神官ミリアは神の言うことしか聞きません 9
「今日も……ダメね」
ミリアは深々息をはいて立ち止まった。
街の家々を訪ねてまわり、道行く人にも声をかけたが、クィーラ教に入ってくれる人はいなかった。
今日で5日もこうしているが、なかなか成果はでない。
「お姉さん元気だして。まだ始まったばっかりだよ。そんなに急にはうまくいかないよ。頑張ってみよ?」
相変わらず子供に化けたまま、俺は励ます。
「そうね。毎日私に付き合ってくれる子羊さんに報いるためにも精一杯頑張らないといけないわね!」
健気にやる気を出すミリア。
俺の手を握り、再び歩き出す。
しかしこのまま布教を続けたところで、はっきりいって無駄な努力だろう。
ミリアもだいぶ人との応対に慣れてはきたようなのだが、まだぎこちないのだ。
宗教に人を引き込むにはコミュニケーション能力が不足している。
これを補うには――。
「ねえお姉さん、よかったら布教の仕方を別の人に習ってみない?」
「誰かにコーチについていただくということ? でも誰に?」
ミリアは首を傾げた。
「任せて、僕に心当たりがあるから! 明日教会に連れてくるよ」
**
「それで……アタシが連れてこられたってわけかい」
俺が翌日声をかけて連れてきたのは、先日知り合ったユーヴァ教団のラーニャである。
白いシャツにチョッキっぽいベストを合わせた彼女は見ためバーテンダーだが、歴とした神官だ。
「しかしあんた見事に化けるもんだね……本当にモトキなのかい?」
ラーニャは子供に化けている俺の頬をちょんちょんと突いてくる。
「本物だってば、さっき正体見せたでしょ。ミリアには秘密だからね」
「転生者ってのは本当に妙な連中だねえ……ったくわけがわからないよ」
頭をかいてるラーニャにかまわず、俺は教会の扉を開け、中のミリアに呼びかける。
「お姉さーん! 昨日言ったコーチ連れてきたよー! ユーヴァ教団の人!」
礼拝堂で彫像に祈りを捧げていたミリアは、ラーニャの姿にぎょっと目を剥いた。
「……あらあら子羊さん、あなたの言ってたコーチってユーヴァ教団の方だったのね……あぁ……なんということ」
「あれ、もしかしてクィーラ教団とユーヴァ教団って仲悪いの?」
女神クィーラと女神ユーヴァは姉妹だと聞いていたので、それぞれの教団信者も仲がいいだろうと思っていたが――読み違えたか?
「あらあら子羊さんたら……仲がいいわけないではないの。女神ユーヴァときたら我らがクィーラ様を騙しあざむきおちょくって……迷惑ばかりをかけてくるのだから。ええ、その信徒にもこの教会に入らないで欲しいわね」
ミリアのこめかみには青筋が浮いていた。
やばい、これは争いが――。
と、その時。
「うぅ……」
突然、ラーニャがよろめいた。
「大丈夫、ラーニャさん?」
俺はとっさにラーニャを支える。
ミリアも慌てた様子でこちらに駆け寄ってきてラーニャに肩を貸した。
こういう時はお互い様なのだ。
「すなまいね、ちょっと体調が悪くてさ……そこ、座らせてもらえる? 悪いけど水も一杯もえるかい?」
「お水ね、わかったわ!」
コップをとりに向かうミリア。
ラーニャは礼拝堂の椅子へと座り、ミリアの持ってきた水を飲む。
「ふぅ……。ありがとね……ええと、ミリアさんだっけ? わざわざ悪かったね、アタシなんかのためにさ。助かったよ。――クィーラ教団の人は本当に優しいね。そういうところ、うちの教団でも見習わなきゃいけないね。ああ、本当に素敵だよあんた達は」
「あらあらそんな……私は当然のことをしたまでで……人を慈しむことはクィーラ教徒として当然のことですもの」
「いいや、立派なもんさ。なあ、いい機会だし、よかったらちょっと話合わないか? クィーラ教団とユーヴァ教団のこれからについて」
そうしてミリアとラーニャは長い話し合いを続けた。
俺はその光景を眺めながらちょっと感動していた。
ミリアが、俺以外の人と普通に会話してる……!
ラーニャの話の引き出し方がうまいのだ。
彼女はぽつりと一言質問すると、あとは徹底的にミリアの話を聞く。
おおげさに、何度もうんうん頷きながら。
そうして、一時間ほど経った頃。
「――はい、レクチャー終り」
ラーニャは突然そう言って、すくっと立ち上がった。
「レクチャー……?」
首を傾げるミリア。
「あんたら、アタシに訪問布教のやり方教えて欲しかったんだろ? だから、今のがそうさ。相手の家をたずねて布教したり物を売る時にはまずね、どんな手段を使ってでも家の中に入れてもらう必要があるのさ。軒先じゃ物事は決められないからね」
ラーニャはさらに続ける。
「家の中に入ったら、次は相手に水とか菓子を出してもらう。そうすりゃ、完全に話をする感じになるだろ? その次は、とにかく相手をほめていい気分にしてやる。いい気分になると相手は雑談に乗ってくれるから、後はとにかく長く話をして打ち解ける。最後に勧誘すりゃいちころさ」
「おお……」
俺は思わず声をあげた。
すごい、さすがバーテンダー、じゃなかった、神官をやってるだけある。
「…………っ」
ミリアはどこか悔しそうに唇を噛み、目を伏せた。
ユーヴァ教団の人間にまんまと乗せられ、レクチャーまで受けてしまった自分が恥ずかしいのだろう。
ラーニャは俺の耳元に口を寄せ、ささやくように言った。
「これは貸しだからね。あとでアタシにも付き合ってもらうよ」
ラーニャは「またね」と教会を後にした。
……うーん、いい女だ。
絶対ラーニャとも近々やろう、と俺は固く決意を固めた。
だが、それより今はミリアだ。
「お姉さん、明日から教わった通りに頑張ろうね!」
ミリアにそう声をかけると、彼女は伏し目がちに顔をあげた。
「……子羊さん、私ね……ユーヴァ教の人に施しを受けてしまったこと、悔しいのだけれど……今日、正直楽しかった。――人と話すっていいものね。ありがとう子羊さん、ラーニャさんを連れてきてくれて」
はにかむように笑うミリア。
「お姉さん……」
いい兆候であった。
孤独だったミリアに同姓の話し相手ができる――ミリアは孤独から解放されつつある。
物語において、女がすぐに強い男のハーレムに加わってしまうのは、女が孤独だからだ。
孤独な者ほど、強い者にころっとなびく。
だから俺は今回、ミリアを孤独から解放するために動いている。
聖者に化けて忠告することで、ミリアの苛烈な信心を弱めた。
そして多くの人と関わらせるために、布教を頑張らせている。
もう少しだ、もう少しでミリアは普通の女の子になるだろう。
そしてさらにもう一つイベントをクリアすれば――
晴れてミリアは俺のものだ。
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