神様の御影

あおいそこの

誰かの涙と吐瀉物


『神に愛されたような子だね』


思わずそういう評価を渡してしまう程の子がいたとする。天賦の才能なんじゃないかと疑うような子がいたとする。それが本当がどうか、この世界では見極めることが出来る。もし本当に神に愛された、天賦の才能、天才は後ろの方にぼんやりと神様の影が見えるのだ。それに気づくと大体の人は、「なぁんだ、天才か」となる。逆にその神様の影がない人は本当の実力者という認識になり、さらなる人望や、評価を得ることになる。

その他にも上手いこと泥の跳ねる人生の雨道を避けられた時なんかは神がいることが多い。見渡してみるとうっすら、もしくははっきりとそこに神がいる。ことがある。

いたとしても唯一見えなくなる時がある。それはカメラの中にいる時だ。動画になると神が現れなくなる。写真も同じく写り込むことはない。写り込んでいるものは写真が部屋な人の指か、心霊写真だ。


動画クリエイターは神がいるのか、いないのか。分からない人も多い。

そんな世界の話。


・・・


神様はいない。けれど信じるしかない。じゃないとこの後ろでふわふわ浮かんでいる結構数の多い、それでいてはっきりしている物体に説明がつかない。朝から洗面所で絶望しながら神様の影を眺める。

「声かけても、返事あるわけでもねーし…本当に、神様なのか?お前ら」

ちゃんと揺れる。首で示す肯定のように縦に揺れる。

「そうか…神様なのか…お前らは…」

どうして俺がこんなにも絶望するのかというと。

「こんにちは!Bangチャンネルをご覧の皆さん、Bangでーす!今日やっていくのは空き缶で家を作ってみた!です・・・」

近くのスマホで自分の動画の音声が流れる。画面を切り替えると評価や、コメントが映し出された。

動画配信サービスで趣味になればな、くらいの感覚で始めた『Bangチャンネル』伸びが凄まじくてパトラーと呼ばれる応援してくれている人、フォロワーみたいなものが日本国内でトップ3に入ってしまうほど。

素直に喜べないのは俺に神がついているから。でも応援してくれる人が増えるのはそれを知らない人しかいないから。

俺のトークの面白さとか、動画の構成、企画、行動力、オチ、そこまでの流れ、それらは全て神様のおかげ。編集された動画を見る人は神様がついているのか、ついていないのかは分からない。だからこれ幸い、と家で撮影をしては、編集する。それの繰り返し。

空き缶で家を作るという企画は何度も使っている倉庫を借りて作る。その倉庫の良いところはチェックインの時に鍵をもらって、片付けをして帰るときに事務所のポストに鍵を入れるだけでいいことだ。撮影の時に見に来ることもなければ、俺のことを知らなそうな人が管理人だからすごく楽。

テレビ出演のオファーも来るが、いい感じで全て断っている。NGないような感じをしてかなり謎を多くしているのも実体として多くの場所に出現しないことを許してもらうためだ。


・Bangがテレビとかに出てこないの好感

・ホームだけで活躍しててくれ!

・謎多きBangとしてずっといて欲しい!!

そんな声がコメントの多くを占める。


もし出たら出たで評価してくれるんだろうが、神様の影がいることがバレてしまう。それが俺にとっての何よりも避けなければいけない事態だ。撮影の関係者だけだったとして。そこでの情報は門外不出だったとして。大御所の出演者に神様の影がついていたとして。

「Bangって神様の影あんじゃん」

「なぁんだ、天才かあ~」

そう思われるのはものすごく嫌だ。だから顔出しもしていないし、体は出ているけれど顔は必死に隠している。プライベートの外出も有名人みたいに顔を隠すことはしない。有名人なのかな?って思われて言葉を発した瞬間気づかれたらたまったもんじゃない。

子供のころから神様の影があることは知っていた。だからテストでいい成績をとってもそうだよね、っていう視線で刺されてきた。それが嫌だったから勉強しなくなったし、ちょっと見たところがテストにそのまま出てくる神のご厚意も無視して点数をわざと落とした。

「(Bang)って神様の影あるのに全然嫌な感じしないんだけど~」

「神様の影あるってだけで今まで大変だったろ~?お前良い奴なのにな~」

「えっ、勉強じゃない神がついてる・・・お馬鹿?」

それでいい。これでいい。これがいい。

学生時代のなんとなく戦法でこのまま生きていけると思っていた。

なのにどうして!!!

