ホテルの女
あべせい
ホテルの女
ある地方都市。鉄道の駅から遠く離れた街道すじにあるこじんまりしたビジネスホテル「スカイヒルズ」。
フロントカウンターの横幅は2メートル弱、ロビーも10畳ほどしかない。そこに、30代半ばの男が訪れる。
男は、フロントで、予約している旨を告げたあと、
「7階以上の部屋をお願いしたンだけど、どうなっている?」
このホテルは9階が最上階。胸に「藍多」というIDカードを付けたフロントの男性は、パソコンをいじりながら応える。
「お客さま、生憎、お部屋は5階になっておりますが……」
「それはないヨ。岩井、って人がいるだろう。電話で『いわい』って言ったンだ。呼んでくれ」
「イワイですか。お待ちください」
藍多は再びパソコンを操作する。
「お客さま。生憎、イワイはお休みをいただいております」
「どういうことだよ。岩井ってのが、街道に面した7階の部屋をとっておくと言ったンだ」
藍多は、落ち着いた口調で、
「お客さま。当ホテルでは、予約される部屋のご指定は、承っておりません」
「じゃ、なにか。おれが、ウソをついているというのか!」
「いいえ、そうは申しておりません。何か行き違いがあったのだと思われます」
「そんなことはどうでもいい。キミたちの責任だ。こんなものはいらないから、7階のキーを寄越してくれ」
男は、カウンターに差し出された、「514」のキーを藍多の前に突き返す。
「困りました」
幸い、ロビーにはほかに客はいない。
藍多は、数秒目を閉じて天井を仰いだ。
「かしこまりました。お客さま、お名前は……、(パソコン画面を見て)、失礼しました。『左戸(さこ)』さまでございますね。私、藍多の責任において、『714』号室をご案内させていただきます。いかがでしょうか?」
左戸は、ホッとしたように肩の力を抜いた。
「キミは物分かりがいい。出世するよ」
左戸は、記帳をすませると「714」のキーを受け取り、エレベータに乗って部屋に入った。
5分後。
ホテルの玄関ドアから1人の女性が入ってくる。
持ち物はない。私服だ。フロントにはだれもいない。女性はカウンターの中に入り、パソコンをいじる。マウスを握る手が止まる。
「ナニッ、これ。今月は学会があるから7階から上は一般客には使わせないって言ったのに……扱いは藍多クンか」
その頃、714号室では、左戸が窓のカーテンを開け、向かい側のビルを見ていた。
片側2車線の車道と歩道を挟んで、ホテル「スカイヒルズ」と向き合う形で、ホテル「スカイタワー」が建っている。
9階建てのスカイヒルズに対して、スカイタワーは13階建て。ただ、ホテル「スカイタワー」は、ビルの6階から13階までを占有しているだけで、1階から5階は貸し事務所になっている。
左戸はカーテンを閉じると、旅行バッグからビデオカメラを取り出し、カーテンの隙間にそのレンズをあてがい、スカイタワーの6階、即ちスカイタワーホテルのフロントとロビーに向けた。時刻は午後5時前、9月のこの季節はまだ明るさが残っている。
714号室の窓から、スカイタワーのフロントの一部とロビーの半分を見ることが出来る。左戸の推測では、隣の715号室がベストポジションだったが、部屋の指定は却って怪しまれると考え、我慢した。
左戸は思い起こす。
7階を指定したとき、「いわい」と名乗った女性は、
「眺望に関しましては、他の階とあまり変わりませんが、何かございますか?」
と言った。
そのとき、左戸は、
「おれは窓を開けて寝たいンだ。7階以上でないと、蚊が入ってくるだろ」
と乱暴に告げた。
すると、イワイは、
「この季節、ヤブ蚊はいないと思いますが……」
左戸の感情をなぶるように言った。
左戸も負けていなかった。
「夏の残り蚊といって、まだまだしぶといヤツが生き残っているンだ。キミの職場にもいるだろ。もう使用期限が過ぎているのに、しぶとく居座って、あれこれ指揮する古ダヌキが」
