星辰の鐘
俺の「おじさん」たるラヴァナ氏は、栗色の髪こそこの7年で薄くなったが、豊かな髭は健在だった。
ウユギワ村随一の大剣使いはマグじいが作ったイビルアントの黒マントを翻し、青白く輝く〈ひのきのぼう〉を両手で上段に構えた。
全身から鋭い怒りを発しながら、彼は垂直に棒を振り下ろした。
「チェストオーーーーッ!!」
叫ばなくても女神ニケが表示を出すのにヒゲは怒鳴った。
空気を震わせる怒声にすべての魔物が怯み、オークキングの一頭が、大剣使いの剣を前に頭部をヌトっと切り落とされた。臭い血液が迷宮の床に散る。
オークキングはラヴァナさんの本来の実力的には勝つのが難しい相手だ。しかし〈ひのきのぼう〉が実力差を埋めていた。
親父の一撃に触発されたのだろう。三毛猫も右手の爪を長く伸ばして叫ぶ。
「ニャニャーーーーッ!!」
〈——
父と娘は、そうして豚と牛に挑みかかった。青白く光る大剣と赤く光る爪の軌跡が魔物たちを切り刻む。
下町で「名店」と知られる中華料理屋を思わせる包丁さばきが繰り出される中、俺は母たる怪盗に怒鳴った。
「——母さん、また棒を取られたら〈巾着切り〉して!」
「わかってる!」
母さんはマグじいが作ったMP回復の豆を齧り、その味に顔をしかめながら兄たるヒゲの背後についた。オークキングがすかさず襲いかかったが、俺が作ったチェインメイルで身を守りつつ、頸動脈をナイフで切り返す。
母と違って回復薬を持たない無い俺は、視界に踊る子猫とヒゲの〈チェスト〉というテロップを見ながらムサの倉庫にふらふらと走った。
MPがマジで足りてねえ。先程の火炎で火傷したホブ・ゴブリンが俺を襲おうとしたが、〈超速〉で転ばせてどうにか逃げた。MPが無いのでこんな小技でもコストがギリギリだ。
倉庫の前では父さんとムサが一頭のオークキングを相手にしていた。
豚王は鋼鉄の金棒を持っていて、父さんの細剣が叩き割られた。豚が笑ってナンダカを襲おうとする。しかしムサが唸り声を上げて体当たりをかまし、豚は金棒を取り落とした。
鋼鉄の棒が地面に刺さる。駆け寄った俺はそれに手を触れ、らしくねえけど大声で吠えた。
「——
〈——Latéral・croisé——〉
俺は7歳のクソガキだったが、スキルは人に「異能」を与える。迷宮の浅層で手に入れたばかりの「杖術」にモノを言わせて「ラテラル・クロス」というステッキ術を発動させると、クソ重い棒はスキルで無理やりぶん回され、金棒の先端が豚の突き出た鼻に届いた。豚鼻がえぐり取られ、その傷口を父さんの魔術が襲う。
〈——濁流魔術:アンチフィブリン——〉
えぐり取られた豚鼻から噴水のように血が吹き出した。止血を妨害する魔術のようだが、エグい光景だ。さすが「魔の術」を称するだけあるね。
頭部の血液を一気に失った豚は気絶して倒れ、父さんはさらに折れた細剣を繰り出した。ムサが盾を構えて俺をガードしてくれたが、もう必要無いだろう。
「死に散らせ、クソ豚!」
〈——骸細剣術:平突き——〉
剣閃のナンダカが折れた剣を心臓に突き立てるとオークキングはビクっと体を震わせ、絶命した。
「「 おおしッ! 」」
父とムサが同時に雄叫びを上げたが、俺はもう、それどころではなかった。MP切れでもたつく足でムサの倉庫の入り口を目指す。
「ポコニャさんは……」
つぶやきながら倉庫に入る。
ムサの倉庫はめちゃくちゃに破壊されていて、焼け焦げ、ひび割れた床や壁の板の合間から白い光が差し込んでいた。
——ポコニャさんは破壊されたリビングの中央に横たわっていた。
黒猫の周囲にはフェネ村長が残してくれた大量の薬瓶が転がっていて、俺は残されたMPを絞り出しながらつぶやいた。
「鑑定……」
〈息をしていない。心臓も止まっている〉
叡智の静かな〈神託〉に胸が押しつぶされそうになった。
ポコニャさんのチェインメイルは左肩から右の脇腹にかけて砕けていて、その下の肉は抉られていた。でこぼこの床板は出血で赤黒く染められている。
——間に合わなかった……?
