第36話 姉の涙

 気づいたら、人の顔がたくさんあった。

「意識は戻ったね。何があったか覚えてる?」


 そうだ。演奏はどうなった。


「起きるな、起きるな」


「坂下先生」


「成功や、ちゃんと退場口までは耐えた。今は右足を褒めろ」


「今からね。病院に行きます。近くにあるからちょっと待ってね」


 救急車だと思ったのは担架で出たあとだ。骨折で二回目の救急車だ。二回目の先生だった。


「治ってないのに出ちゃったか。高校生は若くていいけど、状態悪いから手術するね。麻酔入るよ」


 視界がブレて見える。横を見るとうつむいた人、あくせく動く人がいた。


「母さん」


「光、良かった。ここどこか分かる?」


「病院?」


「あんた無理したんやろ。黙って休んでたらいいのになんで出るかね。それくらい好きやねんな」


 姉がスンスン泣いている。


「アンタ何を泣いているん?」

 母さんが不思議そうに言った。


「あんとき、母さんが無いと思って探してた退部届、光に渡せば良かった。せやったら、こんな大きい怪我にならんですんだのに、ごめん光、ホンマにごめんな」

 ベッドに顔をこすりつける姉が愛らしくて思わず、いいよと答えた。

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