イワイの声の調子が、親しげに変化した。
「うちの社長をご存知なのですか?」
「この前、真っ赤なスポーツカーに若い女を乗せて、海岸通りを走っていた」
イワイは、驚いた風で、
「いッ、いつですか!」
「5、6日ほど前だな」
イワイの声から緊張がほどけた。
「5日前なら、人違いです。オーナーは、3日前に1週間ぶりで韓国から帰って来られたばかりですから」
「じゃ、そういうことにしておくよ。とにかく、部屋は7階でないと困る」
「ですが、窓は構造上、10数センチしか開きませんが、よろしいのですか?」
「いいンだ。別に飛び降りようというンじゃないから」
「出来るだけ、ご希望に沿えるように努力してみます」
「キミ、努力じゃ、困るンだ!」
「そうおっしゃられましても、さきほども申し上げましたように、部屋のご指定はできない決まりになっていますから……」
「部屋の指定はしていないよ。7階以上にしてくれといっているンだ。希望の階数を言っているだけだよ」
「はい……」
「返事が生ぬるい。キミ、オーナーがこんな光景をみたら、機嫌を損ねるンじゃないのか」
「うちの社長は、スポーツカーは所有していません」
「キミ、ぼくがウソをついていると思っているンだな。じゃ、これはどうだ」
「はァ?」
「オーナーは、柄の部分が黄金色の金属球になっているステッキを、常に携帯している。その金属球は、もちろん金無垢だ」
「アッ」
「あッ、じゃないよ。キミはオーナーの3号か4号か。2号でないことは確かだな」
「失礼ナッ!」
電話は切れた。
あのイワイという女性フロントは休みなのだろうが、おれの指示に従わなかった。左戸は、彼女がオーナーとかなり親密な関係にあると考えた。しかし、目下の左戸の目的は、向かいのスカイタワーにあった。
スカイタワーのフロント係の女性に一目ぼれしていた。だったら、スカイタワーに部屋をとればいい。だれもがそう考えるだろうが、左戸は違った。
ことは先月、20日前のことだ。左戸は、レンタカーで、たまたまこの街に来た。彼の仕事は、レンタカーの配送。ふだんはアルバイトを使って、ある営業所で不必要になった車を回収して、それを必要としている別の営業所に届ける管理業務をしている。
電話でバイトに指令するだけだから、ふだんは市ヶ谷の事務所に終日こもっている。しかし、時々、営業所の閉鎖や新規出店などで、一度に大量の車を移動させなければならないことがある。大抵はキャリアカーを使って運ぶが、各営業所の人間と打ち合わせが必要になると、左戸自身がで配送待ちのレンタカーを運転して、その営業所に単身出向くことが珍しくない。
営業所の閉鎖と出店が重なると、数日、いや場合によっては4、5日の出張ということもある。先月が、それだった。
左戸は、スカイタワーホテルに2泊予定でチェックインした。翌日の朝、ホテルのフロントに、前日は見なかった30代前半の魅力的な女性が立って、チェックアウトするお客の応対をしていた。
胸に付けているIDカードには「石井幸子」とあった。「いしいさちこ」と読むのだろう、珍しい名前ではない。
しかし、石井幸子は、左戸のハートを鷲掴みした。中央で分けた髪を首筋まで垂らしていて、目がたまらなく愛くるしい。
その時間、朝食バイキング用のダイニングになっているロビーに出てくると、胸のふくらみ、脚線が露わになり、さらに左戸をとりこにした。
ところが、左戸が、トレイにごはんや味噌汁などをとり、窓際のテーブルに付こうとしたとき、フロントから矢のように飛んでくる視線に気がついた。
フロント係の「屋笈(やおい)」だった。それは、ロビーを動き回る石井幸子に釘付けの左戸への威嚇のようだった。
左戸はそう感じた。なぜなら、石井幸子は、忙しくしている間にも、彼女を凝視する左戸と目が合うと、にっこりと微笑み返すからだ。
それは、左戸にだけではない。彼女にとっては、お客に対する愛想笑いにすぎないのだが、左戸は気分をよくした。屋笈はそれが気に入らない。