目の前が真っ暗になりかけたその時、ポコニャさんの枕元に俺の知らない女神が顕現した。
「……うまうま」
おかっぱ頭で着物姿の「常世の女神」はポコニャさんの枕元に正座し、膝に置いたカツカレーを少しずつ食べていた。脳内に、胸をなでおろすような叡智の声がする。
〈——しかし、賄賂が効いたようだ……!〉
俺に遅れて倉庫に入ってきた父さんが常世を見て叫んだ。
「ちょっ……誰だおまえ!?」
それと同時に倉庫の外から大きな唸り声がする。
〈——ウユギワ迷宮のミノタウロスが撃破されました。ミケとカオスが受託した
◇
緑色の短髪で痩せた長身のムサは、ついに殺してやったオークキングの死骸を蹴飛ばし、仲間を守る「盾」として、急いでラヴァナに加勢しようとした。
しかしその必要は無かった。
村の新しいルーキーたる三毛猫は両手から謎の赤い爪を出して牛を切り裂き、ほとんど片手間のようにオークキングの頭を切り飛ばしてくれた。
わけのわからない爪は足からも出せるようで、三毛猫は靴を突き破って赤い爪を生やし、迷宮の壁を立体的に這い、オークキングやミノタウロスやら、爪が刺さるものはなんでも足場にして宙を飛びながら人間離れした動きを見せていた。
「……ニャー! ……ッ、ニャー!」
7歳の子猫は完全に興奮状態で魔物たちを虐殺し、取り逃がした魔物すら鳴き声で挑発し、子猫が敵のヘイトを集めたらヒゲのラヴァナの出番だった。
強烈に光る「棒」は振り回すたび空気を振動させる鈍い音を上げ、牛に大量の切り傷や刺し傷を付けていた。〈チェスト〉の表示が視界を覆う。牛は激怒した表情で〈無刀取り〉をかけたが、棒を奪った瞬間に子猫か怪盗のどちらかが〈巾着切り〉で奪い返した。
「——ほらアニキ、パス!」
栗毛の怪盗が残酷な笑みを浮かべて奪い返した棒を投げ、双子の兄が受け取って「チェスト」と叫ぶ。何度も棒に切られていた牛の右足がその一撃でついに折れた。
血を撒き散らして牛の右足が転がる。片足を失った牛はがけ崩れのような音を立てて迷宮の床に転んだ。
「——ミケッ! 殺るぞ!」
「にゃ!」
父と娘が仰向けに倒れた牛の体を駆け上る。
娘は牛の左肩、父は右肩で武器を振り上げ、ミノタウロスは悲鳴を上げた。魔物の言葉はわからないが、命乞いをしたのだと思う。
しかし親子は止まらない。
子猫とヒゲは同時に、腐れゴミ牛の首に向かってスキルを発動した。
〈——邪鬼心示現流——〉
スキル表示が目の前に浮かび、
「「 チェストーーーーッ!! 」」
クソ牛の首は左右からの剣に切り裂かれ、血を撒き散らしながら宙を舞った。ダンジョンの壁や床に血飛沫が散る。牛の首は迷宮の地面を覆う焦げた根っこのひとつにめり込み、父と娘は勝利に雄叫びを上げた。
(よかったすね……)
ムサは牛の胴体で叫ぶ親子を見て泣きそうになった。
(少なくとも、これでポコニャ先輩のカタキは取れた……)
迷宮の雑兵どもはボスの死に悲鳴を上げ、怯えながら巨大な穴のほうへ逃げていった。
三毛猫とその父親は雑魚を追ったりせず、牛の死体を蹴ってムサのほうに走ってくる。
一刻も早く倉庫に戻りたいのだ。ボスを殺した直後だというのに親子は目に涙を浮かべていて、怪盗・ナサティヤもうつむいて走ってきた。
「…………ママは」
三毛猫が泣きそうな顔でつぶやいた。ラヴァナは首を振った。
「もう諦めろ、ミケ。村長を弔った時の演奏は良かった。ママのために、あのきれいな曲を弾いてやれ……」
「——違う! 弾かない! カッシェが、ママは『まだ死んでない』ってゆってた……! 神託だってゆってた!」
「……なに?」
ミケは叫びながらムサの倉庫へ入り込もうとした。しかしすぐに後ずさりして、ムサは自分の倉庫から少年とリーダーが出てくるのを見た。
二人は黒猫の亡骸を抱えていた。ポコニャ先輩はまったく身動きしないし……もう、息もしていない。
ムサには意味がわからなかった。先輩はどう見ても亡くなっているのに、叡智の女神が鑑定で「死んでない」と言った? ……まさか。
「——父さん、急いで!」
カオスシェイドが焦った声を上げた。彼はフェネ村長が残した薬をまずそうに飲み、黒猫を父親に預けて激しく目を動かした。なにかのスキルを使うつもりらしい。
「おまえら、迷宮の床を均せ! カッシェが儀式をする——極大魔法のために、魔法陣を描くための場所が要る!」
——極大魔法、という単語を聞いた瞬間、ムサはもう動き出していた。
……マジか。さすがは星辰の子だ。
ゴリの倉庫で「極大・鑑定」が発動したのは目にしたが、ウユギワ村ではフェネ村長しか使えなかった「極大魔法」を、カオスシェイドは普通に使えるらしい!