俺は趣味だとしても始めてしまったんだ…

承認欲求は満たされるし、神様の影のせいか知らないが悪質なファンもそこまでいない。純粋に応援してくれるファンばかり。ストーカーもいないし、危ないことにもそもそも巻き込まれない。

「感謝はしてる、けど…実力じゃないっていうのがな、ちょっと気になるところではあるよな」

毎朝の洗面所での葛藤はもはやルーティーン。

撮影のために1人暮らしにしては無駄に広い豪邸のリビングで準備を始めた。


そんなとある日のこと。

「今日、日本の神様の影研究委員会の公式発表で『神様の影は本人の功績と直接的な因果関係は証明できない。よって神様の影がある人だから実力じゃない。逆に神様の影がないから実力ではない、と判断することは出来ない』と文面や、動画にして発表しました」


淡々と告げられたニュース。俺は内心、心が躍っていた。

俺は本当に実力だったのか?きっと実力で、積み重ねた努力でここまで上り詰めんたんだ!そう確信できるだけのことを信頼、信用の元成り立っている人たちが発表した。信じてもいい。

信じたい情報を信じるからこの世にフェイクニュースは生まれる。


もし、これが、そう、だったら?


そんなはずはない。分かっていても、手放しで何かを信じられるほど神様に支えられてきた人生ではない。ちょっといいことがあっただけで神様の影のせいにされたりした。その瞬間だけ神が外れているのだって見えているはずなのに。粗探しがした奴らの餌食になったことだってあった。

Bangに対しても、俺と言う1人の人間に対しても、神様の影があることの大変さを知らない人からの冷たい視線に、敵意に、嫉妬に。信じるって言葉ほど大層ではないが信を置いている人から受けたこともある。

情報を扱う仕事をしている以上、嘘でないように。隠し事はあっても全てが真実であるようにしなければいけない。


ピコン

『ばんぐちゃーん、ニュース見たー?』


冷や汗が今にも床に垂れそうなほど滴っていた。その緊張を自覚させるメッセージが電子音とともに到着した。

「なんだ…ドリーか」

《どのニュース?》

すぐに既読がついて、返信がきた。

『え、有名俳優の不倫だけど』

『俺ちゃんがきょーみあるのそのくらいじゃん?』

『おかたい情勢とかきょーみねーしー』

返信の隙を与えないような速度。フリック入力の速さが化け物級に早いんだった。

ドリーとは有名ではないがマニアックなファンが多く、それに支えられているファッションブランドの長であり、デザイナー。外部から頼まれてデザインしたりすることもあるんだとか。絵も上手なので絵師としても活動している。同じくドリーという名前で両方活動しているが絵師としてのドリーの方が有名だ。神様の影はない。

《だよな》

《ちょっとだけ見たよ》

『全然応援もしてなかったけど俳優の方はさ、映画とか結構好きだったからちょーショック』

《ショックに見えないけど》

《どっちかってったら女優の方が俺は見てたから残念かも》

『マジ?胸はデカいよね笑』

『グラビアでも食っていけるべ』

《スタイルがいいのは認める。顔はタイプじゃねぇ》

『お前の好みとか知らんわ』

どうでもいいやり取りをしている間にニュースは別の速報に切り替わっていた。どこかで誰かが死んだらしい。都内らしい。犯人はもうすでに捕まっているらしい。自分の名誉にかかわらなければそれでいい。俺のこのクズ人間具合を隠せているのはいくら関連がなくても神様のおかげかも知れない。

