悪意のかたまり
「顔はやめろって言ったろ」
仲間が男の顔を殴ったのを見て翔太は止めに入った。
高台にある神社の裏だった。日が当たらないため、だいぶ薄暗かった。
「こいつの顔見てたら、なんか顔いきたくなってよ」
仲間が不服そうに言いわけをする。
翔太は男の顔をつかんで怪我の具合を確認する。
「赤く腫れてんじゃねえか。もう顔は殴るんじゃねえぞ」
「わかったよ」
翔太は男から離れると、仲間の二人が男に暴行を加える様子を再び愉快な気持ちで見学した。こうやってリンチを加える様子を高みの見物するのは久しぶりのことだった。
だがしかし、やり過ぎはいけないと注意を受けていた。警察沙汰になってはいけないからだ。
「よし。その辺でいいだろ」
翔太は仲間たちに言って手を止めさせた。
殴られていた男は、涙や鼻水を垂れ流していて顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「そんじゃ、そいつの服を脱がせろ」
翔太が命令すると、仲間たちが男の服を脱がせにかかった。
男は抵抗して見せたが、仲間が何度か暴行を加えると大人しくなった。
全裸にすると、男を土の地面に正座させた。
翔太はスマホを男の前に差し出して言った。
「えっと、誰だったかな……。あ、そうだ。ハラグチカナコだ。今からそいつに電話して呼び出してくれる?」
「え……」
男は顔を青ざめさせた。
「おい。さっさと電話しろよ」
翔太はスマホを男の顔に押しつけて強要する。
男はスマホを受け取ろうとせずに、下を向いて狼狽している。
「ちっ。頭っくるなぁ」
翔太は仲間が吸っていた煙草をつかみ取ると、男の太ももに煙草の
男が悲鳴を上げて飛び退く。
仲間たちが倒れた男を起き上がらせる。
「次はちんぽの先に押しつけて、尿道を塞いでやんぞ」
翔太は煙草を男にちらつかせながら言った。
この脅しは効いたようで、男は手を差し出しながら叫ぶように声を上げた。
「します、します、電話します。すぐ電話します」
翔太は男にスマホを渡した。
男は手を震わせながらスマホを操作して電話をかけた。
「——もしもし。うん……、今から会えないかな……」
奈央はその様子を、木立の中から一部始終見ていた。
翔太たちが雅に暴行を加えている神社の裏側には、三メートルほどの幅の土で固められた通路になっていたが、その通路を囲むように針葉樹で埋め尽くされた林が生い茂っていた。奈央はそこに身を潜めていたのだ。
原口華菜子に電話をしている雅は涙声になるのを必死に抑えて平静な声を出すように努めていた。翔太の脅しがしっかりと効いている証拠だった。
好きな男の醜態を見るのは忍びなかったが、これも原口華菜子をどん底に突き落とすには必要なことだったのでよしとした。それに、惨めな姿を見ても、雅への想いは変わらなかった。なぜなら、あれだけ暴行を受ければ、どんな者だろうと醜態をさらすに違いないと思ったからだ。
二十分ほどして、雅のスマホが鳴った。その間もずっと地面に正座をしていた雅が慌てたように着信に応答した。
「……もしもし。あ、着いた? 今裏にいるから」
雅が送話口に向かってそう言ってすぐに、原口華菜子が神社の裏に姿を見せた。彼女は裸で座らされている雅を見て目を見開いていた。
「雅君……、これどういうこと……」
原口華菜子が呆然と立ち尽くしているところで、翔太の仲間が彼女を取り押さえた。二人の男に両腕をつかまれて原口華菜子は驚いた顔をしていたが、視線はずっと雅のほうを向いたままだった。まだ状況を完全に理解できていないのかもしれない。
「お前、もう帰っていいぜ」
翔太が雅に言った。
雅は右手で股間を隠して立ち上がると、足をふらつかせながら地面に散らばっていた自分の制服を拾い上げて胸に抱えると歩き出した。
「ほんとごめん……」
雅は原口華菜子に一言告げると、彼女の横を通って逃げるように去っていった。
原口華菜子は唖然とした顔で逃げていく雅を目で追っていた。雅が消えていなくなると、彼女は落胆したように膝から崩れ落ちそうになった。それを翔太の仲間たちが両脇から支える。
満を持して、奈央は雑木林の中から出て原口華菜子の前に登場した。
「え、奈央!?」
驚く原口華菜子に向かって、奈央は意地の悪い笑みを浮かべて応じる。
「華菜子、あなた、雅君に売られちゃったのね。ほんと可哀相」
