アイスの世界でアイスをふる
トリスバリーヌオ
ポッキンアイスは世界を変える。
夏の暑い昼過ぎ、頭のすぐ横側にアサガオのような青と、コウモリのような黒でできた、冷蔵庫がありました。
少しだけ変わった冷蔵庫です。
二段目の冷凍室を「パカパカ」とあけると、横にくっついた扉から、「シャン」という鈴のような音が鳴っているのです。
それは昨年から続いているもので、一時期は「カパカパ」と「シャンシャン」させて遊んでいたのですが、数日後にはただのじゃまくさい、お弁当についているパセリのような物へと変わりました。
それは、あまりにしつこく遊ぶものですから、母の逆鱗に触れてしまったという要因があります。
もちろん私自身、鈴がうるさすぎて嫌になったのもあります。母のうるささに嫌気が差したのは言うまでもありません。
自明の理なのですが、そんな思い出深い冷蔵庫は明日から、もしくは明後日でこの家からオサラバするのでした。
嬉しいことに「悪いものには蓋をしろ」ではなく「悪いものは捨てちまえ」ですから、全く持って同感するほかありません。
倉庫の端で「ひっそり」とホコリを被っている洗濯機のことを私は知っています。
捨てられるのは当然の報いでしょう。
私と母の衝突を思い出す限り、あれも、それも、これも、どれも、みんなすべて冷蔵庫のせいなのですから。
そしてこれから行う「ガパリ」と二段目を開ける行為は、私がこの冷蔵庫に干渉する最後の機会となります。
にやりと笑みを浮かべ「パカリ」と冷蔵庫を開けました。
「シャン」と鈴の音が鳴りました。
すると中にはラベンダーのような紫色と、純金のように光り輝いている黄色でできたアイスがありました。
もちろん横に「チューチュー」という2つに割って食べるアイスがありますが、あれはペットの猫用に取っておくものですから、当然として手をつけるはずはありません。
勝手に猫へプレゼントしたと嘘を言えば、話は別ですが。
「多ければ多いほど嬉しいのです」そう呟いてポケットに突っ込みました。
変な包み紙、見覚えのないそれを手に取り口に放り込みました。
「シャン」と鈴の音が鳴りました。
「ぺりぺりっ」と包み紙を引っ剥がして「ぱくぱく」とした過程で見たのですが……なんと奇妙なことにアイスの表面、とんがり帽子を頭に乗っけた小さな妖精さんのような絵が描かれていたのです。
イラストが描かれていることが不思議という訳ではありません。
その精巧さと味に、いらいらとびっくりを得たのです。
詳しく言うと、きれいな見た目に騙されて食べてみるとレンニュウとあんこと氷のなんとも言えない甘さが、まずいというものです。
私はぎぢぎぢとした変な顔をしてソファに座り、あしを「ばたばた」しました。
「シャン」という鈴の音が鳴ります。
アイスをどんどん食べながら「そういえばアセロラのアイスは「ねちょねちょ」しているのでしょうか」なんて考えてみたり。
「そういえば固形物を「キンキン」に冷やしたらアイスなのでしょうか」みたいなことを考えてみたり。
「そういえば炭酸水を凍らせたら、お手軽に「シュワシュワ」を作れるのではないのでしょうか」と考えてみたりしました。
「シャン」という鈴の音が鳴りました。
「うんうん」と頭を振り回しながら考え続けましたが、どれもこれも答えが見つかるはずはなく、大きな鍋に醤油を1滴「ぽちゃん」と垂らすようなものでした。
「どうしてこんなことを考えているのでしょう」この言葉が私の最後となりました。
次の瞬間です!
立ちくらみのように眼の前が暗転したかと思うと、鈴の音が「どんどん」大きくなり、浮遊感に襲われたのです!