ドリーは俺に神様の影があることを知っている。それを知っていても気にしている素振りはなく付き合ってくれている。

本人曰く、

「俺はお前の人柄が好きだ!」

だそう。もしそれに神様の影が関わっていることを研究委員会が再び真実として発表し始めたらドリーは俺から離れて行ってしまうかもしれない。気にしすぎると、ハゲるかな。

『これから撮影?』

《まぁ、そんなとこかな》

『ひゅ~スターは違うね!長くなってもめんどいしラリー終わるね』

可愛らしいスタンプが送られてきて終わった。

適当なところで会話を終わっても気まずくならなかったり、気にすることがないのがドリーの良いところ。

「撮影、はじめっか…」

仕事、というか動画を取って編集してという作業は楽しい。自分が好きな時に出来るから。毎日どこかに出社しなければいけない、通勤しなければいけない。人と触れ合うことが苦手でもないがそのストレスはBangには少ない。何もかもが家で完結してしまうから。

事務所に所属してはいるもののメールや、電話で次の動画の企画を決めたりするだけでいいから本当に合わない。人と合って話す回数は今のところ人生でコンビニの店員が一番多いんじゃないだろうか。虚しい人生ですこと。本当に。

「こんにちはBangです!今日やっていく企画は、チョコレート溶かして実寸大アニメキャラ(頭部切断死体型)を作ってみたー!体ごと作るとそれを食べるってなった時に鼻血で死にそうになる未来が見えるので頭だけなんですけれど許してください。この前僕の某SNSでね、投票してもらったと思うんですよ~あ、フォロワー数200万人ありがとうございます~」

この喋り方も、表情の作り方も決して偽りではない。素だ。完全なる素。俺の素の純度100%。1人の空間でケラケラ笑っていたらただの変人だから表情が死んでいるだけ。無理やり明るく振舞っているわけじゃない。

「俺さ、アニメとか、漫画読まないんだけど唯一と言ってもいいくらい知ってる漫画のキャラの中の推しをね。にわかです、ごめんなさいー。皆様に選んでいただきまして、作っていこうかな、思っております。ってかさ、俺はどうやって作るつもりでいるのだろうね」

これはかなりの本音。なぜか家に3Dプリンターがあるからそれを使って型を作ればいいか。どうして家にあるのかは記憶にない。酔った勢いでポチった気がする。けれど記憶にはない。

「人の頭部の大体の大きささえも分からないんだけど。このキャラちゃんは身長が一体いくつなの?164センチ!?めっちゃ平均だね。平均?平均?もっと小さい?大きい?分かんないけど。検索履歴が物騒になりそうだな」

笑いながら物騒なことを調べていく。上手い回答は見つからなかったので大体で進めていく。

「Bangはね、3Dプリンターを操れる子なのでそれで型を作り流し込み、色を付けるというなのピカソもびっくりの芸術作品を生み出すのが今日のお品書きとなっております」

カッとするシーンもカメラは回しておく。後で早送りにすればいい話だから。型紙に必要な数字を打ち込んでいく。プリンターで樹皮が絞り出されていくところはタイムラプスにすると面白い。このシーンは人気なので絶対に取り忘れのないようにしておく。

「髪の毛に関してはどっかで見たラップかなんかにチョコをしゃっしゃってやって曲げて固めるとか、そういうことをすればいいと踏んでいるーのーで…クオリティには一気に期待が出来なくなりましたね。皆さん。適当大魔王の癖が出ましたよ!鼻の生成は海外で似たようなことやってるチャンネルの方を参考にしつつ、って感じで進めていきますか!」

しばらく休憩タイム。

自分に対する評価や、感想が随時更新されるSNSを周回する。アンチコメントを見てもそう見えているんですね、としか思わないから特に心が揺れ動かされることはない。でもたまに1人でいすぎて『自分なにやってるんだろう』みたいなマインドになることがある。深夜に暗い部屋でよくわからない撮影をしている時とか特に。

子供のころから1人を好む性格ではあったけれど、友達が欲しくないわけじゃない。むしろめちゃくちゃ欲していた気がする。矛盾みたいだけれど1人でいた方が楽だから望むけど、そこには可もなく、不可もない。可を求めるのは人として当たり前の感情の気もする。神様の影のせいで敬遠されてきた経験も理由の1つ。

出来れば1人にはなりたくない。でも1人の方が楽だから。その天秤は傾くことを知らない。どこまでも水平を保つ。


数年後。

コンテンツの大量生産大量消費の時代を経て、コンテンツの需要と供給が追いつかなくなった。新しく生み出される物の寿命が短いから長く保たれることなく消えていく。古いものも段々と記憶から消えていく。