しかし少年は限界に見えた。
本当にあの子は7歳なのか……?
カオスは青い顔で疲れ果てていて、落ち窪んだ目をしていた。普通の7歳なら親に泣き付いても不思議じゃない顔だ。
「早く……平らに……極大魔法の魔法陣は、大きい方が成功率が上がります」
それでもカオスシェイドはふらつきながら「剣閃の風」の全員に指示を出し、ラヴァナは光る棒で、ミケが爪で迷宮の地面の根っこを切り飛ばし、ナンダカ夫妻が細かな瓦礫をどかす。
ムサも必死で地面を踏みしめ、どうにか8畳ほどの平らな床を作ると、カオスシェイドはスキル表示も無く、ほんの一瞬で地面に複雑な魔法陣を描いた。
その様子に大人全員が息を呑んだ。
この少年はちょっとおかしい——無詠唱を借りた時、ポコニャが言っていた通りだ。
魔法陣は普通、〈結界〉という専用のスキルを持つ職人が長い時間をかけて羊皮紙に描いたり、石に彫ったり、あるいは布に刺繍することで有効になる。
冒険者がよく使う魔石つきの釘はそうして作られた魔道具の一種で、地面に打ち込むと魔石に彫られた魔法陣が効力を発揮するが……。
カオスシェイドは釘も使わず一瞬で魔法陣を彫り終わると、三毛猫に木製の楽器を押し付けた。前にポコニャから聞いた話では、「ギター」という名の楽器だったはずだ。
7歳のカオスは同い年の子猫に暗い顔で告げた。
「いいか、ミケ……俺の極大魔法は『歌』の属性だから、みんなで歌うか、みんなで一緒に楽器を弾かないと奇跡が発動しない。それも、全力でだ……本気で歌を歌わなければ『歌の女神』は動いてくれない。つまり——」
——ミスしたら母親が死ぬと思え。
カオスシェイドは残酷な警告を発し、7歳の三毛猫は青ざめた。ギターを持つ小さな手が震えている。
「…………カッシェ、こわい」
「やらないと助からないよ。この場で演奏できるのは俺とミケだけだし、常世の女神は、たぶんあと5分も待ってくれない」
と、そこでムサの倉庫から知らない少女が顔を出した。ムサはもちろん、ラヴァナも怪盗も警戒したが、ナンダカが大声を出す。
「やめろ! この御方は神だ——常世の女神様だ!」
——ホントかよ? と聞きたくなった。
リーダーが言う「常世の女神」は奇妙な茶色い料理の乗った皿にスプーンを伸ばしていて、仮面でも付けているかのようにまったく表情を変えず、笑いもせず泣きもせず、妙な料理を口に運ぶたび「うまうま……」とつぶやいていた。
「……パッヘルベルのカノンを演奏する」
カオスシェイドがムサには一言も理解できない言葉を口にした。
ムサは「パッヘルベル」も「カノン」も知らない。
しかし三毛猫は理解しているようで、青ざめた顔で頷いた。子猫の目の前の床が削られ、猫の爪痕のような5本の線が引かれ、線の所々にオタマジャクシのような記号が描かれる。
「楽譜の通りに演奏してくれ。……儀式を始めるよ」
カオスシェイドはそう言って、静かに自分のギターを鳴らした。
少年にわずかに残ったMPが魔法陣に流れ込み、迷宮の床に刻まれた複雑な図形が青白く発光する。ポコニャ先輩の遺体を光が包み、常世の女神が食事の手を止めた。
「……おお、これは珍しい。少なくともわたしは知らない曲」
常世がつぶやき、同時に、ムサは7年ぶりに「世界神」の顕現を見た。