暗闇の中でとっさに腕と足をバタつかせて、なにかに捕まろうとしましたが、鶏がじゃんけんできないのと同じように、何もできません。
腕時計の針が「カチカチ」と、数回分くらいでしょうか。しばらくジェットコースターのふわふわを味わっていると、「トスン」とお尻に衝撃を感じました。
「わっ!」と驚いて後ろ手に受け身を取ると、床がとても「ふかふか」「ごわごわ」しているのに気づきました。
その「ごわごわ」はたくさんの毛がついた布のようなものでした。それに生き物みたいです。
めいいっぱい広げた手で少し押すと「ふしゅっ」と押し返してきます。
それに匂いも独特で、ツーと鼻を刺激してくるような甘い香りが漂っています。
柑橘系の酸っぱいものも感じました。
またまた「うんうん」頭を揺らして「どうしてこんな事になっているのでしょう」と呟きます。
そうすると視界の端からだんだん黒色のモヤが無くなっていきました。
「ようやくです」お目をぱちくりさせながら、ぼんやりと見渡しました。
まず初めに映ったのは赤色のベールでした。
半透明なそれは顔に触れるか触れないかのぎりぎりをたもっており、甘い匂いはそこから来ていたのだと察しました。
次に映ったのはこれまた赤色のカーテンです。
とても厚手でいかにも高価そうです。
色々と面倒になってぐるりと周り全部を見ました。
「そうですね、どうやら、私は、変なところに吸い込まれてしまったようです」
私がぺたりと座っていたのはベットでした。
お高いベットです。
ベットの頭の方にはでかでかと絵画のようなものが置いてあります。
ですが、絵画との距離がおおよそ20センチほどでしたので、全体像が良く見えません。
なので、べっとのお尻のほうへ、ちょこんと移動します。
「形容しがたき化け物です、正直趣味が悪いです」というのが自然に出てきました。
頭から手と足が生えて、頭足人のような見た目で、頭にはとんがり帽子をかぶっています。
「うーん、どうやったらこのような化け物を描けるのでしょうか」
「姫様、お目覚めでしょうか」
「————」
「ぱしん」と言う音を鳴らしました。
言語としてとらえるのが難しいくらいの金切り声を思わず上げてしまいました。
何故なら、後ろのカーテンが「しゃっ」と開き、金属の固い手が私の肩に「とん」と触れたからです。
いえ、べつに、肩を触れられるくらいどうってことないのですが、後ろを振り向いた時に、明らかに私と比べて頭身が低い人間のようなものがいたからです。
体を金属か何かの茶色っぽい鎧で覆っていたのです。
おもわず「ぱしん」と兜に平手打ちをしてしまったのは人間であれば、だれしもとる行動でしょう。
何でしょうか、この物体は、赤のベールが邪魔ですね。ぺろりとめくりました。
「姫様」
「は、はい、なんでしょうか。私は姫ではありませんよ」
「いえ、姫様。驚かせてしまい申し訳ありません。お目覚めになられたら姫様をお連れするように伝えられておりますので、申し訳ありません」
鎧を「がしゃがしゃ」とならしながら、腰を器用に曲げています。
私としては「頭がおかしくなるほど意味が分からない」この一言に尽きるのですが、見た感じ腰あたりに騎士が持つような剣が下げられているので、逆らうとどうなるか……容易に想像できますね。
「いえ、べつに気にしていません、こちらこそ叩いてごめんなさい」
無限です。
「いえいえ、姫様……」「こちらこそ……」先の長い廊下を歩いているような無が誕生しているのは、いったい誰のせいなのでしょう。
3週くらいしたところで、私の方が黙り込みました。
「では姫様、こちらにお手を」そう言って金属の小手を差し出してきました。
金属の小手です。
ゴツゴツしています。
私自身が姫であるなどと言う妄言を先ほどから聞き飽きるほど耳にしているのですが、その言葉が真実なら、こんな金属鎧を握らせようとするのは罰当たりな気がします。
私は小さく「罰当たりたりです」と呟いて手を取りました。
ひんやりしています。
ベットからふわりと降ります。
どうやら私は赤と黒のドレスを身にまとっているらしく、それにくっついている布たちがひらひらと舞います。
はたから見ると綺麗なのでしょうが、私目線だと、顔に薄布が当たったり、なめらかすぎる布質に少し「くすぐったさ」を感じてしまうので、良い物ではありません。
貧乏人には縁のないものです。
びっくりするくらい柔らかなじゅうたんに裸足で降り立つと、鎧の人が「こちらです」と腕を引っ張り始めます。
先ほどの絵画を見るに、私は何かの供物にでもされるのでしょうか。
「くとうふ、ふんぐるいむなう」そんな不思議呪文が聞こえてきそうです。
高そうなツボをぼんやりと眺めながら「てくてく」足を進めます。
廊下につながっていそうなデカデカ扉を鎧の人が開けると、何人もの頭身が低い人たちが現れます。
