月の令嬢


 ツイウス王国へ向かう船の中、16歳のシュコニは船内の客室でうたた寝をしていた。


 珍しくニケは顔を出さず、夢に見たのは人生最悪の日で……もう見たくないと念じると、舞台はその翌日に移ってくれた。


 あの子守唄が夢の中に響いている。


 お姉ちゃんに裏切られ、両親が死に……リビングで無意味に刀を振り回していたシュコニは、それでも子守唄が頭から離れず、無理に眠ろうとした夢枕で冒険のニケから加護を得た。


 当時のシュコニは——なんなら今もだが、始めは加護なんて得るつもりは無かった。


 月の悪魔が冒険者をそそのかすことはイサウから聞いていた。そして悪魔とは神々のことだ。


 夢枕にニケが立ったとき、どちらの世界のソレであろうと〈神〉を名乗る連中を信用するつもりは無かった。神々は両親を助けてくれなかったからだ。


〈しかしお前は弱いな。すげぇ弱い。冒険者としての才能はまったく無い〉


 冒険の女神はあの日、当時13歳だった少女の夢枕で言った。


〈医者を夢見たら良かったのに。それなら成功しただろう〉

(……大人しく話を聞いてりゃ、あんた、なんなの)


 やさぐれていた13歳の少女はニケに毒づいた。


(……あんた、私に力をくれるって言った。迷宮に復讐させてくれるって)

〈おう、言ったぞ。復讐したいか? しかし、その夢のためにはおまえの命をもらうことになる。おまえには才能が無いからな。クソ雑魚を勝たせてやるためにはそれくらいの対価がないと——〉

(命ならあげるわ。それで?)

〈……常世の指輪すら隠せない「夢」の気配は本物だったようだ。それじゃおまえの「夢」は復讐で良いということか? 「迷宮殺し」がおまえの夢か?〉

(しつこい)

〈なら話してやる〉


 そのあとニケが語ったことは13歳の少女を恐怖させたが、同時に興奮させた。


 ニケによると、〈月〉を憎んでいるのはシュコニひとりではなかった。彼女はこの星の神々が自分と同じくらい月を憎んでいるのを知って興奮した。


 ニケは少女に〈月〉の正体について教え、最後にシュコニを試すように言った。


〈おまえが月をぶっ殺すつもりなら、大冒険を約束してやる〉

(……ただの冒険でなはくて?)

〈それは普通の加護に過ぎない。わたしがくれてやるのは〈大冒険〉だ〉


 冒険の女神が限られた眷属にだけ与える〈大冒険〉は、いわば約束された極大魔法だった。


 一部の魔法職が使う極大魔法は高い威力と引き換えに発動するか否かが運次第になる欠点を持つが、ニケが与える〈大冒険〉はそうじゃない。一度それに同意した冒険者は、冒険の女神の名にかけて確実に奇跡を引き起こすことができるし、奇跡の内容はその冒険者の「夢」のままだ。


 小さな島を丸々黄金に変える程度が「夢」ならニケはその夢を実現できるし、一国の王になりたければ、必ずその夢を叶えてくれる。


 ただし、夢の女神と〈大冒険〉の盟約を交わした者は引き換えに必ず命を落とすことになるし、もうひとつ制限があった。


(なら、私は死んで構わないからノモヒノジア迷宮を今すぐ滅ぼして)

〈悪いがそれは無理だな〉

(……嘘をついたの?)

〈そうじゃねえよ。今からおまえに教える話は、我々全員の取り決めで、あまり語っちゃいけないことだ。誰にも言うなよ?〉

(約束しない)

〈おう、構わないぜ。無闇に喋れば歌様に〈天罰〉をくらうだけだ〉


 そしてニケは語った。この惑星の空には、本当は〈月〉と呼ばれるもうひとつの星があるのだが、惑星の女神ファレシラはその異星に“天罰”を下し、外界の誰にも見えないようにしている。


〈毎晩頭上に月が見えてしまうと、おまえのように親を亡くした子供が行きたがるからな〉


 ニケは端的に理由を語り、さらに続けた。


〈わたしは惑星ファレシラの女神であって、惑星レファラドの神じゃない。それで、迷宮ってのは月とこちらの両方の力が及ぶ場所なんだ。

 迷宮が完全にファレシラ側ならわたしは即座に滅ぼせる。別の神だって同じことができるよ。でも迷宮にはマスターってのがいて、ダンジョン・マスターが健在である限り、迷宮は月の最高神レファラドの力で守られている。