屋笈の視線も、石井幸子に集中している。左戸はそう考えた。2人はすでにもっと深い関係かも知れない。
屋笈は、左戸と同じ年格好、縁なしの眼鏡をかけ、神経質そうな顔付きをしている。
左戸は食事をしながら機会を待った。石井幸子が、一通りダイニングを見回ると、フロントに戻りかけた。
左戸は、彼女を呼びとめた。
「ちょっと……」
彼女は左戸のテーブルにやってきた。
「なんでしょうか?」
フロントに背を向けたまま、前屈みで笑顔を左戸に近付ける。左戸の顔まで30センチと離れていない。
その姿勢は彼女のクセなのか、近すぎる。彼女の背後に、フロントにいる屋笈の顔が見えた。怒りと嫉妬の目だ。
「私は、レンタカーの業務をしているンですが……」
左戸が言いかけると、石井幸子は被せるように、
「承知しております」
「エッ……」
「お名刺をちょうだいしております」
左戸はチェックインするとき、会社から急な連絡が入ったときの場合に備え、営業用の名刺を手渡していた。
しかし、その場に彼女はいなかったが……。
「うちの支店がこの街にあるのですが、お店のパンフレットをこちらのお客さま用に置かせていただけないか、と思っているのですが、いかがでしょうか?」
エレベータホールまでの壁際に、観光スポットのパンフレットに交じって、居酒屋やサラ金のパンフレットが並んでいる。左戸がそれで思いついた話だ。
話の中身はなんでもいい。話をするとっかかりにすぎない。
石井幸子は笑顔を崩さずに、
「問題ないと思いますが、念のため担当の者に確認してまいります」
石井幸子はフロントに戻ると、カウンター越しに屋笈にささやいた。
屋笈は、激しく首を横に振る。
戻ってきた幸子は、さきほどと変わらぬ笑顔を浮かべている。
「お客さま、申し訳ございません。当ホテルでは、そのようなお申し出はお受けしていないということなのです。以前、お引きうけしましたところ、同業他社様の当ホテルのご利用がなくなるということがございまして、ホテルの営業方針を見直したそうです。生憎のご返事になり、申し訳ございません」
屋笈とのやりとりはほんの数秒だったが、幸子の話は丁寧だった。
「いまお話されていたフロントの屋笈さんは、課長さんですか?」
「課長なんてとんでもない、ただの主任、主任です」
「でも、ずいぶんあなたに……いや、失礼しました」
幸子がその階から消えたあと、左戸はフロントに行き、カウンターに名刺を差し出してから、屋笈に話しかけた。
「会社のパンフレットをこちらに置かせていただければと思っています。いかがでしょうか?」
パソコン画面に見入っていた屋笈は、ハッと振り向く。
「お客さまは……」
「昨日からこちらにお世話になっている左戸です」
「左戸さん、ですか。そのお話なら、さきほどうかがいましたが……」
「そうですか。では、ご承知いただけるンですね」
「いや、いいえ、お断りしたはずですが、うちの者が……」
屋笈は、苦虫をかみつぶしたような顔になった。
こんな男が、幸子の恋人であってはいけない。左戸はそう思った。
「そうですか。私の聞き違いですね。そうですか、ダメですか、パンフレットを置くだけのことなのに……」
左戸はそこで、一度下げた顔をあげると、
「失礼ですが、そのご判断は、こちらさまのオーナーのご意向でしょうか?」
「そこまでお話しなければいけませんか」
「弊社といたしましても、営業活動上、社に報告しなければいけません」
すると、屋笈はキッと眉と口元を引き締めた。
「私、屋笈の判断です。社長に判断を仰ぐような事案ではございません」
「わかりました。では、社には、スカイタワーの主任さんに断られたと報告することにいたします」
「あなた、それは……まァいいです」
屋笈は途中で、面倒になったのだろう、再びパソコンに視線を移し、左戸を無視してタッチパネルの操作を続けた。
左戸はそのとき気がついた。屋笈の眼鏡だ。