横にいる騎士みたいな人もいれば、頭にとんがり帽子を置いた誕生日パーティー好きがいたりと、キャラクター性に退屈しなさそうなものでした。
それらはみんな私か横にいる鎧の人に、ぺこりと頭を下げている様子です。
それは廊下の両端を埋め尽くすように、ずらりと並んでいて、「ぽしぽし」と歩くだけでも少し圧迫感を感じるほどです。
いえ、かなりです。
耐えられなくなった私は、小さくささやくような声で「どうして、頭を下げているんですか」ととんがり帽子、丁度近くにいた、周りと比べてすこし大きめ帽子に聞きました。
三角コーンのようなものを付けている人は頭を下げたまま「はい、僭越ながら答えさせていただきます。姫様に頭を下げるのは当然のことであり、姫様に礼を尽くすのは当たり前のことです。姫様に無礼を働くなど我々はできません」と早口で言いました。
なんだか頭がよさそうです。
口が早い人とパソコンを打つのが早い人は、頭が「キリっ」としている。
相場のようなものです。
私は立ち止まって鎧の人に「このひとを連れていきたいです」と言いました。
「姫様、申し訳ありません」と返ってきて少し残念です。
しばらく肌寒い廊下を歩いていると、ひときわ大きい扉の前へと着きました。
「ゴゴゴ」という音を立てながらそれは開きます。
まず目に入ったのは大量の人たちです。
右には鎧の人が、左にはとんがり帽子です。
そして正面にずしんと座っている王様のような人が居ました。
ここにいる誰よりも大きく、豪華な帽子をかぶっていて、後ろの方にあるつばが地面と接しています。
「だらしないです」ボソッと呟きました。
ボソッと呟いたのですが、この大広間みたいなところは声が増幅されるようにできているらしく、普通に話したときと同じような声量になってしまいました。
周囲に「がやがや」とどよめきが走ります。
あまりにも多くの人が話すものですから「姫様」と言う言葉しか聞こえません。
横で手をつないでいる鎧の人がぷるぷると「かしゃかしゃ」と震え始めました。
「大変なことになりました」と頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、いえ、抑えらえません。カクっとうつむきました。
私は意外にビビりであるという事が判明しました。
すこしこわいです。
鎧の人は私の手を離すと、腰についている剣っぽい奴に手をかけながら大きな声を出します。
「貴様ら! 姫様の御前であるぞ!」
大きく右足をあげると、床に思いっきり叩きつけて「バン!」というこれまた大きな音を出しました。
ひえぇ山が建ってしまうほどの怖い音です。
後退りしながら震えていると「驚かせて申し訳ありません。どうかお許しください」そう言って頭を下げてきました。
「も、もちろんでぅ……もちろんです」
辺りは「シーン」と静まり返っていました。
「さぁ、手をお取りください」
放心状態のままクソデカ帽子の真ん前までくると、鎧の人は私から一歩離れて後ろに下がりました。
切り替えましょう。
私は少し首を上に向けました。
金細工の施された背もたれのない、おっきなイスに座っている人です。
オレンジと金、青の帽子。
先ほどからなんだか引っかかるものがあったのですが、それが何なのかようやくわかりました。アイス表面に描かれていた妖精さんです。
下半身は鎧を着て、上半身は帽子の人が着ている、ローブのような感じになっています。
大分デザインは違いますが、大方似たり寄ったりです。
王様は大きく「バサっ!」とマントを
「我はこの国の王! 名は……である!」名前を言う時の声が小さすぎて聞き取れませんでした。
「美しい姫よ! 名乗るが良い!」いえ、ですから名前が聞こえなかったんですって。
「どうした美しい姫よ! 具合が悪いのか!」意外と優しいのでしょうか。
「早く名乗れ! 不愉快であるぞ!」前言撤回です。
「はい王様、私の名前は……です」あれ、私も声が小さくなっていますね。
「私の名前は! ……です!」どうしても小さくなってしまいます、ハンドルネームとかどうでしょう。
「私の名前はクリシェです!」言えました!
私がそう答えると、王様が「はっ!」と驚いたような表情をしました。
「素晴らしい! 名を言えるとは! さすがであるぞ! 美しい姫よ!」
周囲からも驚きと歓喜のような声が聞こえてきます。
「さあ! 皆の者! 姫を歓迎せよ!」
そう言って王様は立ち上がり近くにある、すごく小さな扉をくぐってこの場から去りました。
それにつられるようにして、騎士も帽子もどこかに去っていきました。
鎧の人と私、二人ぼっちです。
今更ながら、ここはどこなのでしょうか、アイスを食べたら変なところに来た。
こうとうむけいです。
周りをくるくると見渡したところで何かしらのヒントもありませんし……そうです! 鎧の人に聞けばいいじゃないですか!