そして俺、Bangの所属している事務所が倒産してから人生は変わり始めた。個人でも何とかやっていけるだろう、と思っていたけどそれは甘い妄想だったようで。自分の企画をわざわざ確認してもらう必要がなくなったのは解放だった。けれどバックアップがない分、自由度は減ったし増えた。

いつからか「Bangチャンネル」も寂れてきた。半ば義務感のように応援してくれている人がきっとほとんど。今更ハマり始める人はほとんどいないだろう。新しく動画コンテンツというものに触れる子供も長い間同じものに縛られなくていい、という言葉にされた流されやすい性質を持ち俺のところにこだわる新規のオキャクサマはもう現れない。

それならばそれでいい。だいぶ金は貯まった。その中で生き続けられるだけのコンテンツになろう、とは思わず、新しい何かを始めるために。その時に必要になった時にスッと使えるだけ。それだけの金を貯めようと思った。だいぶ今でも銀行口座には目を見張るような額が入っているが、金はあればあるだけ好きなことが出来る。

『ばんぐさん、次の動画カット終わりました。』

『いつもの所に動画置いておきます。』

事務所の時に専属で着いてくれていたスタッフさんだった。一度も会ったことがいない。それなのに忠誠心か、どんな感情が故かは分からないけれど今でも俺についてくる。ありがたい。

《ありがとうございます》

《今度会ってお話したいんですけど、都合いい日程があれば教えてください》

結局いくら年数が経とうと変わらないこの風潮に今も俺は怯える日々を送っている。

今後俺が興そうと考えている事業にも来てくれたら百人力だ。どう思うかは分からないけど神様の影がついていることをバラして、一緒に仕事をしていけたらと思っていることを話したい。

『じゃあ31日とか、どうですか?その日だったら1日空いてます。』

《その日で大丈夫です》

《家の位置情報送るので来てくれますか?》

『分かりました。』

事務的な口調のやり取りをこれから柔らかくしていけたらいいな。

神様の影があることには人一倍敏感なくせに、ちょっとした変化には気が付かないんだ。


「すごいところ住んでるんですね」

「あ、マネージャーさん…ですよね」

「はい。改めましてマネージャーを変わらず務めさせていただいてます。千葉富花(ちばふうか)です。よろしくお願いします。お会いできるとは思ってもいませんでした」

「Bangです。今まで1回も会わずに仕事だけ押し付けちゃって申し訳ないです。入ってください」

「失礼します」

丁寧に靴をそろえて家の中に上がる育ちの良さが見える富花さん。下の名前が好きだからそう呼べと言われた。決していつでも流行りのハラスメントではない。

「事務所が倒産したじゃないですか」

「そうですね」

「動画サービスも怪しくなってるじゃないですか。テレビが勢いをさらに上げてきて。個人勢じゃ勝てない規模感で、手軽さを前面に押し出してくるようになって。だから俺のホームでもあるこの場所ってだんだん揺らいでる、から新しい事業を興そうと思うんです」

「ほう…詳しく」

乗り気な姿勢に言葉を次々に飛び出させる。その中には現実的に考えても難しそうなところもあったけど今後のビジョンが大体であれ確立していることを伝えようと必死だった。直面した時に考えていけばいい。ドリーにも話を匂わせていていい感じの返事をもらっている。ということも告げた。

「最初は、自分のBangって名前を前面に売り出して知名度を高めてから中のクオリティに目を向けてもらえるようにしようと思ってます」

「実際に俺の話に乗ってくれるかは分からないけど何人かクリエイター仲間に声をかけてます」

「いい返事をもらっている人も多くてテレビに進出というか、テレビの中でクリエイターってジャンルを作ろうかなって」

「まだ構想段階だけど、その考えをタイアップしたことがある企業さんともお話したら肯定的な意見をくださったので、そういう方と改良しながら進めていきたい」

他力本願なところもあるが自分の出来るところから始めて、出来ないところを周りを協力しながら。そして出来ないから、出来るへ。出来るから操れるへ。だんだんと昇華させられたらいいな。とりあえずは始めなければ何も始まらない。潰えてしまうかも分からない。砕けるにしろ、咲くにしろ。種を投げてみないとその土壌に適しているかは分からない。