「奈央、ちょっとこれ、どういうこと……」
「華菜子、全部あんたが悪いんだからね。わたしの雅君に手を出すからいけないんだよ」
「え、何それ!? 奈央って、雅君と付き合ってたの!?」
「付き合う前に、あんたに取られたんでしょうが!」
奈央は思わず声を荒げてしまった。
フラれたときの感情が湧き起こってきて、華菜子に襲いかかりそうになってしまう。だが、襲うのは、わたしの仕事ではない。専門の部隊がいる。自分が暴れるよりも、それを見学するほうがよっぽど楽しいはず。
翔太の仲間が、原口華菜子を乱暴に引きずり倒す。
倒れた彼女が懇願してくる。
「ねえ、奈央、乱暴はやめさせて」
「華菜子、心配しなくていいよ。別に暴力を振るおうってわけじゃないんだから。あなたが大人しくしてれば、痛い思いはしなくて済むと思うから。たぶんだけど」
原口華菜子は、奈央が男たちに何をさせようとしているのかを察したようで、顔から血の気を引かせていた。
「お願い。お願いだから、こんなことやめさせて……」
「無理。わたしの雅君を奪った罰は受けてもらうから——。翔太、あとは任せたわよ」
「了解」
翔太が原口華菜子に迫っていく。
当然、彼女は抵抗して見せるが、翔太の仲間たちも加わり、彼女の服が乱暴に脱がされていく。
その様子を、奈央はスマホで撮影する。実に気分がよかった。失恋の痛みがみるみる消えていく。
「原口華菜子、自業自得だからね」
レイプが終わり、男たちはズボンを上げてファスナーを閉める。
原口華菜子は魂が抜けたような顔で、胸をはだけた状態で横たわっていた。
「ご苦労さま。はい、これ、約束のお金」
奈央は翔太に一万円札を六枚渡した。
翔太は金を受け取ると歓喜の声を上げた。
「うほ。いい思いまでして、金までもらえるなんてな。奈央、ありがとな」
「いえいえ。わたしのほうこそありがとだよ。おかげで胸がすっとしたわ」
翔太は受け取った金を仲間たちに配分した。
彼の仲間の一人が言った。
「あの女、妊娠したらどうすんだよ」
仲間の言葉に、翔太は物知り顔で答えた。
「レイプされたときって、子宮が上を向いているから妊娠しづらいんだとよ」
「へー、そうなのか」
翔太の友人は感心した様子で納得していた。
レイプでは妊娠しづらい——。
奈央はその事実にがっかりした。あわよくば、今回のことで彼女が妊娠して、さらに苦しめばいいと思っていたからだ。
とはいえ、これで終わりにするつもりはなかった。
奈央は放心状態の原口華菜子を見下ろすと言った。
「今日のところはこれで勘弁してあげるけど、まだわたしは、あなたを許したわけじゃないからね」
奈央は翔太らを引き連れて、その場を離れていった。
* * *
その夜。華菜子は習慣にしてきた日記に、今日起こった出来事の詳細を書き綴っていった。そして最後に、本田奈央への怒りを興奮しながら書きなぐっていく。
「憎い、憎い、憎い、憎い、あの女が憎い——!」
* * *
華菜子は数日ほど休んでから学校に登校した。
学校に来たのはいいが、全員から見られているような気がして胸が苦しかった。誰も彼もが、高台の神社での出来事を知っているのではないかという気がしてしまい、目線を合わせるのが怖かった。これまで感じたことのなかった人の圧にめまいがしそうになった。
登校してすぐに雅を発見したが、彼はすぐに視線を逸らして何もなかったかのように振る舞っていた。あの状況を思えば彼の行為は致し方なかったとはいえ、助けを呼ぶことくらいはできただろうと思うと雅に対する憤りが湧き上がってくるのだった。
廊下を歩いていたところで友人の綾が声をかけてきた。
「カナ。体調のほう、もういいの?」
「うん。心配させちゃってごめんね」
友人の綾は、本気で心配しているような顔をしていたが、実際は高台の神社で起こったことを知っているのではないかと思い、華菜子は羞恥心から友人とまともに目を合わせることができなかった。
そこへ本田奈央が近づいてきたことに気づいて、華菜子は自分の顔がこわばっていくのを感じた。
しかし、綾がいる手前、露骨な態度を取ることができなかった。
「華菜子、ちょっといいかな?」
「ええ、何?」
「二人だけで話したいんだけど」
本田奈央は意味ありげな表情を浮かべて言う。
