第20章 ニューイングランド侵攻作戦

第191話 Exactly

 恭介達が瑞穂に来て44日目の未明、恭介は気づいたらつい最近来たことのある白い空間に立っていた。


「精神世界か」


「大当たり~」


 いつの間にか恭介の背後には洋風巫女スタイルのルーナがいた。


「音もなく俺の背後を取らないと気が済まないのか?」


「私だって恭介君を驚かせたいんだよ。いつもは私が驚かされてばかりだからね」


「知ったこっちゃない事情で背後に立たれても困るぞ」


「もう、ノリが悪いなぁ。わかった。これがお望みなんだね?」


 ポンと手を打ったルーナは恭介に抱き着いた。


 意味がわからず恭介は首を傾げる。


「何がしたいんだ、ルーナ?」


「当ててんのよ」


「それって後ろからじゃなかった?」


「前からの方が心臓の音が聞こえやすいじゃん。それよりも、私みたいな美女に抱き着かれて心音が乱れないってどゆこと?」


 確かにルーナの外見は美女と呼ぶに相応しいかもしれないが、中身が残念なので永久に黙っていてほしいタイプだ。


 したがって、恭介はルーナの発言に対して無言でジト目を向けるだけだった。


 その対応は精神的にキツかったようで、ルーナは恭介から離れた。


「それで、用件は?」


「スルー!? まさかのスルー!?」


「それで、用件は?」


「あっはい。今後の瑞穂の方針について相談したかったんだ。恭介君、こちらから敵を襲撃してみるつもりはないかい?」


 機械のように同じ言葉を繰り返され、ルーナもこれ以上ふざけるモチベーションを保てなくなったため、この場に恭介を呼んだ理由を話し始めた。


「こちらから攻めるとは何処に?」


「ニューイングランドだよ。瑞穂がハイパードライブを使うことで1日で着ける惑星だね」


「そんな惑星があったことに驚いたわ」


 実在したことも驚かされたが、そこに行く手段がハイパードライブというのも恭介が驚いたポイントだ。


 恭介が驚いたことにルーナはガッツポーズしたが、真面目な空気を感じ取ってすぐに表情をキリッとさせた。


「恭介君達はバイアティスだけでなくシュブ=ニグラスも倒したでしょ? そろそろ敵も本腰を入れて攻め込んで来るだろうから、敵のペースじゃなくてこっちのペースで攻めるには襲撃あるのみだと思ってね」


「なるほど。一理ある話だ。守ってばかりじゃ終わりのビジョンも見えないしな」


「そうそう。そろそろ単一種族の数を減らしに行かないと後ろが詰まってるんだ」


「後ろが詰まってるってなんだよ?」


 気になることを放置していると碌なことにならないから、恭介はルーナと1対1で話せるチャンスを逃さず訊ねた。


「それはほら、この神話の代表的な邪神とか這い寄る混沌だよ。ビッグネームを相手取る前にそこそこの連中を早めに倒しておきたいんだ」


「ビッグネームに大群を引き連れられては太刀打ちできないから、ちょこちょこと敵の力を削ぎ落してこちらの力をつけようってことか」


「Exactly」


「日本語で言えよ」


 恭介の冷静なツッコミが入った。


 本当にルーナもフォルフォルも根本が一緒だから、シリアスな雰囲気を保つことが苦手なようだ。


 3分間真剣な雰囲気をキープできたら上等である。


「ごめんね、こればっかりはどうしようもないんだ。恭介君だって呼吸を止めろって言われたって無理だろう? それと一緒さ」


「ふざけることを呼吸と一緒にしないでくれ」


「ロキの巫女って息をするようにふざけないと資格を剥奪されちゃうんだ」


「そんな称号なら剥奪されてしまえ」


 恭介の偽らざる本心が口から出てしまった。


 もしも麗華がルーナの名前を聞き取れてこの場に現れたら、きっと恭介の言い分に賛同するに違いない。


「そこまで言わないでほしいな。虚構と幻想の神ってロキの巫女であることがプラスに作用するからさ。わかりやすく言うとロキの巫女ってバフ称号なんだよ。ないと困るの」


「ルーナが根本的に面倒な存在だってことがよくわかった」


「酷いよ恭介君。私のアシストがあるから麗華ちゃんと順調に仲を深められてるのに」


「違うだろ。ルーナが余計なことを言わなければ、麗華が精神的に追い詰められて頻繁に甘えて来ることもないんだ」


 恭介の言う通り、麗華は頻繁に恭介に甘えている。


 日本のパイロットの中で最年少な麗華は、まだ就活が終わった段階の大学生だ。


 大学生に命を懸けてゴーレムを操縦させているだけでもどうかと思うのに、そこにルーナや日本の政治家が余計なことを言えば麗華のメンタルが不安定になるのも無理もない。


 父親による精神的ブレーキが少しずつかからなくなって来たとはいえ、まだまだ恭介から麗華にアプローチをかけることはほとんどないと言って良い。


 だからこそ、麗華から恭介に甘えているのだ。


 一度恭介に抱き着いてしまえば、恭介から抱き締めようが自分から抱き締めようが麗華は関係なく甘えられるので、とりあえず嫌なことがあった時は恭介に抱き着くようにしている。


