第69話 ん? 今なんでもするって言ったよね?
首相官邸の大会議室には、持木内閣の閣僚全員が集められていた。
政務で忙しい彼等が無理矢理でもスケジュールを調整して集まったのは、恭介と麗華との関係をどのように改善するか話し合うためだ。
最初に口を開いたのは持木である。
「諸君、改めて確認するが代理戦争を収入源と捉えるような不届き者はいないな?」
先日の会談でやらかした池上のように、代理戦争を大きな収入源だなんて人でなしの考えを持った者がいないか確認する質問だった。
池上はこの発言のせいでこの3日間、ほんの僅かでも食料と素材が納入されなくなった責任を取って大臣を辞任し、離党届も提出した。
そんな状況になったのは、何故食料と素材が納入されなくなったのかとメディアがしつこく問い詰め、池上が謝罪会見を行ったからである。
恭介と麗華が資源を納品しなければ、確かに日本の経済が止まってしまうのは事実だ。
しかし、戦争という人同士の殺し合いを大きな収入源と捉えて発言するのは配慮に欠ける。
1億人以上の人口を抱える日本が2人に支えられているのは間違いないが、自分達を養うためにお前達は人を殺せと言われて頷くのは異常者だけだろう。
今はまだ、会談前に恭介達が納品してくれた資源があるから何とかなっているが、このまま納品が止まった状態で数ヶ月経過したら、日本では餓死者が出て来る見込みだ。
この状況を打破しなければ日本に未来はないから、そのためにも恭介と麗華との関係改善が必須とされている。
持木の質問に頷かない者はいなかった。
頷かない者は池上の二の舞になるのは火を見るよりも明らかだから、内心でどう思っていても頷くのが当然だった。
「よろしい。では、関係改善のためにできることを洗い出すことから始めよう。まず、明日葉君からの最低限の依頼として、更科さんのご両親を呼び出すことは確定事項だ。まさかとは思うが、異論はないな?」
その時、恰幅の良い初老の男性が手を挙げた。
「持木さん、異論はありませんが少し良いですか?」
「なんだね太田君?」
「更科夫妻から資源を送ってもらえるように情に訴えるのは駄目なんですか? 彼等だって死にたくないはずです。ましてや旦那は長野銀行の頭取ですよね。自分の娘が経済を止めると突かれたくないのではないでしょうか」
「それは更科さんを脅すということかね?」
持木は太田に冷たい視線を向け、大会議室のいる者達はざわついた。
家族を人質に働けという考え方は、池上とは違った方向で人の心が感じられないからだ。
「脅しになるかどうかは旦那次第かと思います」
「拉致被害者の家族を人質にするなんて言語道断だ。太田君、次はないぞ」
持木に言われて太田の額から冷や汗が流れた。
大臣という多くの者の上に立つポジションにいたからか、いつの間にか人を駒のように考えるのが当たり前になっていた。
そのせいで次に失言があったら自分は今の地位を剥奪されると気づき、太田は冷や汗をかいた訳だ。
先程の失言で一発退場にならなかったのは、この場に恭介と麗華がいなかったからである。
今の発言は内々の話で済ませてやるから、もう少し考えて発言をしろと持木が情けをかけたのだ。
だがちょっと待ってほしい。
こんな尻に火のついた状況で閣僚達が話し合うのを見逃すフォルフォルがいるだろうか。
いや、絶対に見逃さない。
現にフォルフォルは大会議室のモニターをハッキングし、ゲスな笑みを浮かべながら現れた。
『聞いちゃった、聞いちゃった♪ 恭介君に言っちゃ~お♪』
「「「…「「フォルフォル!?」」…」」」
最悪なタイミングで最悪の存在に話を聞かれてしまい、持木達の顔色が真っ青になる。
『いやぁ、本当に君達ってクソの集まりだよね。君達の代わりにニートをこの場に集めた方がまだ有意義だってもんだ。あぁ、でもこういわれちゃうのかな。働きたく内閣。なんちゃって』
大会議室がしーんと静かになるかと思いきや、モニターから仕込みと思われる笑い声が聞こえた。
持木達にはウケないと思っていたらしく、フォルフォルは事前に仕込んでいたようだ。
持木は代表してフォルフォルに訊ねる。
「どうしてこの場に現れた? デスゲームの準備で忙しいのでは?」