 で、その守りを突破できるのは神ではなくて冒険者だけなんだ。わたしは叡智みたいなお喋りじゃねえし、詳しい理由は聞くな——とにかくおまえら冒険者が、一打でいいからダンジョン・コアたる魔石にヒビを入れてくれれば、わたしらは〈月〉と直接戦えるようになるし、この世界の星辰様は、だからおまえらを「冒険者」じゃなく「勇者」と呼ぶのを好む。迷宮ダンジョンマスターに一打を入れるには、本物の勇気が必要になるからだ〉


 ニケはニヤついた顔でささやいた。


〈どうするよ、クソ雑魚の“勇者”シュコニ? おまえが命を賭けるなら、ダンジョン・マスターと対峙したとき、その瞬間にだけ「才能」を与えてやろう。わたし程度の力では迷宮を直接滅ぼすことはできないが、冒険の女神の名にかけて、最後の一瞬だけはおまえをSランク冒険者にしてやれる。雷花のイサウみたいに、迷宮主ダンジョン・マスターを相手にできるだけの力を授けてやる。ただし——〉


 夢中で聞いていたシュコニは、ニケが次に発したセリフに失望した。


〈——ただし、ノモヒノジア迷宮は諦めろ。率直に言って、おまえには冒険者の才能が無いし、力を増やすにも限界がある。無理やりSランクにしてもノモヒノジアのマスターに勝てない〉

(……!? なら失せろッ! 役立たずなら、私は…………私は、寝たい!)

〈おお、そうか。わたしは夢の女神だが、静かにしてりゃ眠れるんだな?〉


 ニケはずっとニヤついていてうざかった。13歳のシュコニは冒険の女神がこんなにうぜえ神だとは知らなかった。


 ——寝たい、と告げると夢の女神はふっと消え去ったが、シュコニの頭の中にはずっと子守唄が響いていて、彼女は思い出してしまった。


 この歌を歌ってくれたのは母さんだけじゃなかった。


 あれは何歳の時だっただろう。ギュッと目を閉じていると、この歌をお姉ちゃんが歌ってくれた日を思い出してしまった。


 せいぜい5歳か? 年齢は思い出せないが、布団でぐずるシュコニに対して、2歳年上の少女は優しく笑い、ずっと頭に響いている子守唄を口にして……。


〈——というわけでどうする? やるかクソ雑魚?〉


 シュコニが寝返りを打った瞬間、見計らったようにニケが再び顕現した。


(……まだいたの、赤毛の邪神)

〈ははは。粋がっているが罵倒が甘いぞクソガキ。実は叡智アクシノが今、レテアリタ帝国で似たことをつぶやくクソガキに手を焼いている。そのガキは畏れってものを知らなくて、なんとまあ、歌様にまで「邪神」だの「燃やす」と暴言を吐くんだ。天罰が怖くねえのかな?

 ついでに言うと同じ村には生意気な子猫がいてさ、そっちは夢枕に立ったわたしに「マジで殺すぞノーキンのアカ女」と罵る。長年安眠妨害をしているわたしだが、さすがに罵倒の意味が理解できなくて叡智に聞くハメになった。どうもあの子猫は意味も知らずにカオなんちゃらから単語を聞き覚えただけのようだが、おまえ、脳筋とかソ連の意味を知ってるか?

 ——まあ、おまえが呪っている通り、役立たずの神々なんて人間にはそんな扱いだね〉


 耳を離れない子守唄のせいでシュコニの枕は濡れていた。


(……ノモヒノジアを滅ぼせないなら、あんた、私になにをさせたいの?)

〈簡単な話だ。おまえの夢を下方修正してくれ。

 Bランクの迷宮は難しいが、Cランクの迷宮ならクソ雑魚のおまえでも見込みがある。レテアリタ帝国にあるウユギワ迷宮なら——それでも強敵ではあるが、その素敵な指輪と、祈りが込められた赤いマントがあれば殺せるはずだ。

 ウユギワ・ダンジョンを滅ぼしてみないか? 嫌なら無理強いするつもりはないが、聞く気があるなら詳しく話すし、それが結局、ノモヒノジア迷宮の滅亡にも繋がるはずだ〉

(……それが、私の「夢」に繋がる?)