「ここってどこですか?」
「姫様、王城です」
「いえ、違います。私はアイスを食べたらここに来たのですが、何故ですか?」
「……姫様、申し訳ありません。王様よりそのことを話してはならないと伝えられておりますゆえ。ですが時がたてば、お教えいたします。ですので何卒」
「いえ、お構いなく」
軽くお辞儀した時にドレスの「シュ」とこすれる音がしました。
鎧の人は使い物にならないと、でしたら他のとんがり帽子なども使い物にならなさそうです。
「姫様こちらです」
また固い小手を握り、ついていきます。
今度は人っ子一人いない廊下を歩きます。
「きれいな廊下ですね」
「はい、姫様」
「見たことない素材でできていますが、これは?」
「姫様……氷でございます。姫様が着ていらっしゃるドレスは保温性能が高いため、触らなければ悪影響はありません」
「そこにあるツボは」
「あちらも氷でできています」
「そうですか」
「あなたの鎧は」
「氷でできています」
「私のドレスは」
「貴重な繊維を素材として制作されています」
目の前に小さな扉がありました。
といっても広間にあるものと比べればの話ですが。
私達は片側だけ開いた両開きの扉を、擦り抜けました。
また扉です。
またまた扉です。
うんざりしますね。
何個、扉を開けたのか分からなくなったころようやくそれっぽい所に到着しました。
透明な机やイス、装飾品の数々。
一番目が惹かれたのが、お皿に盛りつけられたアイスでした。
ルビーのような赤色のひんやりしたアイス。
指輪を模した真っ黒なアイス。
ルービックキューブのようなアイス。
様々です。
子供心をくすぐられるような「ドキドキ」「ワクワク」がおそってきます。
少しだけ仲の良くなった鎧の人にすり寄って「あれ食べてもいいのでしょうか」とアピールをします。
――――――――
――――
――
たくさん食べました。
感じたことのない「ふわふわ」した味でした。
どうしてだか、アイスでお腹が痛くなるという事はありません。
不思議ですね。
あと、不思議と言えばあの楽器です。見たことのない形をしていて、バイオリンとトランペットを合体させたような感じでした。
凄くいい音です。
あとこのドレス汚れないみたいですね。
「んんっ」と背伸びをしながら、ふと奥を見ると王様が居ました。
相変わらずデカい帽子で馬鹿っぽいです。
私がそれに気づいたのを皮切りに、ぞろぞろと皆が道を開けて王様まで一直線に空間が空きました。
いつのまにか履いていたガラスの靴で「コツコツ」と音を出しながら近づいていきます。
多分ですが、近づかないと怒られそうな気がしましたから。
「王様どうかしましたか」
「おお! 美しい姫よ! 楽しんでいるな!」
「はい、おかげさまです」
「では! 早速だが本題に入ろう! ……よ! 来い!」またです。
その声に合わせて先ほどの変な楽器が「シャンシャン」と演奏され始めます。
聞いたことのない、うん、いい音です。
その音に気を取られていると後ろの方から少し大きめの帽子をかぶった人が来ました。
「王子よ! これが姫だ!」これって……
「はい! お父様!」
「では! 婚約の儀を行う!」
「はい! お父様!」
「どういうことですか、いやですよ」
後ろに控えていた鎧の人が私の手を握りました。
「逃げてはなりません。姫様、我々の為にどうか、お願いします」
「い、いやです。元の世界に帰してください」
振りほどこうと腕に力を「グっグっ」と入れますが、大きな岩を動かすことができないのと同じように、びくともしません。
「は、はなしてください! こんな! 嫌です!」
「姫様、どうかお願いします。どうか!」
「嫌です! そもそもどうして私が婚約なんて!」
周りにいた帽子の人たちはいつの間にか騎士に変わって私を取り囲んでいます。
「姫様……手荒な真似はしたくありませんでしたが。申し訳ありません」
そう言って反対側の手を振り上げます。
とっさに目を瞑って頭を守ろうと空いている手を前に出しました。
……
衝撃がいつまでたっても来ません。
薄く目を開けました。
右手には2つに割って食べるアイスが握られて、それが拳を防いでいました。
「えっと……ごめんなさい」
ポッキンアイスを「ブン」と振りかぶって鎧の人に思いっきり叩きつけました。
驚くべきことにそれは、私のような細腕では出せないような破壊力を生み出しました。
当った鎧はひしゃげて3メートルほど「ぼんぼん」とバウンドしながら吹っ飛んでいきました。
私は「にやり」と笑います。
ポッキンアイスを王様に向けました。
周りにいる騎士たちが、どよめきます。
ポッキンアイスを騎士に向けました。
周りにいる騎士たちが、どよめきます。
私は王様に背を向けて走り出します!