「その、偏見はないつもりですけどBangさんって神様の影あるんですね」

「そうです。使えるものは使って行かないと、って思ってるからプライドかなぐり捨てるつもりです」

「社長、というか会社?グループ?のトップ的存在になったら表舞台にも出ると思うんですけどそれはいいんですか?」

「俺はあくまでバックアップ専門。プロデュース。表舞台に立つ人の後援的な存在を目指しているから、番組とかに出ちゃえばあれですけど。それにそもそもBangが始めた会社って売り出すのも嫌な人には嫌と映るだろうから、それに比べたら神様の影は関係ないって研究結果が出てるし、そこまで気にはならないかもです」

大きく燃えた経験がないから、もし非難の矢面に立ったらと考えたら怖いけれど俺はやらなければいけない、という謎の使命感に駆られていた。心の中にある神様の影の呪縛にまだ俺は解き放たれていない。どう転ぶかによって解放へ一歩近づくかもしれない。

Bang一本で食べていくことが難しくなりそうだな、今後。と思い始めた時から手あたり次第いろいろなことに手を出してみよう、と決めていた。

とりあえず死ぬくらいまでは生きていける金が欲しい。安心できるだけの、安心が欲しい。

「ど、どうですかね…富花さん」

「面白そうですね!私やりたいです。私がいてもいいんですか?」

「はい。事務所なくなってからもBangスタッフでいてくれたのは富花さんだけだったので」

「それは1ファンっていうのもありましたけど…そんな大きなお仕事に関わらせてもらえるなんて嬉しいです。精一杯頑張ります!」

握手を交わしてから今後のことについてさらに詳しく決めていった。俺のマンションは事務所利用可能なところだから最初の拠点はここでいい。それからビルの一角でも借りられるくらい大きくなったらそこに移動すればいいし。採算についても今までの経験で相場を決めて、テレビ業界とも兼ね合わせられるように仕事でつながりのあった人にも繋いでもらった。

「Bangさんすごいっすね…」

「どうも。Bangの名前が廃れないうちにやらないとですからね」

「そうですか」

ものすごい調子で進んでいった。テレビに進出するクリエイターの新ジャンルとして世間に認めてもらい始めた。まだ俺の背後で鳴りをひそめながらも、存在感は大きい神様の影についてがやがや言われることはほとんどなかった。それは表舞台にBangとして出なかったことや、トップとして後ろにずっと隠れていたこともあったんだろう。

それにイベントも企画するだけでBangは登場しない。世間の評価はそれが好感だ、ということ。神様ん影があるからと言ってひっそりしなければいけないわけではないと思うけれど否定されるくらいなら縁の下で力をつける方が無難だとも思う。

「次はTVユウヒの期間限定アンバサダー勤めてるクリエイターUUUとの打ち合わせです。午後は所属のための面接が入ってます」

「分かりました。富花さん」

「頑張ってください」

「はい」

早々と自宅では抑えきれなくなってしまってスタイリッシュなビルの中身を借りた。その廊下内を闊歩して予定を聞く、という忙しい人を演っている。

「Bangちゃーん!!」

「うわ、ドリー?どうした?」

「なんか社長さんやってるもんだから最近会えないしさー!」

「仕方ないだろ。人気者は忙しいんだよ」

「分かってるって。今度飲みに行こうね!絶対だよ!破産するまで飲んでやるから!」

「奢られる前提かよ。いいけど、行ける日送っといて」

「分かったー!」

嵐のように去っていったドリーに頬が緩む。ビクビクしているのはまだ変わらないし、世間の根本の考え方が変わったわけじゃない。リスクも常について回る状況がプレッシャーにならないわけがない。人の人生を背負うわけだから。

「Bangさんって呼ばない方がいいですか?社長とか」

「好きなように呼んでください。俺は気にしないです」

Bangだろうと、俺という人間だろうと、周りが見るのは結果だ。新しいなにかを作り出した人。壮大にしたら偉大なことを成し遂げた人。Bangという名前の付加価値は計り知れないが、Bangだって俺が作り上げたものだ。年齢ブランドとか、そういうのとはわけが違う。

