キミが目を閉じて、ボクが顔を近づける間

月井 忠

一話完結

 しまった。


 タブレット噛んでない。

 口臭大丈夫かな。


 それにデートでいっぱい歩いたし、この暑さで脇汗も結構ヤバい。

 さっきのトイレで制汗スプレーしとけばよかった。


 でも、このモーションは今更止められない。


 彼女の長いまつげは、夕陽を反射してキラキラ光ってる。


 ボクの目の前で彼女は目をゆっくり閉じていく。


 首にはボクたちが付き合うきっかけになったネックレス。


 学生のボクが贈るには、そして同級生の彼女が身につけるにはちょっと大人びたネックレス。


 それでもキミは笑って受け取ってくれた。

 そんなキミの笑顔を誰にも渡したくなくて、ボクは次の日になってすぐ告白した。


 幼馴染の関係を終わらせてしまうんじゃと、すごく怖かった。

 でも、キミにこの想いを伝えない方がよっぽど怖かった。


 あの時のドキドキを思い出して、ボクの鼓動はもっと大きくなる。

 告白をしたのも、この公園だった。


 時間も同じぐらいで、夕陽が沈んで少し暗くなって、街灯が照らし始めた頃。

 その後、暗くなった夜道を初めて手を繋いで帰った。


 これからのボクたちはどうなってしまうんだろう。


 こんなに顔を近づけた後でも、また二人で手を繋いで帰ってくれるかな。

 キミは変わらずに笑いかけてくれるかな。


 後ろの方で誰かの声がした。


 公園だから、ボクたちだけってわけじゃない。

 誰かに見られているかもしれない。


 でも、もう止められないし、だんだん気にもならなくなってきた。


 世界がボクたち二人だけのような気にもなってくる。


 ボクたちの距離は息が触れ合う程の近さだ。


 この小さな空間にしか、世界は存在しないみたいだ。


 ああ、ボクの手はこの位置で合ってる?

 キミの肩を掴んでいるけど、強すぎない?


 それに、なんだか姿勢も変な気がするけど大丈夫?

 前かがみになっているのはわかるけど、腰が引けてるような気もする。


 疑問は次々浮かんでくるけど、ボクは魔法にかけられたみたいに吸い寄せられて、顔を近づけていく。


 彼女はもう目を閉じている。


 キミの唇はもう視界の端で、ボクはキミの閉じられた目だけを見ている。


 そして、ボクも目を閉じる。


 真っ暗だけど少しだけ夕陽を感じる世界。

 見えなくてもキミを間近に感じる。


 互いの鼻が触れて、少しくすぐったい。


 ピリピリ。

 ジンジン。


 感覚が集まっていたボクの唇に、キミの唇が触れた。


 キスってこんな感じなんだ。


 きっと、この一瞬はボクの人生を大きく変えてしまう。


 だから、ボクはこの一瞬を決して忘れないと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キミが目を閉じて、ボクが顔を近づける間 月井 忠 @TKTDS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説