目の前に立ちふさがる騎士たちはポッキンアイスの力を前に、小枝のようなものです。
右へ左へぶんぶんと振り回しながら、突進していきます!
今なら何でもできそうな気分です!
「私を元の世界に帰さないのなら、破壊の限りを尽くします! しっかりと考えていてください! いいですね! わかったです!!」
思いっきり壁を叩き壊すと思いっきりジャンプしました!
地面との距離は20メートルくらいです。
「びゅうびゅう」としたから吹いてくる風に乗りながら「フワフワ」とした感覚に浸ります。
地面と衝突する直前でアイスを地面に叩きつけます。
「バキン!」と言う鼓膜を割るような大きな音がして、アイスが半分に割れました。
それと同時にアイスは光となって消滅します。
そしてふわりと地面に着地しました。
――――――――
――――
――
石造りの町
町中にいる帽子の人に変装しました。
少し紅茶の臭いがする茶色のローブと赤色の帽子です。
たまたま、道の端っこに捨てられていたものです。
「がさごそ」とゴミを漁ったのが無意味と化しました。
私はいま町中の十字路にポツンと突っ立っています。
私の目的はもとの世界に帰ること、そのために必要な物は……なんでしょうか。
「いやはや、不思議な物です。アイス一個でこんなことになるのですから」
私は「ふんぬら」と踏ん張って右手にポッキンアイスもとい「チューチュー」を召喚します。
10分くらいで出せるようになりました。
不思議です。
空中に投げて消滅させました。
その場で「うんうん」と頭をひねっていると、町中が「ガヤガヤ」し始めます。
金属の鎧を身にまとった人たちがぞろぞろ出てきているのです。
街の人たちは家の中に入って窓を閉めるなど、とても物騒になってきました。この場面を私が作り出しているのだと想像したら、少しだけ罪悪感にかられました。
ですがあちらの勝手な良く分からない都合で、婚約だなんて馬鹿げています。
そんなことを考えながら路地裏の方へ足を向けました。
――――――――
――――
――
暗い路地です。
「がさごそ」とゴミアサリの時にも目にしましたが、酷い様子です。
そこら中にガラス瓶やら、糞尿、骨、布切れ。
ギャップはあればあるほど良いと耳にしますが、限度という物を知ったほうが良いです。
「こつこつ」とガラスの靴で音を出します。
すると、なんだか前方で3名の人がもめているのを発見しました。
「やめて!」
そう言っているのは私の一個下くらいの女の子です。
「やめてって言われてもな、こっちだって仕事でやっているわけですしなぁ、オタクの旦那が金借りたんだから、そのしわ寄せがあんたにきただけだしなぁ。そもそも、あんたが金を持ってないってことくらいわかってるんだから、そしたらあんたの財産を、体を奪う事しかできねえんだぁ。関係ないとは思うが、こっちもな生活が懸かっているんだ」
「かくかくしかじか」となんだかお取込み中な様子です。
話を聞く限り「お父さんが借金をしてバックレたから子供をさらうぜ」みたいな感じでしょうか。
胸糞が悪いですね。
続きを聞きましょう。
「だ、だからって私は関係ないんだから私をさらわないでよ! 借金ならお父さんを探してよ!」
「君の父親を捜すのにもねぇ、お金がかかるし、ただじゃないんだよ。それにさあ、もし見つからなかったらどうするわけだぃ。責任を取ってくれるのかなぁ。難しいこと言っているのかなぁ、僕は」
レンガで出来た壁を人差し指で「トントン」とさわって、イライラを表現している様子です。
「だとしても、私は関係ないの! 叫んで助けを呼ぶわよ!」
「そんな事しても無駄だと思うけど。痛いことはしないからさ。騒がないでね」
いえ、その必要はありません。もう我慢できないからです。
ポッキンアイスを強く握りしめました。
私は虎のように早く、クマのように力強く駆けます!