まばゆい光があり、迷宮の最下層だというのに、カオスの隣に「歌の女神」が現れた。ムサと同じ緑色の髪をたなびかせ、空のように青い瞳は、〈剣閃〉でもポコニャでもなく、ただカオスシェイドと子猫に向けられている。
「祈れ、ムサ……俺たちにはそれくらいしかできない」
ナンダカが小声でつぶやいた。
ラヴァナはもちろん、怪盗もリーダーも手を合わせて目を閉じた。ムサも慌てて先輩たちに従う。
両目を閉じた暗闇の中、カオスシェイドのギターが奏でる美しい音だけが聞こえ、そこに三毛猫の音が加わった……。
『——あちしの娘は、毎日カッシェに音楽を教わっている』
いつだったかギルドの酒場でポコニャが言っていたのを思い出す。
その時の話題は「子供たちの毎日の修行について」で、独身のムサは
『ナンダカはともかく、怪盗やムサにはわからんだろうにゃあ。うちの旦那なんか「音楽なんてなんの役に立つ」と言うけど……魔法職のあちしが思うに、ミケが毎日やっている模擬戦とか勉強とかより、あれが一番やばい訓練に思える。
実際、うちの子はギターを教わってすぐ星辰様から〈拝聴〉のスキルを頂いたし……あの子たちの練習を聞いているとにゃ、たまに、ふっと、隣に歌様がいるような気がする瞬間が多くあるんだ。
あの子たちがギターを弾くたびに、あちしみたいな詠唱系の、魔法を使うすべての冒険者を取り仕切る「歌の女神様」の気配がする……ムサにはわかるかにゃ?』
カオスシェイドと子猫が演奏を始めた「パッヘルベルのカノン」は、ムサの耳には、2人の子供がギターで追いかけっこをしているように聞こえた。
まずはカオスが抑揚のついた見事なメロディを披露し、それを追いかけるように三毛猫が同じメロディを奏でる。ミケは少々力が入りすぎていて、カオスに比べ抑揚に欠けたが、それでも2人は、ムサがこれまでに聞いたどんな曲よりも美しい音楽を披露して見せた。
ムサはつい目を開いた。
目を開くと、カオスシェイドは青ざめた顔で淡々と演奏していたが、三毛猫のほうは母親の骸を見つめ、泣きながらギターを奏でていた。
ミケは息もせず横たわる母親だけをじっと見つめ、不安で仕方がないような顔で懸命にギターを鳴らしていて——ミスをしたのだろう、少し奇妙な音を出してしまい、全身を震わせてギターに集中し直した。
演奏を間違えた自分を許せないようで、両目から涙がぽろぽろと溢れる。
しかし神々はミスを気にしていないようだった。
世界神ファレシラはずっと目を閉じて不思議な曲に聞き入り、口元に微笑みを浮かべている。常世の女神も食事を中断して目を閉じ、こちらはなんの表情も見えなかったが、耳慣れない音楽に聞き入っているのは明らかだった。
それだけではない。ミケが流した涙はポコニャの遺体に降り注ぎ、涙の一滴一滴は、まるで「星辰の霊薬」のように母親の傷を癒やしていた。
いや、実際、この効果は星辰の霊薬そのものだ。盾役のムサは7年前にパーティが手に入れた霊薬の大半を消費してしまっていたが、そのぶん誰よりも薬の威力を体験している。
ミノタウロスに胴体をえぐられていたはずの黒猫は、娘の涙で肉を取り戻していた。春の植物のように筋肉が再生され、表面を皮が覆うのが見える。
しかし黒猫は、いつまでも目を覚ますことがない。
(なんですか!? 体は元に戻ったのに!)
