第3話 ビューティフル・ストリーマー

「映画研究会に入らないかい?」


 いつのまにそこに立っていたのか、まったく気が付かなかった。 

 綺麗な金髪ブロンドをポニーテールにまとめた碧い瞳の彼女。


「ボクはキャサリン・楠木・アンダーソンだ。キャッさん、もしくはカントクと呼んでくれたまえ」


 歌劇団の男役のような良く通る声で少し芝居がかった自己紹介をするが、香澄たちはもちろん知っていた。

 主にダンジョンアタックの配信を行う配信者ストリーマーとして、国内だけでなく海外にもその名前は知れらている、その筋ではかなりの有名人である。

 学校制度が州によって異なるせいで、高校入学と共にアメリカから帰って来た彼女の本国でのダンジョンアタックに関する公式記録は目を見張るものではあるもののそのほとんどが参考記録。唯一、認定されているのが世界最高峰ダンジョンのひとつ「ダンジョン・オブ・リバティ、通称『自由の女神ダンジョン』」生還者であることだけだった。


 突然、有名人に話しかけられて固まっていた香澄は喉に詰まりそうになっていたモッツァバーガーを何とか飲み込んで、


「どうして私なんかに?」


 映画研究会と聞けば響きは穏やかであるが、その実情は目の前にいるキャッさんの『ダンジョン攻略配信を撮影する』という非常に高レベルな活動を行っている。どこから集まって来たのか、純粋な能力でいえばダンジョンアタック部の一軍に匹敵するのではないかと噂されるが……。


「理由はふたつ。ひとつはキミの実力だ、富士宮二中の可愛いアサシン殿」


 ほんの1時間ほど前に全否定された戦術を評価されるのは何ともむず痒い。


「もうひとつは何ですか?」


「サクラッコが苦手、というところさ」


 と、ウィンクした。


 ふいに席の向こうでキャッさんを呼ぶ声がする。


「あぁ、済まない、これで失礼するよ。連休明けにでもまた話をしよう」


 踵を返して、上げた手をひらひらと振って見せた。

 店を出ていく一団に軽く頭を下げて見送る。


「……か、香澄、香澄! キャサリン嬢だ! キャサリン嬢!」


「頬を! 頬を!」


「ウチのも頼む!」


 二人で頬をつねりあう。しっかりと痛い。


「無理無理無理無理。逝ってしまうわ」


「『キャッさんと呼んでくれたまえ』だと! たまえ! とか!」


「好きーーー!」


「ちょっと待って、ちょっと待って!」


「汗凄いわ、脇汗ヤバすぎる」


「シャワー浴びたのに、意味あらへんやないか」


「ヅカだわ、ヅカ!」


「見たか? あのバチバチのピアス!」


「3つずつて、自由過ぎるわ。耳たぶの星形の可愛すぎないか」


「いい匂いしたし、いい声だー」


「何を食ったらあの巨大な胸になるんだろうか」


「やめとけやめとけ、ワシらとは分子レベルで違うんだ」


 ふと我に返りそれぞれのつつましやかな胸を見下ろす。


「ともかく、次の場所が決まって良かったわね」


「どうなんだろ。気持ちの整理がつかないっていうか」


「やることなかったら『自分のいけなかったところ探し』をやって勝手にへこむだけでしょ?」


「まー、やるだけやってみるか」


「そうだ、頑張れ頑張れ」



 宮古島本島から15分の距離にある離島・伊良部島。

 彼女が下宿しているその島に着いたのは高速船の最終時刻だった。

 橋のかかる話は小学校時代に遊びに来た頃から出てはいるが、いまだに島民の通勤通学、はては物資の搬入は高速船やフェリーによるものである。


「今日も精が出るねぇ」


 佐良浜の待合所で知り合いと談笑していた叔父の間宮林太郎まみや りんたろうが香澄に気が付き手を振る。


「ラテさん、遅いのにすいません」


 若い時分から南米を放浪するのが趣味で、ついたあだ名が『ラテさん』。彼自身はダンジョンアタッカーではないが、ブラジルのコルコバードダンジョンやペルーのマチュピチュダンジョンなどの知識はかなりのもので、リオのカーニバルで現地の人と踊った事や、身ぐるみはがれて命の危険を感じた事など、香澄も子供の頃から海外での変わった土産話を聞くのが大好きだった。


「なんの。寄り合いの帰りに時間が合ったんで来ただけさ。代わりに晩御飯がないけどな」

 

 わははと笑う。


「私は友だちと済ませてきちゃったから大丈夫だけど」


「よしよし。じゃ、帰るか」


 香澄の乗ってきていた自転車を荷台に乗せた軽トラックはまばらな街灯の道を走り始めた。


「あのね……部活、変わることになったの」


「へぇ! あんなに楽しみにしてた強豪・南国宮古なのに、何かあったの?」


「私のアタックスタイルに問題があるっていわれたの」


「あー、確かに下級生では許してもらいにくいかな……何するの?」


「ラテさん、キャサリン・楠木・アンダーソンって知ってる?」


「……南国宮古の有名人だね、もちろん」


「中学時代はどうだった? 凄かったの?」


「ジュニアハイの大会に出ることはあんまりなかったみたいなんだよね。だから公式の記録がない。親父さんが米軍のダンジョンアタック部隊の隊長やってるアンダーソン中尉って人で、お袋さんもプロアタッカー。そんな中でいろんな作戦に参加してたようだね」


「ほーん。スケール感が狂うなぁ」


「香澄の近くでいうと、南国宮古のダンジョンアタック部で部長やってる京極さんなんかは世界5大ダンジョンの『朱雀門跡』経験者だから、まぁ似たようなもんかもしれないけどね。やっぱり、神職っていうか陰陽師系のスキル持ちだから、いろんなことやってきてるんじゃないかなって」


「私ね、そのアンダーソン先輩の『映画研究会』に入ることにしたの」


 林太郎は少し驚いたような顔をして、


「……そうか。それは面白いな」


「どうしたの?」


「や、なんでもないよ。がんばんなさい」


「了解でアリマス」

 

 敬礼をして笑う。

 そうして連休は自主トレであっという間に過ぎてしまった。

 



「んで、なんでオヌシがおるのかね?」


 入部届を書きに映研の部室を訪れた香澄を出迎えたのは、ニッコニコの……。


「まーゆーみー!」

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