そして勢いを付けなながら跳躍しポッキンアイスを地面に全力で叩きつけます!
「ドン!」というポッキンアイスがへし折れる音と地面が陥没する音とで、すべてが静止しました。
気持ちの悪い男も、かわいそうな女の子も、まだ一言も話していない男も、猫と犬が合体したような動物も、全部私を見ています。
それになんだか体が軽くて全能感に支配されています。
私は強い。私は鋭い。私は早い。
いつの間にか茶色のローブはどこかへ消えて赤色と黒のドレスへと衣装が変わっています。
「クリシェです! そこを退いてください! 虫唾が走るとはこのことです! 痛い目にあいたくないなら、なおさらです!」
……
「な、なんだね君は、いきなり飛び出てきて、関係ないものはすっこんでてほしいね……何用かぃ」
「うるさいです! さっきまで関係ない女の子をいじめていたでしょう! 死にたくないなら、言う事きいてくのです!」
そう言って思いっきり右足を陥没した地面に叩きつけます。
太鼓の音で威嚇せよ。
大きな音で威嚇せよ。
本能がそう叫んでいたので。
目の前にいる男二人、どちらかから「ヒッ」という声が漏れます。
「わ、分かったさ、もう、関わらないよ、た、ただし君の父からお金を返してもらっていないのは事実だからね、しっかりと請求するからね」
「早く行って下さい」
「とぼとぼ」と男2人は逃げていきました。
「やりきりました」と心の中でガッツポーズしつつ、少女へ視線を「くるっ」と注ぎました。
「カッコいいです!」
「は、はい?」
「シンプルな衣装なのに所々肌の露出が見えたりして、その奥をもっと知りたいってなるし! シンプルな赤が黒い髪に凄く似合う! どうしたんですか! どこかのお姫様ですか!? それよりお腹触っても!」
「お、落ち着いてください」そいう言って軽く頭を「コツン」と叩きました。
自分が何を言っていたのかようやく「ハッ」と理解した様子で、顔を真っ赤に火照らせながら、もじもじしています。
それもそうでしょう、いきなり知らない人にセクハラしたのですから。
当然です。
しかし、その姿は私から見てとても可愛らしく好印象でした。
「すみません、いきなり、あんな……あのような、はい」
「別に気にしてはいません。結局のところ万事は全て忘れるが吉ですから。それはそうと怪我はありませんか?」
「はい、特には……クリシェさん、さっきは、助けていただきありがとうございました」
お礼の言葉を言えるだなんて良くできた子です。
「いえ、礼には及びません。私としても腹が立っただけですから」
え? いま私なんて言いました。「礼には及びません」ここでこの言葉は適切なのでしょうか。
「いや、お礼させてください! 狭いですが私の家に来て下さい! おもてなししたいです! だめ、ですか?」
「そうですね……」ぐるりとその場で回転し、服を元の地味な物へと戻します。
一瞬「あぁ」と落胆の声が聞こえましたが気にしません。
「……質問したいです。この生物は何ですか?」露骨に話をそらします。だってこの少女から、なんだか身の危険を感じるのですから。
「これ、ですか? これイネコです」
「そうですか」
「はい」
「それで、どうですか?」
「すみません、もう一つ、好きな食べ物は何ですか?」
「イチゴアイスです」
「すみません。私もお礼されたいのはやまやまです。しかし、私にはやらねばならぬ……」
『こっちから凄い音がしたぞ!』
ぎょっとしました。
騎士たちが音につられて「カチャカチャ」近寄ってきているのです。
「まずいですね」
先ほどまで湧いていた力はどこかに消え去って、いつも通りのふにぁふにゃ筋肉に戻っています。
どうするべきでしょう。
「こっちです!」
私の焦った表情から察したのでしょう。
手を引っ張られて私は走りました。
しばらくしたところで灰色の扉へと「ボン!」と体当たりするように突っ込んでいきました。
――――――――
――――
――
「大丈夫ですか」
「……はい、なんとかと言ったところです。助かりました」
走っている最中に「ふんぬら!」と踏ん張ったりしましたがポッキンアイスが出てこず、酷い有様でした。
外の方から『探せ! 姫様はまだ近くにいらっしゃるはずだ!』なんて聞こえてきます。
息が上がって苦しいのは運動神経が正常に機能していないせいです。
決して運動をしていないからと言う、堕落的なものではありません。
ひとりで首をぶんぶん振りました。
家の中は王城と比べると酷いもので壁に穴が開いていたり、釘が抜かれていたりと、ボロボロです。
