」
友人が尋ねると、シキは元気よくうなずく。
「うん。私のお話しをね、うんうん、ってずっと聞いてくれるし、色々なことを教えてくれるよ。今の私の、一番のお友達だよ。でも、お小遣いが貯まるまでしばらく会いに行けないかも」
シキの寂しそうな表情。
ヨシミはどうにかしたいと思ったが、どうにもできないことも察した。
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