『君に心配してもらう必要はないよ、持木首相。もう準備は整ったからね。後は明日に日付が変わった時、日本からまたパイロットが何人か消えるだけだ』
「…そうか。明日葉君と更科さんはデスゲームが終わってこの3日間、休めていたのだろうか? フォルフォルなら彼等の行動を把握しているんだろう?」
拉致被害者が増えるのを黙認したくないけれど、現状ではフォルフォルに対抗する手段がないので持木はグッと堪えた。
それはそれとして、デスゲームとデスゲームの間で恭介達が戻って来ない選択をしたことはフォルフォルから聞かされていたため、彼等がどんな3日間を過ごしていたのか訊ねた。
関係は悪化しているものの、恭介も麗華も外国から遮断された状態の日本を助けてくれたのだから、そんな英雄2人を心配をしないはずがない。
デスゲームが開催されていた時は、恭介や麗華のレースやタワー探索、コロシアムでの戦闘、代理戦争の様子をフォルフォルチャンネルで閲覧できたが、デスゲームとデスゲームの間であるこの3日間は情報が遮断されていた。
フォルフォルがそうしたことにより、全ての日本国民は恭介と麗華が3日間で何をしていたのか少しもわからないのである。
資源の納品は次の会談までしてくれないとわかっていたから、2人がゴーレムに乗っているかどうかもわからない。
『恭介君は元気だよ。麗華ちゃんは池上とかいうババアのせいで精神的に弱っちゃってるね。あーあ、可哀そう。まだ大学生だったのにババアの心ない発言のせいでおよよ…』
わざとらしくフォルフォルが泣き真似をした。
大会議室にいた閣僚達はそもそもお前がデスゲームなんて始めなければよかったのにと思ったが、逆らって何をされるかわかったものじゃないから黙っていた。
『そういえば、さっきそこの豚が麗華ちゃんの家族を人質に取って資源を納品するよう提案してたよね』
「ひっ!?」
誰も喋らない時間が続いたから、フォルフォルは太田を見てニヤリと笑った。
太田以外の者達はそれを見て、フォルフォルがまた何か余計なことをするのではと恐れる。
『もしも私がこの話を恭介君に伝えたらどうなると思う?』
「それだけは勘弁して下さい! なんでもしますから!」
『ん? 今なんでもするって言ったよね?』
「わ、私に可能な範囲でなんでもします」
太田は今までの政治家人生において、言質を取られるような余計なことを可能な限り言わないで来たのだが、迫り来る身の破滅を前に思考が鈍ってしまったようだ。
フォルフォルという自称神が何をどこまでできるのかわからないが、太田は早まったことを言った自覚があってガード文言を挟み込んだ。
そんな小さい人間性を見せつけられ、フォルフォルは蟻を眺める無邪気な子供のような視線を太田に向けた。
『じゃあ、この場で切腹してよ。日本人と言えば侍。侍と言えば切腹でしょ? それに君、鹿児島県出身だよね? つまり薩摩隼人だ。それなら腹を切るのも容易いはず』
持木達はフォルフォルの情報収集力に戦慄した。
太田が鹿児島県出身なのは間違いないが、フォルフォルとの会話で太田の出身が何処かなんて話は一切していない。
フォルフォルはネット上にある情報ならばすぐに調べられるらしく、自分達も何か握られているのではないかと思えば冷や汗が止まらなくなった。
その一方、太田はいつの間にか自分の目の前に日本刀が現れていて生きた心地がしなかった。
追い詰められた太田の呼吸が乱れ、太田は泡を吹いてその場に倒れた。
『あれ? 薩摩隼人ってこんなに軟弱なの? あぁ、そっか。こいつはただの豚だったんだね。じゃあ、出荷しなきゃね』
「フォルフォル、そこまでにしてくれないか? 私も太田君の失言に問題があったと思っている。だが、この場で切腹しろというのはあんまりだ」
『恭介君達に命を懸けさせといて、こんな老害共が調子こいて良い現状なのなぁぜなぁぜ?』
相変わらずフォルフォルは全力で人を煽りに行くスタイルだ。
それでも、持木達と話していても楽しくなくなってきたようで、フォルフォルはモニターから姿を消した。
この後、持木達は太田を病院に搬送してから恭介達の要望にできるだけ応えることだけ決めて会議を終了した。
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