奥の方の扉にはドアノブがついておらず、それに埃がドア周辺にたくさん溜まっています。
そんな様子ですが、貧乏人は豪華な物より質素な物を好みます。
私はこっちの方が好きです。
「良い家ですね」
本当に良い家です。
様々なところに工夫があります。
例えば、キッチンなんかは……
「そんなことより、クリシェさんはお姫様なんですか!? 詳しく聞かせてください! いったいなんで逃げたりしているんですか! 知りたいです! それに途中で立ち止まったのはいったい? 一瞬服が変わりましたが!」
「落ち着いてください」そいう言って軽く頭を「コツン」と叩きました。
自分が何を言っていたのかようやく「ハッ」と理解した様子で、顔を真っ赤に火照らせながら、もじもじしています。
いきなりプライベートな話題をふったからでしょう。
当然のことです。
ですが。
「実は私はこの世界の人間ではないのです。他の世界から拉致されてきたんです。それで婚約をしないかと言われて逃げてきたんです」
信じがたいようで、事実なのですが。
「それは、何とも複雑ですね」
「最近、お姫様を外から呼ぶっていう噂があったのですが本当だったんですね」
「外から?」
「はい、父から聞いた話なのですが私たちは冷蔵庫という電化製品を依り代とした世界で、簡単に言うと冷蔵庫の妖精みたいなものです」
「妖精ですか」
「はい、妖精と言ってもクリシェとほとんど変わらない人間ですが。身長が低いくらいです」
「とりあえず座ってください」と木製の椅子を出されました。
少し硬くてお尻に負担がかかりますが、これが良いのです。
「昔、ご先祖様たちは戦争により迫害され、生きていくことが不可能になりました。なのでこの世界を作ったらしいです。もちろん相当な努力があったそうです。でも世界を維持するのには莫大な代償がひつようで、一つが百年に1度の生贄で、もう一つが食品保存庫を依り代としなければならない。という物です。悲しいことに」
機械的な口調で話している彼女は少しだけ不気味でした。
「どうして、そんなに詳しいのです? 町の人はそんな事知りませんでしたが」
「私の名前を言っていませんでしたね」
「私の名前は……です」
「コン」と水の入ったコップを私に渡しながらそう言いました。
「王族の血が混じっているの者は代々、名前を持つことができなくなっています私の父もそうでした。貴方もそうなんじゃないですか?」
……という名前は持っていますが、発音できないだけでして。
「そんなかんじです」
「このことは王族とそれに近しいものにしか伝えられていません」
謎が解けました。
「だったら、私は生贄になるべきなのでしょうか」
「それは貴方の自由意思にもとづき……私は貴方に一目ぼれしてしまいました、死んでほしくありません」
「ひとめっ……だったらどうしたらいいんでしょうか。私だって死にたくはありませんし、かといって、私が生贄にならなかったら大勢の人が死んでしまうんですよね?」
すこしうつむきながら「はい」と小さく。
「どうしようもないですか」
ですが。
「私はそんなこと認めたくないです! そんな悲しいことがあってはいけません! そうですよね! 何かないんですか! 延命の手段は!」
「あります」
「それは何ですか!」
「この世界を破壊する事、つまり王城の大広間、最奥にある依り代を、玉座を破壊すればよいのです。クリシェには死んでほしくありません」
――――――――
――――
――
灰色と透明な薄青を背景に、赤と黒のドレスを身にまとい、綺麗な布を翻しながら、くるりとその場で一回転します。
体の調子は良好。気持ちの方もすっきりです。
「ついてきてくれてうれしいです」
仲間へ視線を向けます。
「私だって父がやり遂げられなかったことをしたいですから。それに見届ける人がいないのは残念じゃないですか」
「亡くなった父に顔向けできませんし」と小さく呟いているのが聞こえました。
「それもそうですね」
「私達は正門から堂々と乗り込むことに決めました」と言ったら、だれしもが笑う事でしょう。
ですが正面突破は最も破壊力があり、最も単純です。
「皆、元の世界に行くのが怖くて今を続けようとしています。そんな負のサイクルなんて壊して、私たちの勝利を目指しましょう!」
ポッキンアイスを強く握りしめました。
今なら世界だって変えられます。
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