第6話 妖精
(女の声だ……)
聞こえてくるはあまり怖くもなさそうな声だ。
隠れていた妖精はこっそりと納屋の中からその者達の姿を見る。
明らかに弱そうな女が四人、そのうち二人は貴族だろう。
服装が明らかに違う。
どう見ても力は弱そうだし、戦うのに適した者達ではなさそうだ。
あれならば少し脅せば従ってくれそうだ。
自分の見た目を弱々しいものに変え、同情を引こうと考える。
そうすれば油断して味方に取り込めるかもしれない。
(あの容姿は使えそうだしな)
令嬢ではなく侍女の方に目星をつける
以前に奪った容姿も使えそうだと最初は思ったが、身分が高いのが災いして、寧ろ追われる事になってしまい、困った。
侍女であればそのような心配はないだろう。
逃げ切る為に容姿を奪い、その後は女の特権を存分に使わせてもらう。
しかしその前に屋敷に戻ろうと女達は踵を返してしまう。
このまま帰しては自分の存在を誰かに知られてしまうし、追ってきた者達も近くにいるからそちらに伝わってしまうかもしれない。
妖精はせっかくのチャンスを逃すまいと強引な手を使った。
◇◇◇
浮かび上がった視界に叫び声も忘れ、四人は身を固くする。
「僕の役に立ってもらうよ」
(やっぱり悪いものなのね!)
ミューズは集中し魔力を溜め始めた。このままでは地面に叩きつけられて皆大怪我を負ってしまう。
「どうして、こんな事を……」
レナンは巻き起こる風に声を奪われながらも、懸命に妖精に言葉を掛ける。
「逃がすわけにはいかないからだよ」
妖精は侍女二人の方を見る。
(一人は何だか気が強そう……ならば)
妖精はレナンの専属侍女であるラフィアに狙いをつける。
「僕にその姿を頂戴」
「え?」
激しい風をものともせずに妖精はぐんぐんと迫ってくる、。
一方ラフィアは空中で思うように動けず、逃げる事は出来ない。
二人の距離は見る間に近くなる。
「ひっ、いや!」
恐怖で青褪め、ぎゅっと目を瞑るラフィアの体を暖かな光が包み込む。
「そんな事はさせないわ」
ミューズが詠唱を終え、魔法を発動させる。
四人を守るように光の幕が現れ、それは妖精の接触を防ぎ、そして地面に叩きつける衝撃も吸収してくれた。
ミューズは魔法を解除せず、そのまま妖精を怒鳴りつける。
「ラフィアに手を出そうとしたり私達に攻撃したりするなんて。あなた、許せないわ」
「ただのお嬢様じゃなかったか」
ミューズの魔法を見て妖精は顔を歪めた。
「観念しなさい。もうすぐ護衛の騎士達も来ます、そうなればあなたは終わりよ」
「それはどうかな?」
妖精は姿を変え、小さな蛇となる。
しゅるしゅるとあっという間に草むらに入り、見えなくなってしまった。
「待ちなさい!」
そう叫ぶものの、姉達が襲われては困ると魔法を解除する事出来ず、追う事も出来ない。
歯痒い気持ちで見送る事しか出来なかった。
「姿を奪おうとしたって事はやっぱり……」
あの妖精がティの姿を奪ったのだろう。
それを見逃してしまった事に、ミューズもそしてレナンも悔しい思いであった。
◇◇
迎えに来た護衛と合流して屋敷に戻れば、皆バタバタと忙しない様子であった。
「何かあったの?」
「どうやらアドガルム国の者が来ているそうです」
先触れも手紙もなく、急な話だ。
他国から人が来ているなど大事な話に違いない。
(もしかしてティの事で何か?)
レナンもミューズも慌ててしまう。
「申し訳ありませんが、私どもの方では話が聞きたいという事わかりません。今シグルド様とディエス様、リリュシーヌ様も対応にあたっております」
二人は自室にて待機するようにと言われる。
妖精の話を今シグルドにするのは無理そうだ。
「もしもアドガルム国の方がティを助けようとしているなら話したいけど」
「そうでなかった場合は言えないわよね」
妖精を捕え、寧ろ呪いを解かせないようにするかもしれない。
アドガルム国の者がどういった意図でリンドールの辺境伯に話を聞きに来たのか。
それさえわかれば二人も協力を仰ぐのだが……。
そうして二人、もやもやしながら部屋に待機していると、二人も話し合いに同席するようにと伝えらえる。
急いで準備をし、二人は来客のいる部屋へと向かった。
そこにいたのは自分達の祖父と両親、そして護衛の騎士達がずらりといる。
相手方は見た事がない人ばかりであった。ひと際目立つのは中央にいる二人。
「初めましてご令嬢方。急に呼び出してしまい申し訳ないね」
金の髪と翠色の瞳。気さくな言葉とは裏腹の抑揚のない声と、感情が読めない相貌はまるで人形のようにも思える。
冷たく凍える様な視線に思わず気圧されてしまう。
「急な訪問で驚かせたとは思うのですが、火急の用がありまして。二人にお聞きたいしたいのです」
もう一人の青髪の男性が真面目な顔でそう話す。
長い髪を一つにまとめており、金髪の男性よりも年下に見えた。真剣な表情をしている彼は幾分か話しやすそうではあるが、緊張感は拭えない。
二人の服装、そして後ろにいる兵の数、どう見ても普通の者ではないからだ。
「わたくし達に、ですか?」
切羽詰まった様子にレナンは自己紹介も席に座る事も忘れ、聞き返してしまう。
無作法とも思ったが、二人とも気になってしょうがないのだ。
無作法を咎められるより早く金髪の男性が口を開く。
「ティという熊について聞かせてもらいたい」
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