華菜子は拒絶したかったが、友人に余計な詮索をされたくないという思いから同意した。
「うん、わかった……。綾、ちょっとごめん」
友人が離れていくのを待ってから、華菜子は語調を荒げて聞いた。
「話って何?」
「そんな怖い声出さないでよ。こっちはただ話がしたいだけなんだから。ここだとあれだから、ちょっとこっち来て」
本田奈央に連れられて階段の踊り場まで移動した。
「これ見てくれる?」
本田奈央はそう言って、スマホを向けてきた。
華菜子はそれを見て絶句した。レイプされたときの動画だったからだ。行為の最中、奈央がスマホを向けていたことを、おぼろげながらに思い出す。襲われたときのショックが強過ぎて、今まで記憶の外に締め出されていたようだ。
「こんなの、人に見られたくないよね」
本田奈央はスマホをしまうと言った。
脅されている。いったい何を要求する気なのだろうか——。
華菜子は生きた心地がしなくなった。
本田奈央が黙っていたので、華菜子は自ら質問した。
「何をすればいいの……」
「今月までに、三十万用意して」
「え、三十万って……。そんな、無理だって……」
「なら、この動画をネットにアップしちゃうけど、それでもいい?」
「そんな……」
何も言えずにいると、本田奈央が一枚のメモ用紙を渡してきた。
受け取ると、そこには電話番号らしき数字が書かれていた。
「そこに電話すれば、三十万なんてすぐに稼げちゃうよ」
どんな店だかすぐに察しがついた。
「そこね、あの高台の神社で、あなたを相手にしたわたしの男友だちいたでしょ? ショウタっていうんだけど、あなたも中学がいっしょだったから、顔ぐらいは知ってたんじゃない? その電話番号は、そのショウタの先輩がやってるお店のなの」
男たちの一人の名前がショウタだということがわかり、華菜子はその名前を心に刻み込んだ。中学が同じということであれば、卒業アルバムにも載っているはず——。
「そこで働くか働かないかはあなたの自由よ。だけど、今月中に三十万用意できなかったら、この動画をネットにアップするからね。言っとくけど、わたし本気だから」
華菜子は、高台の神社でのことを思えば、本田奈央なら躊躇することなくそれを実行に移すだろうと思った。
「じゃ、またね」
本田奈央は満足げな顔をして去っていった。
その夜。華菜子がいつもの日記をつけていた。本田奈央への復讐心を忘れんがために、彼女との会話を詳細に書きつづっていく。受け取った電話番号も記入した。ショウタのことも。ショウタは卒業アルバムで調べたところ、川崎翔太だということがわかった。華菜子は彼の苗字のほうで認識していた。ただし、金髪の長髪になっていたため雰囲気は別人のように変わっていた。あの顔を思い出すと、胸をかきむしりたくなるほどの苦しみを覚えた。
レイプされたことは恥辱でしかない。とてもじゃないが、両親にも友人にも相談できる内容ではない。他の犯罪とは明らかに性質が違う。きっと、誰にも相談できずに泣き寝入りしている被害者は多いのだろうと思った。
警察に相談するとなると親には知らせる必要がある。両親は、娘がレイプされたと知ったらどんな気持ちになるだろうか。仮に親が理解を示してくれたとしても、警察に相談して見ず知らずの刑事たちに根掘り葉掘り質問されるのは耐えられないだろうと思った。そんな苦しい思いをするくらいなら、本田奈央に金を渡してそれで決着が着いたほうがまだマシだと思った。とはいっても、これから進もうと思っている道も、決して楽な道ではなさそうだった——。
本田奈央への怒りがぶり返してくる。
「あの女、許さない、許さない、絶対に許さない……」
* * *
「カナ、帰りに少しお茶して帰ろうよ」
放課後すぐに友人の綾が声をかけてきた。
華菜子はできるだけ悲しげな表情を作って答えた。
「ごめん。今日はちょっと、家の用事があって……」
「そ、そっか……。わかった、じゃまた今度だね」
綾は明らかにうろたえていた。華菜子が誘いを断ったのはこれが初めてだったからだ。
「本当にごめん……」
「ううん。それじゃ、また明日」
綾は切なげな笑みを浮かべると、この場を去っていった。
華菜子は寂しげに去っていく友人の背中を見つめながら、本田奈央への憎悪を増していった。
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