〈おうとも。おまえはきっと「迷宮殺し」を達成できる。それもひとつやふたつの迷宮じゃない。すべてがうまく行けば、全世界の迷宮を潰せるかもしれないぞ……〉


 船室の揺れが収まり、シュコニはふと目を覚ました。16歳の〈冒険の眷属〉は、ツイウス王国にたどり着いていた。



  ◇



 ドーフーシから見て西方に位置するツイウス王国は、レテアリタとドーフーシという2つの帝国に挟まれた絶妙な位置を領土にしていて、双方の帝国に恭順することで中立を保ち、二国間の物流を取り仕切ることで国庫を潤していた。


 船を降りた16歳のシュコニはため息をついた。船着き場で冒険者カードを見せ、Eランクに上がったカードで役人に身分を証明する。


 ツイウス王国を訪ねるのは彼女の本意ではなかったし、ニケの指示でもなかった。


 心に強く「例の娘の情報」と念じて適当なモノを〈鑑定〉すると、叡智ジビカの冷たい声が聞こえてきた。


〈それは港に放置された空の酒樽だが——よし、ツイウスにたどり着いたか。港から北西に進め。ツイウス王国の首都に出る。道中にはいくつかの魔物が出現するが、連中の一般的な弱点を伝えておこう……〉


 長々としたジビカの「助言」をシュコニは暗記した。悪魔の言葉を覚えるのは癪だが、冒険のためには一言一句忘れてはいけない。


 月の叡智たるジビカの加護を受けたシュコニは2つの能力を獲得していた。ひとつは〈鑑定〉で、もうひとつは目当てだった〈翻訳〉だ。


 どちらの能力も叡智アクシノの加護を得られれば取得可能だが、シュコニの目的は「迷宮をぶち殺すこと」であり、そのためには月の眷属になって〈ダンジョンマスター〉の目をくぐり抜ける必要があった。シュコニはクソ雑魚で、自力で迷宮の最下層に行くなんて無理だ。しかも、シュコニがとりあえず殺すつもりのダンジョンは言語の異なるレテアリタ帝国にある。


 異国の言葉を覚えるために〈翻訳〉スキルが欲しかったし、ダンジョンマスターを騙すためには月の悪魔の加護が必要だ。


 2つの条件を満たせるのは月の叡智ジビカだけだった。


(……それで、王宮の市場まで行けばフィウという子供に会えるんですね?)


 シュコニが丁寧に尋ねるとジビカの鷹揚な返事が聞こえた。


〈そうなるはずだ。そのむすめは鬼の特徴が強いが、厳密には夜刀やとと呼ばれる月の貴族で、4年前——そろそろ5年になるが、我らの星から誘拐されてしまった。

 名前は「フィウ」で、少女は毎日王国首都の市場に現れるはずだから合流したまえ。あの娘の仲間になればレベルを上げられる……Dランク冒険者も夢ではないだろう!〉

(うわあ☆ 冴えない私が憧れのDに!? 叡智サマの仰せの通りにいたします♪)


 Dランクとか、そんなの「夢」じゃねえよと思いつつシュコニは明るく返事した。


 もう2年も前——迷宮でジビカの加護を得た15歳のシュコニは、本当であればすぐにでもレテアリタ帝国のウユギワに向かいたかった。


 ニケによると、そこにはクソ雑魚のシュコニでも勝ち目のあるCランクの迷宮があるうえ、星の女神ファレシラが加護を与えた「やべえクソガキ」やら、ニケが才能を見込んで育てている「クソ生意気な子猫」がいるそうで、ニケはずっと、何年も夢枕に立ってシュコニと約束し続けていた。


〈シュコニ、おまえはウユギワに行け。この星の叡智が予想するに、今から2年後の冬、星辰祭の日にあの迷宮は暴れるだろう。そのときおまえはカオ……えっと……カオなんちゃらってガキを叡智がうまく騙し、ミケという子猫もうまく言いくるめて迷宮に入るんだ。

 カオなんちゃらは知らねえが、ミケって子猫はアホみてぇに強えから、最下層までおまえを運んでくれるよ。そしておまえがダンジョンマスターの前まで行けたら……その時が「約束の時」だ。わたしはおまえを超強くしてやる。……おまえは迷宮を殺せるはずさ〉


