勝った後に必要なもの

 外はすっかり暗くなっており、空気が冷え切っていた。


 自然と吐く息は白くなり、指を擦り合わせてしまう。昔は排気ガスで夜空に星は見えなかったと授業で習ったけど、大きく広がる天の川が見えない空というのはどういうものなのか想像も出来ない。遥か遠くの月の都からは、これ以上の星々が視えるのかな。


「……」


 自分の考えに笑ってしまう。月に行ったら足元の地球を見るのが定番だというのに俺は遠くの星空の方が気になる性分らしい。

 昔から上ばかり見て足元が疎かなタイプなんだ。


「お」


三階の窓からボスが小さく手を振っていた。バイバイと手を振って挨拶し、ガレージに停めていたロードバイクを取り出しカリンの元へ向かう。


「送ってくよ」

「いいの?」

「俺でもそれくらいはするって」


 ガブリエルの箱が入った大きな紙袋を持ったカリンは寒そうに手を擦っている。さすがに引っ越して来たばかりの女の子をこの時間に一人で帰らせるのは問題だ。


「家に工具はあるんだっけ」

「家具作る為に買ったものがあるの」

「家具?」

「あにまるワールドの」

「あ、なるほど」


 白い息が洩れる。

 つい世話を焼いてしまっているものの、日常的に接している女子なんてボスを除けば殆どいないし、というかボスは女児か。

 ともかくこういう時に何を話したものか。四季であれば趣味と実益を兼ねたお散歩撮影会で時間が過ぎて行くけど。というか四季は見た目に反してお喋りだから、俺がアレコレ考える必要がなくて楽だ。


「……」


 あにまるワールドかエデンズかエデンズか、俺の会話の手札少なすぎる。

 無言の時間が気まずかったのかトトッとカリンが駆け出し、自販機の前に止まった。


「寒いから、はい」


 ホットミルクティーを差し出される。今日のお礼のつもりなのかもしれない。確かにこんな寒い日にはミルクティーが美味しい。


「実は昨日の夜。エデンズのこと、調べたんだけど。クレハ、貴方ってもしかして凄いの?」

「俺が?」

「エデンズ・コンフリクトの大会で決勝戦に行ったんでしょ?」

「それはそうだけど。あの大会はアニマが良く応えてくれたから。運も良かったし」


 3rdステージ当時は遠隔兵装や特殊兵装が流行っており、それに対するメタ装備を組み込んでいるエデンズが多かった。無論、そんなもの度外視のロマンアセンブリが半数を占めていたのだけど、そこに丁度俺の安定感しかないマグノリアが刺さったのだと思っている。


 大会は試合の連続だ。

 集中力が求められるエデンズの操作の中でも遠隔兵装を始めとした特殊兵装は更に神経を使う。そういった意味でも試合をするごとに俺は有利になっていったのだと思う。

 中量級は破損もし難いし……。実のところ、中量級は全ての攻撃がヒットしがちな重量級よりも破損率は少なかったりで継戦能力が高い。これは大会に出て初めて分かる利点だ。


「マグノリアというのは、クレハのエデンズだったかしら」

「そう。俺なりのロマンを込めたエデンズ。今は……大破してるんだけど」


 いい加減敗北に向き合える気がする。家に帰ったら修復を始めよう。


「ロマンというのは勝つために必要なの?」


 それは……。真剣な顔のカリンへの返答に悩む。


「勝ったあとに、必要かな」

「勝った、あと?」

「あくまで俺の場合で、上手く説明もできないけど。多分、カリンもやればわかるよ。結果に報われなくても、エデンズだけは応えてくれる……。これ、昨日も言ったっけ」


 人からの受け売りとはいえ、俺が好きな言葉だ。


「勝つ事だけ考えてても、もっと大事なコトがあって。俺はそれをロマンだと思ってる」


 別に、どっちが良い悪いの話ではないけど。俺は、そう思いたい。


「……そう。きっと、運が良かっただけじゃないのね」

「え?」

「あたしも、同じ景色が見てみたい」


 カリンは下弦の月を見上げる。


「きっと、追い付いてみせる! クレハ、どうぞよろしくねっ」


 なんだか楽しそうなカリンに驚きながらも、なんだか楽しい気分の夜だった。

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