「ぐっ、そうかもしれないけど、麗華ちゃんだって私にいじられたことを口実にして恭介君に甘えてるんだから、持ちつ持たれつの関係と言ったって良いんじゃないかな」


「自分のやらかしを正当化するな。俺と麗華の関係に口を出すな。それができないのなら、俺はクトゥルフ神話の侵略者達と戦わない」


「それだけは考え直して! 恭介君がいないとニューイングランド侵攻は失敗するから!」


「頼み事をする時に必要なものはなんだと思う?」


 恭介の質問を聞き、ルーナの体がプルプルと震え出した。


 ルーナはゆっくりと座って膝を曲げ、そのまま正座の姿勢に移行した。


 勿論、正座がゴールではなく、ルーナはその状態から土下座を行う。


「恭介君、どうか戦って下さい。お願いします」


 ルーナ超人恭介に土下座をするというのは、ある意味歴史的瞬間なのだろう。


 しかし、恭介は首を傾げていた。


「なんで土下座してんの?」


「え? だって、恭介君が私に誠意を見せろって言うから」


「俺は誠意を見せろなんて言ってない。そりゃ、見せてくれた方が見せてくれないよりも良いけど」


「んんんんんんんんんん?」


 自分の考えが恭介の求めていたものから外れていたと知り、ルーナも首を傾げた。


「俺はただ、ルーナに自分のやらかしを正当化せずに俺と麗華の関係に口を出さないことを誓ってほしかっただけだ。神なんだから、自分の名前で誓った言葉に背けたりしないだろ?」


「きょ、恭介君、恐ろしい子…!」


 ルーナの焦る表情を見て、恭介はとても良い笑みを浮かべる。


 フォルフォルの皮を被っていた時から含め、ここまでフォルフォルが焦っているのは初めて見たから、自分がルーナに対して優位に立っている実感を得られて笑っているのだ。


「さあ、誓ってくれよ。簡単なことだろう?」


「話し合おう。話せばわかる。だから、私からラブコメを演出する楽しみを奪わないで!」


「ロキの巫女とか関係なくゲスだな。マジで」


 恭介にジト目を向けられるルーナだが、割と本気で恭介と麗華の恋愛に関与したいらしく、誓おうとはしなかった。


「私の権能を一度だけ自由に使えるようにします。その見返りとして、今まで通りにさせて下さい。お願いします」


 (神が丁寧語でお願いしちゃったよ。良いのか、これ?)


 正直なところを言えば、恭介はルーナが自分と麗華の関係にちょっかいをかけなくなることを期待していない。


 それでも、行動しないよりも行動した方が自分のスタンスをルーナに伝えられると思って誓わせようとしたのだ。


 ところが、自分の予想を超える程にルーナが今まで通りの対応に執着したため、恭介はルーナの申し出を受け入れることにした。


「仕方ないな。その権能とやらの使い方を教えてくれ」


「ありがとう! 私の力は虚構と幻想だから、現実に存在しないものを出現させたり、存在や事象をなかったことにしたりできるよ。そうそう、日本の馬鹿な政治家にはクトゥルフ神話の侵略者達の声を追体験させるなんてことにも力を使ったんだったね」


「ふーん、わかった。黄竜人機ドラキオンみたいに発動する時に言葉が必要か?」


「権能発動って口で言っても良いし、念じるだけでも大丈夫」


「良いだろう。取引成立だ」


 予定外の力を手に入れ、それだけでも恭介はこの精神世界に来た甲斐があった。


 そろそろ目覚める頃合いと言う時、ルーナが質問する。


「最後に質問。日本のGBOパイロットの蟹頭をパンゲアのクルーにするって言ったらどうする? ゴーレムに乗せろって煩いんだけど」


「好きにしてくれ。蟹頭はデュエル中毒でしつこい奴だったと記憶してる。俺達に関わらないならどっちでも構わん」


「OK」


 さらっと蟹頭の未来が決まり、恭介の意識は精神世界から現実世界に移行した。

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