シネマチック・ダンジョン南国大決戦!! ~モンスターより動画編集のが強敵だったりします~

たちばなやしおり

第1話 ダンス・ウィズ・モンスターズ

 銃声が虚しく響いた。

 5月の3連休ゴールデンウィーク、初日。

 南国宮古島市。カママ嶺かままみね公園災害特別指定地域、通称『シーサーダンジョン』4階層。

 固有モンスターであるティダオオカミたちの咆哮があちらこちらから聞こえる。

 ダンジョン化し始めた名所名跡のうちで最も初期に発見されたものの一つで、探索し尽くされた「初級者でもアタック可能なダンジョン」だが潜ればそれなりの難易度である。

 この春に入部したばかりの新人には――キレ気味に援護をしながらアクションカメラでその状況を撮影している市川香澄いちかわ かすみもそのうちの一人であるのだが――少々荷が重いように感じられた。全員、全国中学ダンジョンアタック選手権大会全中ダンジョンを経験しているとはいえ、火力の足りない装備や不十分な連携など準備不足なのは明らかだった。


「もうっ!」


 香澄は記録を命じられた新入部員たち全体の映像を収めながら、腰だめに構えた89式の引き金を引く。

 この春、高校進学と共に新調したばかりでイマイチしっくりときていないが、現状これ以外に頼りになる物はなかった。本来、隠形を駆使した奇襲がスタイルの彼女にとっては馬鹿正直にモンスターと対峙する力押しのスタイルパワープレイは苦手とは言わないものの、好きか嫌いかでいえば大嫌いだった。

 私立南国宮古島学園ダンジョンアタック部8名と香澄を含めた撮影係3名の無事は確認できている。引率の先輩たちは……気にするまでもなく、一定の距離を保ちながら自分たちを観察しているのだろう。姿は見えないが気配は感じられた。


「どこが! 簡単な! レクリエーション! なの! よ!」


 回復係ヒーラーに飛び掛かってくるクソ狼共に叫びながら鉛弾を撃ち込んでいく。

 特にこのドウクツオオカミ種は他のモンスターと違い「人を獲物として認識している」ため、余程のことがない限りはあきらめて退散してくれることはない。特徴のある仲間の血の匂いを嗅ぎつけては増援が現れ、稀にそれは他のモンスターを呼んだ。


「市川ァ、ヤバくないか?」


 複合弓コンパウンド使いのリーダーが情けない声を上げる。

 これが全中ダンジョン優勝校の司令官コマンダーなのだから頭が痛い。

 そもそも、先ほどの戦闘でコイツが自分の矢をケチって逃げる狼にとどめを刺さなかったことが現在の惨状を招いているというのに。


「あたしは今は撮影班なのよ! ちょっとは頭を使って考えなよ!」


 抑えていても口調が段々キツくなる。


「そもそもはさ! なんで矢なんてケチってんのさ!」


「あれは……」


 言いかけた司令官に、香澄がタックル。見事に吹き飛んだ、その場所に狼2頭が突っ込んできた。奴らのメジャーな攻撃方法だ。前後から飛び掛かり相手を咬み倒す。その頭に正確な射撃、4発。


 大きく息をついてからインカムに、


「京極先輩! 現状では戦闘の続行は不可能と思われます! 撤退の許可をお願いします!」


 部長の京極櫻子きょうごく さくらこの許可がなければ勝手な行動は取れない。逆に、指示通りに動いている範囲内であればその結果は上級生の責任となるのだ。むこうから何も指示がないという事はまだ大丈夫と考えているのだろうか。


「……しょうがあらへんなァ。ほんなら市川、アンタが指揮して無事に脱出してみよし脱出してみなさい


 戦闘の雑音の中、彼女の声がやけに鮮明に聞こえた。


「了解しました。一年市川、撤退戦に突入いたします!」


「ふふふ……せいぜい気張りや……」


 新たな咆哮。空気が変わる。

 狼どもの攻撃が止む。後退している?


「帰ろとしたら、終わったわ」


 CMソングの替え歌を口ずさんだ彼女が目にしたものは……。


 B級害獣、ティダケルベロス。体長5mを越えるオオエドフェンリルの特殊個体で、その名の通り頭が3つあるレアモンスター。

 所謂、ボスキャラというやつだった。

 赤黒く丈夫な体毛は物理的な攻撃が通り難く、炎は吐くわ、見た目で相手を委縮させる効果まで持っている。ただ、物理攻撃が全く効かないわけではないあたり、もう一匹のボスであるティダタイマイというカメの化け物よりはまだマシであった。

 マシというだけで問題ない訳ではないのだけれど。


 予定通りその場にいた全員が委縮し絶望に包まれる。

 絶望は生きる望みを無くし、ポテンシャルを極限まで下げる。ゲームのデバフというものはこういう状態の事を言うのだろう。


「私が殿しんがりを務める! 全員無事で帰る事! いいね!」


 メンバーは戸惑いながら声を出す。


「声がぁ! 小さぁい! 分かったら『はい』と言え!」


「「「はい!!!」」」


 絶叫にも似た声が響いた。 


「3秒後、耳塞いで出口向いて走って!」


 音響閃光弾スタングレネードを2本抜いて投げつける。

 1発1万5000円、支給品ではなく私物である。

 血の涙を流しながらの投擲だった。


「私のさんまんえーーーん! くそーーー! 暑いーーー! ブルーシールの新味、食べたーーーい!」


 対閃光防音眼鏡をかけた香澄は激しい光に向けてありったけの恨みをこめて弾丸を打ち込んでいった。

 今は無事に帰れるかどうかよりも、もう1つバイトを探さなくてはならないなという思いでいっぱいだった。

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