こうして得た地位で俺は救世主のような扱いをされた。生ものくらい短くなってしまった賞味期限の者たちの救世主。テレビに出てくるな、という視線も受けたけれど面白い映像を撮って、さらに面白おかしく編集をして、それを世に放出する。元々していた行為は同じなのだから。どんぶり勘定で許してもらおう。

テレビの方がやはり人気が高いのはコンプライアンス意識が個人よりも強いからだろう。放送禁止用語の制限も俺たちに比べたらガチガチだ。その分安心して見られるんだと思う。過激さは確かに面白いし、収益に直結するところもある。でも害悪と紙一重なところがある。それを口に出して勇者と思われるか、度が過ぎている馬鹿と思われるか。どっちに天秤が傾くかはスリル満点の綱渡り。落ちてしまえば致命的だ。


「社長社長!!しゃっちょーう!!」

「どうした?そんなに騒いで」

「情報漏洩です!誰がもらしたのかは分からないっすけど、スケジュールとか、金銭の情報とか!」

「え!?どうして?誰がやったんだ」

「社長!!会社の金がめちゃくちゃ減ってます!絶対誰かが盗ったってくらい」

「どうして…」

金銭の情報は事務スタッフに一任している。紙媒体の情報を持ち出したり、コピーするには許可が必要。データをコピーするには俺や、俺が許している人の許可。パスワードが必要にしてある。ひょんなことから盗まれないような場所に隠してあるのに。ってことはパスワードを知っている誰かの仕業。

「富花さんか…」

「え?なんでマネージャーが」

「知らないよ。俺だって」

スマホに登録してある番号にかけた。確かこっちの番号はプライベート用のスマホ。仕事用のスマホにもかかるまでかけてやる。


この電話番号は現在使われておりません。

おかけになった電話番号をもう一度確認しおかけ直しください。


スマホが軋むくらいに握りしめる。かからない可能性の方が大きいけれど一縷の望みに縋って俺は電話番号を押した。

同じだった。

情報漏洩という信頼を失わせるようなことをしてから、会社の金を持ってトンズラ。最悪すぎる。

スタートアップと言われるくらいまだまだひよっこの会社で知名度こそ高かったが、立て直しには慣れていないこともあってダメージは甚大だった。謝罪会見をして、警察にも捜査をしてもらったが結局見つからず。金は戻ってこないし、信用は全て水の泡へと戻っていった。

残ってくれるクリエイターもいたけれど多くは引き抜かれたり、自主退社をして離れていった。

そして果てには倒産した。

貯金は残り一体いくらだろう。どのくらいはまだ生きていけるだろう。

俺は何故だが嬉しかった。俺の大嫌いな世間様、そして俺の中でのいつまでも引きずる疑念が確信に変わったから。

家賃がもっと低いところに引っ越して、生きていくだけならもう困らない空間でビールを飲みながらベッドに腰かける。サイドテーブルに置いてテレビのリモコンと足を踏み合ったのか倒れて零れる音がする。カーペット洗ったばっかりなのに。

「神様って関係ないんだなあ~」

神様はいないし。神様の影も関係ない。

俺はどこまでも普通の人間人生ずっとそれに苦しめられてきたからそれが俺の中でものすごく嬉しかった。こんなにも世界は分かってきているのに。サービスの楽しみ方も変わって、映画もコスパを最優先に。そんな変わり方をして技術の発展も目覚ましいのに神様の影の正体が何も分からない。

いっそのことこじつけでも発表してくれたらよかったのに。そうしたらこんなにも焦ったり、悩んだり、苦しんだり、泣きそうになったり、報いを報いと思えなかったりするんだ。

神様、人生の営業妨害です。

やめてください。やらなきゃ死ぬからやるのが仕事。

神様からしても勝手に名前を使いやがって、風評被害だ、と思うかもしれないけれど人間の方が愚かなんです。豊かすぎる想像力を持っているくせに刃になることを想像もできない愚かしい人間が蔓延っているんです。

