対鬼戦前

戯男

第1話

「いやあ腹減ったなあ、犬よ」

「そうですね、桃太郎さん」

「俺もずっとペコペコッスよ」

「お前もか、猿」

「…………」

「まさか鬼ヶ島までこんなにかかるとはなあ。せいぜい二十分くらいかと思ってた」

「はは、それはさすがに見立てが甘いでしょ」

「まあそうなんだけど。まさか丸二日漕いでも着かないとはね」

「こんなことならちゃんと準備してくるんだったっスね」

「船ももっとしっかりしたのがよかったですよ。こんな小舟じゃなくて」

「ホントそうだよ。それに、やっぱり食べ物とかさあ。水もそうだけど」

「…………」

「キジよ、お前もそう思わないか?」

「……なにが言いたいんすか?」

「え?」

「なんなんですかさっきから。横目でチラチラ見てきて。言いたいことがあるんならはっきり言えばいいじゃないですか」

「いや、別に何も……」

「誤魔化したってわかってるんですからね。あんたら、私のことを食べたいんでしょう。とぼけても無駄ですよ。バレバレなんですから。何ですか白々しい。腹減った腹減ったって。口に出したってお腹が膨れるわけでもないのに」

「おいやめろよ。桃太郎さんにそんな口の利き方」

「お前もだよ犬。てかお前が一番そうだよ。大体最初会ったときからこいつ目がヤベえなって思ってたんだよ。お前あれだろ?私のこと仲間だなんて思ったことないだろ?最初からずっと非常食のつもりだったろ?この野獣」

「まあまあ、そうケンケンせず……」

「黙ってろよ猿。木の実しか食いませんみたいな顔して、お前が実は小動物とかちょいちょい食ってることはちゃんと知ってるんだよ。人間の真似してる内に癖になったか?地獄に落ちろよこのケダモノ」

「こいつ調子に乗りやがって……」

「おいやめろ猿!桃太郎さんの前だぞ!」

「やんのか?こいよオラ。そのクソみてえな眼球えぐり出して食わしてやろうか?腹減ってんだろ?」

「キジもいい加減にしろ!」

「テメエ前からムカついてたんだよ。飛べるからっていい気になってんじゃねえぞ!」

「グダグダ言ってねえでかかってこいや。こっちはこれ以上お前のクセエ匂いを嗅いでいたくねえんだからよ。沈めてやるよ」



「やめろ!」



「も、桃太郎さん……」

「俺たちは鬼という強大な敵と戦う同志なんだ。そんな俺たちが、こんな身内でいがみ合っているようじゃ、とてもじゃないが鬼を倒すことなんてできない」

「ですが……」

「いいか。敵に立ち向かう前に、まず自分に立ち向かう必要があるんだ。仲間に向き合うことが大事なんだ。そうやって初めて、鬼のような強大な敵とも戦うことができるようになるんだ……!」

「うっ。も、桃太郎さん」

「俺たちが間違ってましたッス……」

「すみません……」

「そうか。わかってくれたようで何よりだ。でもまあ腹が減ったのは本当だな」

「そうですね……わかりました。まさか私を食ってくれというわけにはいきませんけど、ちょっとひとっ飛び行ってきて、何か食べるものを調達してきます!」

「おお、そうしてくれるか。ありがとう」

「ありがとうキジ。……その、さっきはすまなかった」

「いいんだよ猿。私こそ悪かったよ」

「気を付けて行くんだぞ」

「ああ。それより私が戻るまでの間、桃太郎さんを頼むぞ」

「わかってるよ。仲間だろ?」




 そうして飛び立ったキジだったが、内心ではまだ普通にキレており、桃太郎の薄っぺらい説教も全然心に響かなかったので、そのまま飛んで故郷の山に帰った。桃太郎たちは二週間洋上を漂流した末、飢えと渇きで全員死んだ。

 鬼たちは相変わらず村を襲っているが、キジは山に住んでいるので特に何の影響もない。

 とっぴんぱらりのぷう。

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対鬼戦前 戯男 @tawareo

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