 ニケと交わした「大冒険」の約束を果たすためには、前提条件としてレテアリタ語が不可欠で、シュコニは早く言葉を覚えたくて焦っていた。


 しかし計画は思うように進まない。


 雷花に加わってノモヒノジア迷宮を探索し、修行を積んでいたシュコニは、もはや言い訳を思いつかないほど「殺せ」とジビカに命じられていた。


 月の悪魔が眷属にそれを要求することは知っていた。だからルシエラは——お姉ちゃんは自分の家族を殺したのだし。


 ただ、いざ自分も同じ立場になってみると、〈月の眷属〉は想像以上に苦しい身上だった。


〈ねえ、シュコニ。お前の悲しい日からもう何年が経つ? お前、両親の顔を思い出せるか……?〉


 迷宮の外はファレシラの土地だが、迷宮に入るたび月のジビカはそんな無遠慮な質問をしてきた。


 聞かれるたびにシュコニは泣きそうな気持ちをこらえたし、そんな気持ちを「夢」以外の誰にも相談できなかった。雷花らいかのリーダー、イサウは娘を月に誘拐されたと聞いていた。シュコニが月の眷属だとわかれば、きっと激怒して斬り殺すだろう……。


〈レベルを上げろ! ——父母に再び会うためだぞ? 殺人くらい恐れるな。誰でも良いから雷花の冒険者を殺せ! それだけでお前はDランクに上がれる……もっと殺せばCランクも夢ではない!〉

(ダメですよ、ジビカ様っ……! 新米を誘い出して殺すところまではできるでしょう。でも、そのあとすぐにイサウのアホが来て斬り殺されてしまいますっ!)


 誰も殺すつもりの無かったシュコニはそんな言い訳で誤魔化していたのだが、少し前、ついにジビカに命令されていた。


〈——よかろう。ならばツイウス王国に向かえ。そこには惑星レファラド生まれの貴族がいて、少女は望まぬレベリングを強いられている〉

(……貴族の少女?)


 気が乗らなかったが、もはや誤魔化すのも難しかった。シュコニは雷花の仲間たちを殺したくなくて、船に乗りツイウス王国の地を踏んだ。



 港町から王宮を目指す道中は木々の少ない荒涼とした風景が続き、ジビカの警告通り多くの魔物が待ち構えていたが、シュコニはどうにか切り抜けた。


 骸骨スケルトンの鎖骨に軽く手を触れると骸骨は砕け散った——即死だっ。


 この4年、ドーフーシ最強戦力の一角たる雷花で鍛えられたシュコニはただのゴブリン程度なら斬り殺せたし、仲間たちには指輪で秘密を隠していたが、より凶悪なスケルトンに襲われても負けなかった。


 愉快の神と叡智ジビカの加護によりシュコニのMPは千を超えそうだった。同レベル帯の魔法職より4割以上多い。しかもジビカは魔物について「全知」であり、シュコニが軽く「鑑定」と詠唱するだけであらゆるモンスターの情報を知らせてくれた。


 ファレシラの地で叡智を司るアクシノの〈鑑定〉では見抜くことができないが、モンスターには個体ごとに固有の「弱点」がある。


 あるスケルトンには肋骨のうち一本を、別の個体には頭蓋骨の耳のあたりを、軽く「手当て」するだけでシュコニは敵を殺すことができた。


 愉快ムリアフバがシュコニに与えている「手当て」スキルは、普通なら人を癒やすだけのスキルだ。しかし相手がモンスターなら、回復は魔物に対する「毒」として作用させられる。


 回復系のスキルを「毒」として使うやり方そのものは回復職がよく使う手だ。結局は回復系のスキルのため威力は弱く、せいぜい足を遅くさせたり目をくらませる程度の効果が普通だが、戦闘中にタイミングさえ見計らえばその手のデバフは致命的になる。敵が遅くなった隙に前衛が魔物を殺してくれるから、「毒」によるデバフは後衛の回復職にとって重要な仕事だ。


 しかしシュコニの「手当て」はカンストのLv9であり、普通の回復とは威力が違った。


 あの日、両親を懸命に救おうとしたせいだろう。Lv9になった「手当て」は、相手がゴブリンやスケルトンなら触るだけで激痛を引き起こせたし、各モンスターに固有の弱点を突いた場合、猛毒のような威力を発揮して即死させることができた。


 毒殺すると食えなくなるので角ウサギジャッカロープなどのウマいモンスターには使いにくいが、癒快ムリアフバが与えてくれた「手当て」は、シュコニの最大の隠し技だった。


 ——ふはは。私はそのうち毒ナースのシュコニとして大陸に名を馳せるかもしれないっ。


 もうすぐ17歳になるシュコニはそんなことを思いながら立ち塞がる魔物をワンパンしまくり、ツイウス王国の首都に入った。



  ◇



 ドーフーシ帝国キラヒノマンサも活気ある大都市ではあったが、ツイウス王国の首都はそれ以上だった。


 分厚いレンガの城壁をくぐって城下町に入るとすぐに市場が広がっていて、道の左右には2つの帝国から持ち込まれた多種多様な道具や食品が売られていた。ツイウスは塩に恵まれない土地で、代わりに香辛料をふんだんに使った料理が多かったのだが、中でもシュコニが驚いたのは「砂糖」を使ったお菓子だった。