神様はいない、って証明してください。神様ならば。

「あ、ビール」


これからは節制して発泡酒かな。


その後、俺はどうにか広告会社に就職した。広告というか、編集作業の下請けみたいな。それが中々のブラック企業で作業自体は簡単だし、単調で面白みもないけどそれはよかった。上司の圧とか、確実に終わらない量を押し付けてきたり。使っている技術は最新なのに、脳みそや制度がまるで石器時代。

心身ともに疲弊する日々。貯金もまだ余裕はあるけど、老後の楽々生活にはまだまだ足りない。安心できるだけの金を求めて眠い目を擦りながら社会人スマイルを徹底する。

どうして俺ばかりが目の敵にされるのだろう。きっと多くの人が思っている。自分だけが。自分だけが。この世の苦いところ全部食べて生きてきました。土足厳禁の心の中をドカドカ踏み荒らされて育ってきました。そういう顔をするのだろう。

ただの、負け惜しみか。

今日も痛い足を引きずって家に帰る。

家に帰って炭酸の缶のプシュという音で夜の開幕を知らせてから、電話がかかってきた。倒産して以来、会いたいけれど誰よりも会いたくない人だった。

『もしもし、Bangさん?』

「お前…」

『富花でーす。覚えてくれてたんですね。その感じ』

怒りが沸き上がってきた。最初に怒鳴られた時に学んだアンガーマネジメントを活用して怒鳴りつけたい衝動を堪えた。

「今どこにいんだよ」

『海外逃亡しました。バカンスです。ビーチからかけてます。聞こえますか?この海の音。素晴らしいですよ』

「なんでこんなことした?」

『説教ですか?悪さとか、とかいう道徳説くつもりですか?理由なんてないですよ。安心のためには金が必要。でも奪うためには二度と起き上がれないくらいのダメージを負わせないといけない。そう思ったから、です。ファンだったのは事実ですよ。でも結局は金づるです』

「ふっはっははっは…なんかもう恨みとかじゃねーわ」

思わず笑いが込み上げてきた。今更跡形もなく消えてしまったものを思ったとしても復活するわけじゃない。怒りは変わらず残っているし、話しているだけで胸糞が悪い。だけどそれ以上に、清々しいまでに人間らしい考え方をしている富花さんが面白かった。

『ついに頭おかしくなったんですか?怒らないんですか?』

「怒ってるよ。でもさ、なんていうんだろう。神様の影って実際意味なかったんだな、っていうのを知れたしそれだけは富花さんに感謝してるんすよね。でもまあ許そうとは思ってないから、海外で呑気にいてください」

『Bangさんは優しすぎますよ。もっと怒鳴られるかと思ってたのに。じゃあそういうことならお言葉に甘えてBangさんの努力の結晶を湯水のようにばらまいてきますね』

「おー、そうしろそうしろ。俺は今ブラック企業で編集三昧だよ」

『お疲れ様でーす。失礼しまーす』

いっそ笑いまで出てくるよ、と言ったのは嘘じゃない。本当に面白かった。

砂漠の中のオアシスみたいな先輩なんていないし、年齢だったら俺より若いくらいの人が先輩なこともあるし。残業したって出るプラスaは雀の涙。労働環境としては最悪。金だって奪われて、名誉もなくなった。人生散々だよ。そう思うくらいには散々な出来事が起きてきている。

今やめたら本当に次がない気がする。睡眠時間皆無とか、罵詈雑言、孤独には慣れている。馬鹿とか、アホとか。死ねとか。対面で言われるのも、文字で言われるのも何も違わない。ずっとひとりぼっちで作業してきたし、人がいるということだけで満足できる。

そう考えたらオアシスは自分の考え方1つですぐ目の前に現れてくれるのかもしれない。それが蜃気楼だったとして。一生それに騙されながら死んでいけたらそれでいい。

炭酸が抜けていたことにはイラついて舌打ちをした。


変わらない日々の繰り返し。変わるのはカットをしたり、挿入する文字のフォントや色や、スタイル。それだけ。罵詈雑言にもまれながら、終わらない量の仕事を必死に片づける。終わりなき絶望の日々のようだけど、一時でも人に認められるという幸せを受けられた。それだけで一生辛苦をおかずにして飯が食える。