眼鏡のレンズに、パソコン画面が反射している。左戸の位置からはパソコン画面を直接見ることは出来ないが、屋笈の眼鏡を通して、彼が何を見ているのか、わかる。
それは、ネットバンキングだった。屋笈は、パスワードを入力し、次の画面で金額を打ち込んだ。「100000」、送り先は……。
その直後、屋笈の眼鏡が動いた。
屋笈がハッとしたように、じっと彼を見つめている左戸を、不審気に見返す。
「お客さま、ナニか」
しかし、左戸はことばを用意していた。
「キミの態度は立派だよ。オーナーのお気に入りなンだろうな」
そう言い捨てて部屋に戻った。
翌日、左戸がチェックアウトするためフロントに立ち寄ると、石井幸子が電話で懸命に釈明している。
幸子の美しい顔が青ざめている。チェックアウトタイムの数分前のせいか、他に客はいない。
「社長、そういうことはありえません……はい、しかし……だれも……」
幸子は左戸を見て、会釈する。
「社長、いまお客さまが、あとで掛け直します」
「彼女は電話を切って、左戸に向き直った。
「ごめんなさい」
「何か、トラブルですか?」
「いいえ……昨夜は十分、おやすみになれましたか?」
幸子はすぐに体勢を立てなおし、ふだんの笑顔に戻った。
「来月も来ますから。あなたに会えて、本当によかった」
「そォ。またね。待っています」
幸子はとびきり色っぽい目つきで、左戸を見送った。
左戸は、デジタルビデオカメラをセットし終えると、向かいのスカイタワーホテルに出向いた。
フロントにいたのは屋笈だったが、何かトラブルが起きたようすで、全く左戸の存在に気がついていない。背後を振り向きながら、フロントの奥にある事務所と激しいやりとりをしている。
左戸は一旦フロントを離れると街道に面した窓際の椅子に腰を下ろし、向かいのスカイヒルズをそっと眺めた。
714号室が見える。
目を凝らすと、閉じたカーテンの隙間から、こちらを狙っているレンズが確認できた。
左戸の姿もとらえられているはずだ。
「だから、言っただろ! ユキコがバカなンだ。ハゲダヌキに入れ込んで。利用されただけだろ。ソウルの若い女に勝てるわけがないンだ!」
ユキコって、だれだろう。
左戸は、漢字を思い浮かべ、石井幸子は「いしいさちこ」ではなく、「いしいゆきこ」と読めることに気がついた。
屋笈は、左戸にまだ気がついていない。フロントを振り返り、左戸は自分の位置が柱の陰になって、フロントからは死角になっていることを知った。
事務所から、女性の声、明らかに聞き覚えのある、石井幸子の声だ。
「わたしはだまされてはいないわ。ナニ勘違いしてンの! わたしは、スカイホテルの副支配人の1人として、スカイタワーとスカイヒルズのために、懸命に働いているの。こんなハゲダヌキと関係するわけないでしょ。そこまでプライドを落としてどうすンのよ」
「ハゲダヌキは、体目当てで、ユキコを副支配人に抜擢したンだ。おれより入社が遅くて、年も1コ下なのに、どうしてユキコが副支配人になれたンだ?」
「もういいわよ。クビだって言われたンだから……もう、おしまい……」
左戸は考える。おれはここに何をしに来たンだ。
この街に新規開設した営業所でレンタカーの盗難事件が連続発生したため、調査に来た。だが、石井幸子に会うことが主たる目的だ。調査は他の同僚でもできることだから。2泊している間に、幸子にデートを申し込み、交際を進める。そのためには、邪魔な屋笈は排除しなければならない。
屋笈はネットバンキングを不正に操作して、ホテルの売上金を横領している疑いがある。その証拠を押さえるためにビデオカメラを仕掛けたが、あれは単なる脅しだ。ホテル内部を盗撮した映像を見せれば、追い詰める材料になるだろうと思ってのことだ。
フロントで何かしていたところで、そんなことまで撮影できるわけがない。わけはないが、幸子と屋笈がどんな関係にあるのか。それくらいは捉えることができる。