ムサは不満だったが、そこでカオスがミケに目線を送った。ミケは怯えた顔で頷いて、2人は揃って最後の弦を爪弾き、
演奏を終えてしまった……。
◇
「——さて……」
子供2人が演奏を終えると、世界神は静かに目を開き、立ち上がった。
曲を聞いていた全員が目を開き、不安そうに世界神を見つめる。ヒゲのラヴァナは滂沱の涙を流し、盛んに嗚咽を漏らしていた。
「どうですか、常世ちゃん? わたしとしてはこの子の命を返してもらいたいのですが☆」
世界神は明るく笑って小首をかしげた。常世の女神は無表情のまま料理を口に入れ、飲み込み、感情を伺い知れない鉄面皮で頷いた。
「……ん。確かに珍しかった。だけどポコニャはもうわたしのものだし……となると、わくわく?」
「ええぇ……わくわくです? カオス()さんもミケちゃんも、すっごく頑張ったと思いますよ? 歌たるわたしが保証しましょう☆ 今のはこの星で初めて披露された曲でしたし、見事な演奏でした♪ そうですねぇ、歌の女神としては霊薬を湧かせまくりたくなるし、カオス()さんに臨時の10SPをあげちゃえるレベルでしたが?」
「ん。珍しいのは同意する。きれいな
「ですです☆ それじゃ手ぶらでお帰りくださいます?」
「でも、それはこの星に有利すぎる気がする」
「ほほう、なるほど……☆ 常世ちゃんはいつから我々の審判気取りです?」
ムサの前で女神たちは軽妙な会話を披露していたが、ファレシラの最後の発言で急に空気が変わった。張り詰めたような静寂がウユギワ迷宮の25層を支配する。
常世の女神は興奮気味に謎の料理を口に運びながらつぶやいた。
「ん? これは惑星にケンカを投げ売りされる予感」
「ねえ常世ちゃん、あなたもシュコニの戦いを見ていたでしょ? あの子が命を賭してくれたから結界は破られたし……月にやるのは英雄ひとりで充分じゃありません?」
「足りない」
常世の発言を受け、女神ファレシラは貼り付けたような笑顔を見せた。
「……ねえ、よしてよ常世ちゃん♪ わたしもねぇ、眷属の前では良いカッコしたいのです☆ コイツったら、普段はアクシノばっかり頼りにするんですよ? わたしも加護を与えているのに、なにかあるたび『叡智サマ、かんてぇー』とか言って、叡智にばっかりサマを付けてさ……ちっともわたしを頼らないのです☆ わたし、ずっと『思考加速』をお願いされると期待して待ち構えていたのですが♪」
「ぬなッ……!?」
カオスシェイドが変な声を出したが、ムサは言葉を口に出せなかった。世界を支配する神々は不穏で異様なオーラを発していて、ムサのような凡人が声を出すのを許さなかった。
常世の女神が「ん」と咳払いした。
「わくわく。ならばカレー10万杯では?」
「御冗談☆ うちの眷属を常世の料理人にするわけにはいきませんよ♪」
「ん。それは重畳。……レファラドはよくぶん殴ってるけど、歌をボコるのは50年ぶり? ——文句があるなら、取り返してごらん」
発言と同時にポコニャの遺体がふっと虚空に消え、気がつくと、常世の女神が黒猫の体を抱いていた。ミケが悲鳴を上げたが常世は無表情で〈倉庫〉を開き、黒猫の体を中へ入れてしまう。
倉庫の口が閉じた。
ミケは爪を伸ばして斬りかかり、ラヴァナは棒で常世を襲った。しかし「
「無駄よ、よしなさい」
ファレシラ様が小声でたしなめ、常世に向かって嘘くさい笑顔を見せた。
「——わお☆ それじゃ交渉は無駄みたいですね? ——鍛冶のアイワン、今すぐここへ顕現なさい」
ムサにはなにひとつ事態が飲み込めなかった。しかし星辰の一言で彼女の隣に小柄な男が顕現し、
「……アイワン、今から死神ちゃんをぶん殴るので、合図をお願いします。わたし、これでも歌の神ですからね♪ ……こーゆーときは合図が欲しいのです☆」
女神ファレシラが右手を差し出すと、その下に巨大な青銅の鐘が現れた。隻眼で、ドワーフのような見た目の「鍛冶」が、自身の身長ほどもある黄金の金槌を振り抜いて鐘を叩く。
〈——星と歌の魔術:星辰の鐘——〉
ゴングが響き——惑星の女神と死神の、殴り合いのケンカが始まった。
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