辛いと思わないわけではないけれど。人格否定までする必要はあるか?そう思うことも多々あるけれど。死ぬしか道がないと思うほどに追い詰められているわけではない。精神の疲労もまだ余裕がある。

笑えるだけ。営業スマイルで上司を交わせるだけ。痛みのないアンドロイドのような同僚を心配できるだけ。俺はまだ人間として自分のことを扱えている。

それでも俺に仕事を押し付けて年齢は下、歴は上の奴が合コンに行っていたのを見たり。部長が結婚記念日を理由にして早くに帰宅をしてその分の仕事が俺に回ってきた日の終電に駆け込んだ帰り道。SMクラブに入っていく姿を見た時には流石に笑えなかった。家でひとりでに涙が出てきた。

この世に一定数どうしようもない人間っていうのはいる。そんな人類に成り下がらずとも、背景になって同化して。ある程度見て見ぬ振りできる人も相当数いる。この世ってやつで。実力なんて正直あってないようなもので。ずるをしても結果でそいつが優遇されたり、期待してるって言われただけで案外頑張れちゃったりする人間の単純さ。その不完全さでこの世は成り立っていく。

今日はもう寝よう。

目をかっぴらいて、開き続けて渇いた目から涙が出てきた。そのまま目を閉じた。目が覚めたくないな、と思うのはどうしてだろう。まだ完全に嫌いになれた訳じゃないのに。

いつものようにようやく日が昇り始めた時間帯に目覚ましに耳を殴られる。若干の殺意を覚えながら準備のために起き上がろうとする。腕に力が入らないのはいつものこと。足が動きたくないと訴えるのは日常茶飯事。布団が俺そのものを放そうとしてくれないのは常識極まりない。

足をだらり、とベッドから降ろして洗面所に歩いて行く。猫背を伸ばすこともしないで適当に放置された巻き尺みたいだった。顔を洗って死人のような顔をしている自分をまじまじと眺めた。どこかいつもと違う気がした。

「神様の影がない…?」

いつも鏡に汚れがついているんじゃないかって馬鹿げた妄想を信じたくなって必死に自分を擦った日々が急に思い起こされる。顔をもう一度洗って、目の中まで水を突っ込んだ。それでも自分の後ろを取り巻く今までの行動の理由は見えなかった。

「っふぐ…ずっ、ぐす…」

嗚咽を零して床に崩れ落ちた。

どうしてか嬉しかった。どうしても嬉しかった。

神様の影は今まで自分にいろんな影響を渡しすぎてきた。いらないよ、もういらない。そう思っても一方的に、強制的に渡されてきた。

神様のおかげ、って視線。

神様の影、って視点。

どこにでもいるような一般人です、を主張しても誰も聞いてくれない。むしろ化け物がうろ覚えの人間生活を再現しているようで認められないこともある。

全員が赤色の服を着た村の中に混じり込んだ青色の服を着た少年は異端と弾かれ、アイデンティティの青色を剥奪されてしまう。人と異なりたい、と多くの人が願って明確に人と違えば非難の対象。神様がいないことを知るには十分すぎた。

今まで俺が背負っていた影は何だったのかは今も誰も分かっていない。研究もされているのかも分からない。風潮はまだ大きく変わっていない。興味を持つ人が減っただけ。人のことを見て、否定できるところを探すよりも自分磨きの方が時間の有効活用だと気づき始めたのかもしれない。

これがきっと自分でいたい、っていう感情なんだと思う。

本音で語り合いたいとか。本心を見せられる友達が欲しいとか、ではなく。自分が一番分かっている実力さえも、まがい物だろ、と否定をしなくていい。大切にする、しない。愛す、愛さない。自分が望むように、自分にしてあげられることが自分でいる、ということ。

今思い返してみれば写真は本当の自分を映すというし。神様の影なんてない自分がやっぱりその人の本当の自分なんだろうな。だからBangであることもずっと認めてやってよかったのに。人生での気づきの最中の涙や、嘔吐は神様がくれた試練なのかもしれない。乗り越えられない人が一定数いるとしても、俺が気づけたのは神様のおかげだ。


大前提「自分」の物語。


【完】

あおいそこのでした。

From Sokono Aoi.

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