左戸はそんなことを考えながら、屋笈の前に出るタイミングを計っている。隠れていたと思われるのは心外だが……。
そのとき、ヒールの音がして事務所から人が出てくる気配。
「屋笈クン、やっぱり救急車を呼ぼうよ。まだ間に合うわ……」
幸子の声だ。ということは、幸子はサチコではなく、ユキコだ。彼女は気弱になっている。
「社長を殴ったのはおれだ。いくら正当防衛だと言っても信じてはもらえない。毎月、売上金をくすねていたから」
「わたしとデートするためでしょう。指輪、ネックレス、そんなもの買って欲しいって、思ったことないのに……あなたはバカよ」
「ユキコに惚れたのが間違いだった。おまえのようなイイ女が、おれに体を許すわけがない。おれは……おれはバカだった」
「社長に、『例え社長でも、売上金を無断で持ち出すのは犯罪です』と言ったのが、よくなかったのね。ソウルの女のことで腹が立っていたから、きょうばかりは止まらなかった」
「あのハゲダヌキ、携帯しているステッキでユキコに殴りかかったときは、びっくりした」
「あなたが椅子を持ち上げて応戦してくれなかったら、わたしはいまごろ……わたし、やっぱり、救急車を呼ぶわ。いまなら、まだ間に合うもの。ホテルで殺人事件なんてことになったら、このホテルはつぶれてしまう」
「救急車が来ても、手遅れかもな。おれは逃げる」
「どうやって?」
「それは、まだ……車を借りるか……」
「レンタカーがいいわ。レンタカー屋が、車が盗まれたって騒いでいるけれど、あれはバイト店員が、盗まれたことにして、中近東の車ドロボウに転売しているらしい。聞いた話だけれど、レンタカー屋の車の管理っていい加減なのよ。駐車場に行けばわかる。ドアは簡単に開くって。キーだって……だれ、そこにいるのは!」
幸子が柱の陰から覗いている左戸に気が付いた。
左戸は仕方なく、2人の前に出た。
「あなた、どなた?」
「ぼくは……」
左戸は、幸子が彼のことを覚えていないことにショックを受けた。
「どこから入ったンだ!」
屋笈が接近してくる。
「わたしたちの話を聞いていた、そうね!」
左戸は思わず頷いた。
「私はレンタカー会社の人間です。いまの話は本当ですか?」
「そんなことはどうでもいい。いままでの話を聞いていたのなら……」
屋笈の手に、柄が金色に輝くステッキが握られている。社長から奪ったものなのだろうが、左戸にとっては、凶器になりうる。
「屋笈さん、あなた、なにをするつもりですか」
「なんで、おれの名前を知っている」
上着を脱いでいるせいか、屋笈の胸にIDカードはない。左戸は咄嗟に思いついた。
「私は、実は、売上金を横領している人間を捜して欲しいと、こちらの社長に頼まれた調査員です。なんでも知っています。そこにいる女性が『いしいゆきこ』ということも……」
「バッカみたい。わたしは(胸のIDカードを指差し)『石井幸子』と書いて、イワイユキコって読むの。千葉県には多い名前よ」
「イワイ! スカイヒルズに予約したとき話したのは、キミだったのか」
左戸は、とても哀しい気分になった。
「屋笈クン、この男がホテルの調査員なら、このまま帰したら、まずいわ」
「調査員に危害を加えたら、たいへんなことになりますよ」
しかし、屋笈は金属製のステッキを握って左戸に近寄ってくる。
「待って、あなたのこと、どこかで見たことが……」
幸子のその言葉より早く、屋笈はステッキを左戸に振り下ろした……。
後ろにのけぞって倒れた左戸の目に、スカイヒルズ714号室が見える。
「キミたち、やめたほうがいい、全部写っている……」
「写っている?」
屋笈と幸子は、顔を見合わせたが、左戸の言葉の意味が全く理解できてない。
理解出来たのは、2人が逮捕されてからだった。
(了)
ホテルの女 あべせい @abesei
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