 なんとなく買ってみたパイは強烈に甘く、シュコニはこの世界にこんなウマいものがあるのかと驚いたし、買いすぎて財布を危うくした。


〈——我が子よ、買い食いはやめて右手の路地を抜けたまえ。その先にいる〉


 楽しい時間はすぐに終了だった。お菓子を「鑑定」するとジビカの冷淡な声が聞こえ、指示に従ったシュコニは胸の悪くなる光景を目にした。


 木で組んだやぐらの上に猿ぐつわを噛まされた罪人が鎖に繋がれていて、高価な毛皮のマントに身を包んだ数人の貴族が槍で罪人を小突いていた。罪人は食事を与えられていないようだ。処刑台の周辺は見物人の市民で溢れ、観客の喝采を受けながら、小さな女の子が処刑台に現れた。


 歳は5歳かそこらだろう。女の子は真っ赤な髪と真っ赤な目をしていて、額からは2本の長い角が生えている。ツイウスは獣人差別の強い国だが、角を気にする見物人はいなかった。少女の身なりは貴族そのものだったし——事情を知らなければ、シュコニも少女を鹿系の獣人かなにかだと思っただろう。


「——罪人だ! 死刑だ! 公爵様のお屋敷で盗みを働いた不届き者だ!」


 処刑台で貴族のひとりが叫び、見物人から大きな拍手が起きた。「殺せ」のシュプレヒコールが上がる。


「——メアリネ王の命を受け、第四王女様御自らが処刑してくださるッ!」


 拍手喝采があり、赤い髪の女の子は周りの貴族に槍を持たされた。目を閉じて罪人の足を突く。わずかに血が流れ、死刑囚が痛そうにうめいた。


「よし、王女が攻撃したッ! ——おいジジイ、殺れ!」


 周りの貴族は少女が槍を使うと後ろに控えていた燕尾服の老人に怒鳴り、老人は無言で手刀を繰り出し、素手で罪人の首を素手で落とした。


 生首が路地に転がり、見物人が歓声を上げる。貴族らは死体に氷の魔術をかけた。貴族たちは氷漬けにした罪人の死体を見せびらかし、市民から喝采を受けた……。


(……なんじゃこりゃ)


 シュコニは野蛮な風習に呆れたが、それを口に出したりはしなかった。


 櫓の上で黒服の老人が殺気を撒き散らしながら少女を促し、無言で処刑台を降りていく。シュコニは恐る恐る少女に対して「鑑定」と呟いた。


〈——あれだ。あれがフィウだ! あれと合流しパーティに加われ。あの少女は、ただでさえ邪神の「歌」で弱体化しているのに神々の加護を活用しておらず、本来の力を発揮できていない。よってお前は少女の殺人を手伝え! スキルを使った殺しをさせろ……そうすれば、お前もついでにレベルが上がるぞ!?〉

(ええと……でも、あのおじいさんは誰でしょう? 話しかけるのが怖いんですが)

〈ふむ、あれは常世の子であるから鑑定は永久に不可能だな〉

(はい!?)

〈しかし、たぶん問題ないからさっさと接触してみろ。ほら。やれ〉


 迷宮の外であるため、ジビカは鑑定をした時だけしか神託を下せないし、神託は術者のMPを大きく削ぐ。


 一方的な「やれ」という指示に「MP返せ」と思いつつ、シュコニは人混みをかき分けてフィウに近づいた。超怖い目をした白髪の老人が警戒するように立ち塞がる。


「冒険者よ、我らになにか用か?」

「月です」


 短く告げるとフィウが両耳を押さえ、老人に早口でツイウス語を喋った。母がツイウス人のシュコニは少女の言葉を理解できた。


「……ほんとだよ、マグじい。今、月のジビカさんが神託してきた。すごい指輪で隠してるけど、ジビカさんは、この人に加護を与えてるんだって……!」


 月の少女は髪の毛の色を黄色に変えていて、静かに青へ変化させつつシュコニを見つめた。


「……でもお姉ちゃん、だれ、です? わたしたちに、なにか……?」


 自分をじっと見つめる5歳児にシュコニは曖昧な笑顔を浮かべた。ツイウス語で返事をする。


「うわぁ、キミは私をと呼ぶのか……考えてみれば私もそう呼ばれる歳だったね」



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